43 アヤカとアヤネの義賊ごっこ始めます
アヤカとアヤネが城下町で暮らしてから数日が経過した。
旅費を節約するために安い宿屋の一室で暮らす二人は、ここ数日まるで働いていない。
一応、アヤカは冒険者ギルドには登録していたが、亜人であるアヤカがこの国で働くのは不可能だった。
そもそもこの国にギルドないし。
アヤネは怠惰で堕落した性格なので、金があるうちに働くつもりはない。第一、最初から真面目に働く気があるなら盗賊などしていない。ので、食っちゃねの無職二人が完成していた。
………アヤカは一応、瞑想や型稽古などの修行はしているので、無職とは呼べないかも知れないが、別にお金を稼いでるなんてこともない。
そして、アヤカは大食いだ。食べる必要もないのに生きる楽しみの一つとして食事を摂る。
そして、美味いものばかりたくさん食べるので、食費は嵩むばかりだ。
ということは………。
「姉御、姉御、少しお話があるんでスが」
「なーにー? 今瞑想中だから邪魔しないで欲しいんだけど?」
切羽詰まったような表情のアヤネに対し、布団の上で座禅を組んで目を閉じるアヤカはそのままの姿勢で顔も向けずに答える。
ここ数日の間にアヤネは下らぬ詐欺まがいの儲け話や窃盗計画ばかり立てていたのだ。
どうせまたロクでもないことなんだろう、と最初から聞く耳を持たなかった。
「お金が底をつきましたよ」
「ぬわぁんですってぇぇぇぇ!!!」
目を見開く勢いでアヤカは飛び起きた。
「なんでそれもっと早くに言わないの?!」
アヤネから光の速さで財布を奪い取ってひっくり返す。
出てくるのは埃と泥が少々。
小銭一つ出てこない。
「これってまずくない?」
「昨日も言おうとしましたけど、だって姉御聞いてくれなかったじゃないですか」
「それはあんたがつまんない儲け話しか持ってこないからでしょぉぉぉぉ?!」
「ひぇっ!? 暴力はいけない!!」
アヤネの正論に対して、アホだから胸ぐらを掴んで恫喝するしかないアヤカだったが、そんなことしても意味はないと、殺人事件を起こすわけにもいかないので辞めた。
「姉御、今はお金稼ぎましょうや」
「せやな」
「話、聞きまス?」
「うん」
◇
アヤネの持ってきた儲け話はこうだ。
1 この町の大商人の屋敷に忍び込む。
2 地下室に隠されているらしい金庫を見つける。
3 それをアヤカの力でこじ開けて中身を盗む。
4 脱出する。
「って、訳なんでスよ~!」
「最後!! 最後雑ぅ!」
付け加えると肝心な部分がアヤカ任せになってるガバガバな計画だ。
「しっかし、どうしてあんたがそんな大富豪のお家を知ってるの? しかもかね」
「ま、まあ、あっしら盗賊でスから……」
「おい、こっち見ろや。 おい、視線合わせろコラ」
明後日の方角に視線を泳がせるアヤネに、アヤカはなにか怪しいと問い詰める。
「どうどう姉御。 で、この話乗りまスか? 降りまスか?」
色々と都合が良すぎる点はあるが、手っ取り早く金を稼げるのであれば、これほど好都合なことはない。
罠があるとしても、それごとぶち壊せばいいだけだ。
そのために十年間掛けて鍛えた拳と雷鳴拳だ。
「その話、乗った!」
「そうでなくっちゃ!」
◇
その日の晩、アヤカとアヤネは窃盗計画を決行に移した。
この城下町では一番大きな屋敷。それは金鉱脈で一財産築いた商人の屋敷だ。
武装した警備兵たちを首トンで軽く気絶させていき、アヤカは悠々とアヤネに敷地内を案内してもらっていた。
屋敷に忍び込むのは簡単すぎるほど簡単だった。
アヤカ一人では確実にランボープレイになるが、アヤネの的確な指示の下に動けば、騒ぎになることを避けて進むことが出来た。見つかればランボープレイになることは変わらないが。
アヤネの事前調査で地下室への出入口があると思われた部屋に、二人は音もなく忍び込む。
その姿は拳法家とコソ泥というよりも、忍者そのものと言える見事な手際だった。
「ここまでは計画通りっスね」
「で、地下室の出入口は?」
「こっちっス!」
アヤネが本棚にある辞書らしき本を動かすと、カチリとなにかのスイッチが入り、本棚全体が横にスライドする。
「なにこのベタな仕掛け」
「どこの人も考えることは同じってことっスよ」
地下室へ続く階段を降り、鍵の掛かった鋼鉄の扉を〝雷気〟の電気熱で溶かして障子を蹴り破るような気安さで突破すると金庫室……ではなく、座敷牢があった。
中には何もない。 窓もない暗い部屋の奥には鉄格子の牢屋と六畳の畳と汚ない布団が敷いてあるだけだ。
アヤカは話しが違うじゃないか、とアヤネを壁際に追い詰める。
「おい、アヤネ。 おい、説明しろ。 ここは金庫室じゃなかったの?」
アヤネは目を泳がせて冷や汗をかいている。
「あ、あっれれ~? おかしいっスね~」
これはアヤネにとってもアクシデントだったようだ。
「あんたの情報がな!!」
ハンマーで殴られたような衝撃。 一瞬、視界がチカチカ光る。アヤカの拳骨の痛みにアヤネは反射的に蹲る。
頭が割れそうに痛いが、盗みに来た屋敷内で騒ぐ訳にもいかず、声だけは出さないように片手で口を塞ぐ。
だが、二人のコントは窓もない六畳半の狭い座敷牢ではよく響いた。
