35 青銅竜対アヤカ・ローレライ
「ようやく出てきたわね。 待ちくたびれたわよっ!」
ようやく姿を見せた青銅竜に対し、アヤカは宣言する。
「じゃ、さっとやってさっと終わらせてやんよ」
どこぞの旅団の男のように腕をグルグル回してアヤカは言った。
その顔には、天性の美貌と可愛らしさも相まって、なにも知らない人から見れば天使のような微笑みが浮かぶ。
だがしかし、アヤカの絶大な力と狂暴な本性を知るミステリアと青銅竜には凄絶なる悪魔の微笑みに見えた。
「大丈夫、ぱっとやってドカーンで終わりだから」
なにが大丈夫なのか、とミステリアは内心で突っ込む。
青銅竜は鉛の体に鉄分混じりの冷や汗をかき、魔法を発動する。
青銅竜、又の名前を森林竜。
その名前の由来は、大地を操り、自然を操り、植物を操る彼だけの特異な魔法を使用するところからきている。
『ガイアフィールド!!』
アヤカが音速で踏み込む直前、足下の地面に亀裂が入って足首を取られそうになるが、慌てずにジャンプして回避する。
「おっとっと!」
『アイアンウッド!!』
鉄の大樹に絡み付いている植物群からなる天然の鉄製ワイヤーが空中で踏ん張りの効かないアヤカの体を扇情的に絡めとる。
「あっ、これって同人誌で見たやつだ!!」
「(ドージンシってなんじゃ?)」
『(ドージンシってなんだ?)』
アヤカの要らない前世知識のご披露。
前世で拳法を教えていた弟子の一人がオタクで、彼女から同人誌の存在を知ったアヤカは、当初は顔を真っ赤にして本をビリビリに破り捨てた過去がある。
その後、大切な同人誌を破られてぶちギレた一番弟子と死闘を繰り広げることとなったのは別の話。
しばらくしてきちんとした性教育を受け、そういうものにだんだん慣らしてきたアヤカは将来に備えて割りと積極的に勉強として同人誌を読み漁ったこともあった。
なお、弟子とは和解した。その弟子もアヤカの晩年には六人ずつの子供と孫に囲まれて幸せ一杯という安らかな顔で旅立った。
彼女のことは一先ず置いておき、頭を振って意識を戻し、名前も知らない植物の蔦を引きちぎることに集中した。
「ふっ!!」
腕に力を籠めれば鉄が軋む、おおよそ植物にはありえない音を立てて蔦が一本、また一本と千切れていく。
『はぁ!? どんな怪力してんの!? それ一本で耐荷重性は千トンはあるんだよ!? それが二十本以上あるんだよ!』
「その方に常識は通じぬぞ。 アヤカ殿は我々の知るエルフではないからな」
腕を拘束する蔦を力任せに千切ると、今度は腰や首のものを強引に千切っていく。
「硬っったいなこれ!! でも筋トレには使えるかも知れないわね」
通常の生物ならば、絶対に不可能なスーパーマン染みた脱出方法に、青銅竜は顎が外れそうな思いだった。
自分でも同じことはできるが、それは驚異的な肉体を持つドラゴンの姿だからこそだ。
人間に変身した姿で同じことをしろと言われても、恐らくは魔法無しでは無理だ。
しかし、目の前のこのエルフの少女は魔法を使っている様子はない。魔力も小さすぎて神経を尖らせねば見逃してしまいそうなほどだ。魔法による身体能力のブーストは術者の練度と、どれだけの魔力を費やせるかにもよる。
この女の子の魔力量からして、ブーストを掛けてもパワーアップは雀の涙程度だ。ほぼ意味はないだろう。
だから、恐らくは己の肉体の力だけでこれを行っている。
『エルフって普通こんなに強かったっけ?』
「さあな? アヤカ殿が特異個体なのではないか?」
「わたしは正真証明ただのエルフよ! ちょっと鍛えただけのね」
「その鍛練が常軌を逸していたのだろうな」
『僕だって鍛えたもん!』
「確かに前とは見違えるくらい強い魔力を滾らせているな」
「わたしは魔力って感じられないから分かんないわ。 それに、竜の気配もね? じゃ、続き始めるわよ」
肩をグルグル回してアヤカは拳に雷気を蓄える。
拳からは伝説の戦士として覚醒した宇宙最強の戦闘民族の如く、黄金の気が立ち上る。
それは〝闘気〟と呼ばれる、〝気〟を戦闘向けに更に練り上げたものだ。
人によって赤や青や黒だったりと色は違うが、アヤカの闘気は黄金だ。
何気に自分以外に黄金の闘気を使う者は今まで見たことがないので、それはちょっとした自慢だったりする。
『なら僕も本気を出すよ』
アヤカの本気に当てられて、青銅竜も本気を出すと宣言する。
森の一部が地盤ごと持ち上がり、空へと飛び立っていく。
それは、森にネットワークのように張り巡らされた鉄大樹の根が青銅竜の力で生き物のようにうねっている影響だ。
『ごめんね! 少しだけ、力、借りるね!』
青銅竜は一言鉄大樹に詫びると、その根っこに食いつき、魔力と生命力を吸い上げていく。
鉄大樹は無数の木に見えてその実、地下を這う根は一つに繋がっていた。
鉄大樹の森は正確には森ではなく、それ自体が一本の木だったのだ!
数千年もかけて成長した鉄大樹は莫大な力を溜め込んでいる。それこそ、森に住むモンスターたちが魔力と生命力に当てられてより強く進化するほどに。
『フォレストパワー注入かんりょー!!』
青銅竜の肌が光沢のある鈍い青から、淡く美しい輝きのあるブルーへと変わる。
「わたしは本気だ」
『僕も本気だ』
もはや試合とは思えないほどのマジモードだが、お互い殺す気はない。
拳法の達人たるアヤカが殺害禁止の野良試合で勢い余って相手を殺してしまうことなどあり得ないし、青銅竜とて寸止めや手加減は心得ている。
そして、この二人の肉体強度を考えれば万が一の事故も起こり得ないので、審判役を務めているミステリアも口出しはしない。
「やれやれ、やはり本気を出したか。 ……私は少し離れたほうがよいな」
避難はするが。




