27 穂坂とローレライ、二人のアヤカ
アヤカは夢を見ていた。
その夢ではアヤカは戦後のスラム街で生まれた黒髪黒目の幼い女の子だった。
それはアヤカがローレライになる前の頃。
穂坂彩佳だった頃の記憶だ。
スラム街でアヤカは生きるために暴力と脅迫と媚びへつらいを駆使して人を搾取して略奪して利用して生きていた。
ほんの少しの食べ物を得るために盗み、殺しは当たり前。
自分が奪われる側に回ったことも何度もあったが、相手を恨んだことはなかった。
そうしなければ死ぬのはお互い同じだったからだ。
いつか野垂れ死にするまでそんな生活を続けるのかと絶望していたが、十の時分に転機が訪れた。
十歳の誕生日、スラム街に訪れたとある若い女性がいた。
その女はフードを目深く被って顔が見えなかったが、身に付けているアクセサリーや所持品、服装からして金持ちのように見えた。
加えて体型も良く、性に飢えた男たちの視線を惹いていた。
スラムはそんないかにもなカモがちょっと近道するために通るような道ではないのは明白なのに、その女性は一人でその道を散歩でもするかのように自然な雰囲気で歩いていた。
当然、街の住人たちは目をぎらつかせてその女を狙っていた。
アヤカもその一人で、その女を襲い、金目のものを奪おうとしていた。
なんならこの女を男たちに売ってやろうかとも思っていたりしていた。
他のライバルになりそうな男たちを「他のやつを潰しといたほうがいいよ」と唆し、潰し合わせておくことも忘れなかった。
息を吐くように他人を利用する。
この程度の悪辣さが無ければスラムでは到底生きていけないのだ。
「ねえ、お姉さん。 お小遣いちょーだい♪ 嫌でも貰っていくよ♪」
愛用するナイフを片手にアヤカはその女性を脅す。
そのナイフは捨てられていた錆びた折り畳みナイフを、アヤカが何日もかけて一生懸命その辺の石で磨いで、なんとか使えるようにしたものだ。
これがアヤカのお守りで、切り札で、命綱だった。
身寄りのない女の子がスラムで生きていくには、力と頭を使うしかない。
悪知恵は回るが、まともな学のないアヤカにとって、知恵を使うのは限度があった。
必然的に手段としての力を手に入れるしかなかったが、まだ幼く、栄養もまともに摂れない状態で大の男たちと殴りあいなど出きるわけがない。
だからなにか武器を使うしかなかった。
そのためのナイフだった。
「出すもんなんてないよ。 とっとと消えな」
女がそう言った瞬間、そのナイフが根本からポッキリと折れる音がアヤカの耳にハッキリと聞こえた。
「え………?」
「だから、消えなって言ってるだろお嬢ちゃん? 二度も言わせるんじゃないよ」
女の前蹴りがアヤカの顔を掠めていき、頬にできた浅い傷を血が一滴伝う。
女の蹴りがナイフを折ったのだと悟るまで、少しの時間がかかった。
「どうだい、お嬢ちゃん? あたしの足技の威力は?」
「は、はんっ! それがなんだってのよ!」
切り札が壊されても意地で去勢を張った。
「わたし殺されるかも」とは思ったが、この世界ではナメられたら敗けだ。
一度ナメられたら最後、一生、永遠に、永久に、延々と搾取され続けることになる。
アヤカの目はまだ死んではいない。
まだこの身体と拳と根性という武器がある。
「かかってきなよ、お・ば・さ・ん?」
「へえ、まだあたしを挑発するかい。 中々良い根性してるねぇ」
女が初めてフードを取った。
その顔は若々しく、絶世の美貌を携えていた。
そして、その眼光は飢えた獣のようにギラギラとした危険な輝きを放っていた。
女はアヤカにグッと顔を近づけて、唇が触れそうなほどの距離かはアヤカの目をジッと見つめる。
「あんた、よく見たらあたしと同じ目をしてるわね? 気に入った。 弟子にしてやる。 着いてきな」
「へ? え? デシってなに? 着いてこいってなに? 命令しないでよ!」
「四の五を言わずにいいから来いよ。 飯だって腹一杯食わせてやるよ」
「ご飯くれるなら着いてってあげる」
お腹一杯ご飯を食べられると聞き、アヤカはその正体不明で名前も素性も知らないその女に着いていくことを決めた。
我ながら現金な女だと、アヤカは思った。
それが、後に彼女の師匠となる女性、通称〝虎〟藤咲二虎との出会いだった。
そこから先は敢えて語ることはない。
二虎の道場で暮らすことになったアヤカはそこで数々の拳法、武術、仙術、忍術、様々な戦闘技術を学んで生涯を武に捧げ、最後は雷鳴拳の開祖となって生きた伝説となった。
そこに至るまでと、至った後まで多くの戦いとドラマがあった。
師匠との決別と死別。
愛した男の裏切り。
弟子たちとの出会い。
進化の果てに生まれた超人類との死闘。
怪獣を使って世界を滅ぼそうとした環境テロリスト。
宇宙から来た軍団。
その全ての戦いと出会いで彩佳は強くなり、成長した。
そして穂坂彩佳は大勢の弟子に看取られて亡くなり、その魂のこの世界に渡り、アヤカ・ローレライとして生まれ変わった。
そしてアヤカは目を覚ました。
そこは、既に大海原の真上だった。
『起きたようだなこの寝坊助め』
「ミステリア………ここはどこ?」
『海じゃ。 既にあの島は三日分ほど遠くにあるぞ。 もう一度行きたいのであれば、泳いで渡るのだな』
「あの島の場所、覚えてる?」
『ああ、勿論だ』
「なら、またいつか来ましょう」
『……ああ、そうだな』
水平線の果てに大陸が見えてきた。
『あそこじゃ。 あそこが東の果ての大陸だ。 日の国はあそこの内陸部にある。 土産に魚でも持っていってやれば、お主でも上手いこと溶け込めるやも知れんぞ?』
クックックと笑うミステリア。
森林竜の強さとはどれほどのものなのか。
日の国の文化はどんなものなのか。
アヤカは楽しみだった。