「そこにいるのはだれ?」
不意にかけられた幼い声。ギョッとして二人が恐る恐る振り替える。
〝気〟が小さすぎてここまで接近しなければ感知できなかったが、牢の中からは人の気配がする。
この消えかけの蝋燭のような〝気〟の小ささからして、赤ん坊か、死にかけているようだった。
蝋燭一つの明かりでは、アヤネには暗すぎて牢の中は殆どなにも見えていないが、アヤカには陽の下と同じくらいに物が見えた。
中にいるのは、幼女とも言えるほど幼いおかっぱ頭の少女だ。
地下室の湿気でカビの生えた布団で死んだような顔色だ。
ホコリと汗、垢で汚れた汚ない服を見るに、女の子であるにも関わらず風呂にすらろくに入れていないようだ。黒い髪も油でベタついてる。
金の匂いはしないが、かなり訳有りくさい匂いがする。
女の子に見つかった瞬間、アヤカとアヤネの胸中が一致した。
最悪だ、と。
「……姉御、どうしまス? この子、明らかにヤバそうでスよ」
「どうするったって、こうなったらもうわたしたちで連れていくしかないでしょ? 虐待とかそういうレベルじゃないじゃん」
「えぇー………ボクはあんまり関わりたくないんでスけど」
「もとはあんたのせいでしょ。 こうなったら連帯責任よ」
不思議そうな目で二人を見つめる瞳には不安や恐怖、嫌悪感は無かった。
特に幼女の目はアヤカの尖った耳に釘付けになっていた。
「ねえ、不思議なおみみのお姉ちゃん、あなたは誰なの?」
キラキラとした穢れのない無垢な瞳は、エルフガイムにいたランを思い出させるが彼女は父親に愛されていた。箱入り娘過ぎて領民には顔を覚えてもらえていなかったが。
この幼女はランとは反対だ。人としてとてつもなく劣悪な環境にいる。
「お姉ちゃんの名前はアヤカ。 アヤカ・ローレライっていうんだよ。 ねえ、幼女ちゃん? あなたはどうしてここにいるの?」
アヤカは牢の前で膝を着き、なるべく優しい声色、言葉使いを選んで幼女に話しかけた。
この子を連れて逃げるかどうかは、この子の話を聞いてみてから改めて考えるつもりだった。
「あのね! あのね! ゆきはね! うまれてからずっと、ずーーっとここにいるの! ゆきのおとーさんがね、ゆきはびょーきなんだからおそとにでちゃだめだっていって、ここからでたこといちどもないの…………」
拙いながらもこの幼女……〝ゆき〟はアヤカと喋るのが楽しいようで色々なことを喋ってくれた。
その内容の大半は人形遊びのことだったり、ご飯が美味しかったとか、そんな話だったがアヤカは嫌な顔一つせずにうんうんと相槌を打ちながらゆきの話に聞き入っていた。
「ねえ、ゆきちゃん。 あなた、ここから出たい?」
「うん! でたい! 」
「じゃあお姉ちゃんたちが連れていってあげる」
「ほんとに!? やったー!」
「(この脳筋ブロンディーが………!! この子を食わせてやるお金なんて無いのに!!)」
アヤネの脳裏には淋しいお財布事情がよぎり、先行き不安で頭痛がする。
城下町の大商人の屋敷の地下室に、こんな闇が広がっていたことにもだ。
どうしてこうなったんだと頭を抱える。
自分はアヤカの力を利用して、長年目をつけていた金庫室へ入って一財産築いて悠々自適に暮らすという計画を経てていたのに。
アヤカのことは用済みになったら飯に毒でも盛って武家屋敷辺りに突き出して礼金を貰うつもりだったというのに、いつの間にかこの女は自分をとんでもない大事件に巻き込んでいる。
商人たちはゆきのことを監禁していることを知った自分を生かしては置かないだろう。
アヤネはほぼお先真っ暗な状態だった。生き残るたければアヤカにすがる他はない。
「(こうなったら地獄まで着いていくしかないっスね)」
アヤネはアヤカを最大限サポートする覚悟を決めた。
アヤカと言えば、喋り疲れたゆきが眠るまで嫌な顔一つせずに話を聞いていたので、アヤネの一人百面相を見損ねたのだった。
「良いとこの子供もなかなか人生ハードっスね………」
アヤネの魂の一言に、アヤカは心から同意した。
ゆきの病気について具体的なことはなにも分からなかったが、生まれつきのものだったら感染するタイプのものでもなさそうだ。
「(この世界って医学とか発展してないし、喘息持ちとかかな? 埃臭くしてたら余計悪くなるらしいのに)」
と眠るゆきの頭を撫でながら考えるアヤカだった。
「てかなに極自然に牢を破ってるんスか!? その子病気持ちでしょう!? 近づいたらヤバいっスよ!」
「大丈夫よ。 わたしは病気も毒も効かないから。 それに、感染るタイプとは限らないじゃない。 持病ならそうそう感染らないわよ」
「そうでスけどね! 少しは恐怖とか、警戒心とか持つべきじゃないっスか」
「わたしにそんなものは必要ない! このアヤカ・ローレライの体は鋼! 故に恐れも怯えもなーい!」
「あっ、はい、そっスか」
「ん? なにその心底バカを見る目は? 死にたいの?」
「別になんでもないっスよ」
しかし心底バカを見る目だけは止めないアヤネであった。
「じゃ、ちゃっちゃと逃げるわよ」
「りょーかいっス!」
元来た道を通って行き、気絶から復活している者には無慈悲な雷撃で記憶と意識を飛ばして置いた鬼畜アヤカだった。




