34 森林竜 後編
森林竜は怯えていた。
本来ならば傲慢不遜、暴君、傍若無人を極めた性格をした他の古竜とは一線を画した大人しく、気弱だが人格者の『彼』は何千年も掛けて育ててきて森にやって来たエルフと旧知の仲である黒金竜が原因で怯えていた。
「あの人たちなんなのっ? 怖い……」
数千年前、この土地に来たときにこの森の大樹の変異を操って品種改良して彼が〝鉄大樹〟と呼んでいる木を作り上げて繁殖させてきた。
森に住むモンスターもその胞子の影響で他の森よりも強くて大きく、凶暴になったが、この森の頂点に立つ森林竜にだけは従順な、彼にとっては可愛い子分のようなものだった。
最初はモンスターたちをけしかけ、脅して帰すつもりだった。
だが、あのエルフはそのモンスターたちをものともせずに突き進み、自分に会おうとしている。
しかも、そればかりか「戦いたい」とまで言ってる。
森林竜は思った。「あの娘アホなのかな?」と。
神代時代から現代まで寝て過ごしていた黒金竜や赤金竜、白銀竜とは違い、自分は住みやすい〝森〟を作り、育て、守ってきた自負がある。
当然、その一環で自分自身の力も成長させてきた。
元来の臆病な性格は直せなかったが、鍛えに鍛えてきたことで、他の古竜たちと比べても大きな力を手にしたつもりだ。
それなのに、あのエルフの女の子は自分と戦い、あまつさえ勝とうとしているのだ。
その傲慢さ、自信は古竜にも引けをとらないだろう。
確かに彼女は強い。この〝鉄大樹の森〟に住むモンスターを単独で撃破できるほどに。
しかし、その程度では自分には勝てない。
何千年もかけて授業した果てに、この世界の地核すら揺るがすほどのパワーを身につけた自分には。
地核からエネルギーを吸いとれるようになった今の自分は、惑星にすら匹敵する力を手に入れている。
元々は数百年前に、この森に仇なした魔王バルログを倒すために手にいれた力だった。
だが結局、バルログは狼の魔物を連れた異世界の勇者が率いるパーティーに倒され、今で力をもて余しているが。
……問題なのは、どれだけ手加減してもエルフの女の子を殺しかねないことだ。
「僕がどれだけ手を抜けばいいのかなんて、僕には分かんないよ……」
竜らしく厳つい顔とは裏腹に、その声は声変わり前の少年のように高く、幼さを残している。
この声も森林竜が他の古竜にナメられやすい原因の一つだ。特にプライドが高い黄金竜の奴には「古竜の恥」と吐き捨てられるほどだった。
彼は今なにを考え、なにをしているのだろうか。
今となっては彼らとも連絡不通だ。
黒金竜はどういう訳なので、あのクソ強いエルフと行動を共にしているが、別に対等な付き合いという訳でもなさそうだ。
エルフとのやり取りを見て、従者と主人の関係に近いと推察した。
黒金竜はバトルジャンキーだが、強い相手には敬意を払っていた。特に、自分よりも強い者には。
「あのエルフの子、もしかしたらクロガネよりも強いのかも…………」
もし、本当に黒金竜よりも強かったら、自分と戦うに値する存在だ。
「なら、僕も戦うべきなのかも。 そうでしょ、レイナ」
今は彼の心の中にいる初代レイナに問いかける。
自分にこの森を与え、戦う手段を教えてくれた生涯の最初で最後の、それでいて最高の師匠だ。
彼女の遺言に従うなら、〝挑戦者〟であるエルフの前に赴き、戦うべきだ。
そう判断した青銅竜は、重い足取りを上げてステルスを解き、アヤカの前に姿を見せる。
◇
「まだ姿を見せないのーーー?! もう三日は経ってるわよーー!!」
「まだのようじゃな。 全く、繊細なやつだ」
『いや、ずっと近くにいたよ……』
「「ぴゃああああああああ!!!」」
突然背後からかけられた声に、驚いて悲鳴を上げる二人。
光の速さで振り向いた先には、お目当ての青金(鉛)でできた肉体を持つ森林竜がいた。
森の支配者にして、自然と大地を操る術を持つ森林竜に、ステルス性能に置いては右に出る者はいなかったのだった。
それこそ、抜群の戦闘力と身のこなしを持ったアヤカでさえもだ。
声をかけられて初めてずっと背後を盗られていたことを悟ったアヤカは、逆恨みと驚愕と気が動転した勢いもあって、宣戦布告の一発をお見舞いするのだった。
『問答無用ってことなのーーーっっ?!』
甲高い声の悲鳴が鉄の木々を揺さぶり、森全体に轟いた。




