17 劇団ユリエイギョウ
狙撃手を退けた。敵も同じ手はなんども使ってはこないだろうと、考えたアヤカは一応次に備えて警戒しつつも、狙撃への対応を緩めることにした。
敵だって一度失敗した方法を使ってくるほどバカではないはずだ。
多分、次は違う方法で来る。
「わたしは狙撃にも対応できると分かったけど、剣やナイフで刺されたらどうしようもないかも知れないわ」
人混みは気配が多過ぎて全ての人の気配が一つの塊のように感じる。
その状態で不意に刺しに来られたらアヤカでも察せられない。
「ローレライさまに限ってそんなことは………」
ランはアヤカの力を今日一日かけて目の当たりにしてきた。
目にも捉えられない速さで大の男たちを倒し、遠く離れた暗殺者を視線だけで爆殺し、素手で毒矢を掴んで見せた。
ランにとって、アヤカは簡単に人やエルフを殺す危険な人物でもあるが、同時に英雄的存在でもあった。
もはやその強さに憧れすら芽生えていると言ってもいい。
ランにとってアヤカはこれまで物語の中でしか見たことも聞いたこともない英雄なのだから。
「ローレライさまなら、わたくしのことをちゃんと守ってくれますし、裏社会の方達もやっつけてくれますよ!」
「そんな期待しないでね。 困るから」
純粋なキラッキラした目で見つめられるとアヤカは困る。
アヤカは前世では性根の煤けた濁った目をした連中、殺意や憎悪を向けてくる連中なら山ほど、それこそ存在すら忘れてる奴も大勢いるくらい相手にしてきたが、他人にこれほど邪気のない目で見られるのは久しぶりだった。
ナモナキ村の人たち? 彼らはみんなアヤカの家族だからノーカンなのだ………。
「ラン、止めて。 その目はわたしに効くから………」
「はい! 止めます!」
人の懇願に素直に従う辺り、よくしつけられているお嬢様だ。
「次の刺客が送られてくる前にここを離れるわよ。 着いてきて!」
「はい!」
次の刺客は人混みに紛れてランを暗殺しに来ると踏んだアヤカは今度は人の少ない場所に行こうとした。
こんな発展した街のどこにそんな場所があるかと言えば、裏通りか路地裏しかない。あるいは地下に行くかだが、下水は臭い不潔だし、汚物だってあるかも。
アヤカの大嫌いなネズミの群れや、敵に先回りされて買収された浮浪者の溜まり場だってあるかも。
そうでなくともアヤカは中身お婆ちゃんでも、体は年頃の女の子だからそんな所に行ってわざわざ不潔に女になるのはごめんだったし、生粋の箱入り娘であるランを汚物だらけになる地下に連れていくなどもってのほかだ。
ドブ掃除してたとかは言うな。
アヤカはこれまで畑仕事や狩り暮らしで生きていたから泥で汚れるくらいなら平気なのだ。
必然的に選択肢は自縄自縛で狭まり、裏道に行くしかない。
「ところでローレライさま。 どうしてまた裏通りに戻るのですか?」
「今度は人混みを利用して殺しにくるからよ。 人が多いところだと派手なことは出来ないけど、地味なことは出来るからね」
「そうなのですか! 勉強になります!」
「(あぁ、純粋無垢なお嬢様がどんどん汚れていく………)」
胸の前で小さくガッツポーズするラン。
そのピュアそのものの明るい笑顔に余計なことを教えた、と罪悪感でプチダメージを受けるアヤカ。
「それより、あんたも周り警戒して。 ここからは出会う相手全部敵だと思って」
「え? 浮浪者の方もですか?」
光が照らす場所には、必ず影が生まれる。
発展という光で輝く都市には、必ず陽の光が届かない影が生まれる。
その影には居場所のない者たちが集まる。
裏通りに住み着いている浮浪者たちは、裏の連中に買われて都合よく使われていると考えて良いだろう。
ヒットマンなど、いくらでも集められるだろう捨て駒に割り振るにはちょうどいい汚れ仕事だ。
「だから、目が濁ってる奴を見たら特に注意してほしいの。 どん底で絶望してるやつらほど、目の前にエサをぶら下げられたら何でもするようになるから」
「あの………それはいくらなんでも考えすぎでは?」
前世のアヤカである武術家〝穂坂彩佳〟だった女はほんの僅かな報酬で雇われた哀れな浮浪者を何度も見てきた。
その能力は割と玉石混合といったところだったが、ほぼ必ずといって良いほど彼らは囮やデコイ、肉壁役の捨て駒だった。
だが、そういう失うものも守るものもない連中が捨て身になっと時の危険度の高さは身に染みて分かっていた。
捨て身の特攻の前に、今のアヤカ以上の力を持った〝超〟超人である穂坂彩佳ですら命の危険、心の底から恐怖を感じたことさえあったほどだ。
「(といっても、前世の〝わたし〟のことは〝今のわたし〟のことじゃないし、ランに言っていいのかな………)」
実はわたし、前世の記憶があるの。その記憶では、わたしは伝説の武術家で、生涯無敗のまま寿命で死んだのー、とか言っても誰も信じてはくれな………むしろアヤカの規格外の強さの秘密を説明できるから信じてもらえるかも。
でもそれは穂坂彩佳であって、今のアヤカ・ローレライとは同じ〝アヤカ〟の名前と記憶を引き継いだ別人なのだ、
アヤカ・ローレライは穂坂彩佳とは違う。
だけど、前世のアヤカについて話せば、ローレライでなく、ホサカの方のアヤカとして扱われるようになるかもしれない。
それがアヤカには死と同じくらい嫌なことだ。
「そうよ。 わたしはローレライだ。 穂坂じゃない」
「あの? どうかされました?」
ふとした隙に思考が脱線する。ランの言葉で意識が脳内から戻ってきた。
「あ、大丈夫! 大丈夫よ!」
「わたしはどうとかって言われていましたけど?」
無意識のうちに声に出てたか。これは恥ずかしい。
顔が熱くなる。今鏡を見れば、トマトのように赤く熟れた顔が映っているだろう。
「お顔が赤いようですが、お体の具合が悪いんでしょうか?」
体調不良を心配したランがアヤカのおでこに自分のおでこを押し当てる。
「え? え? なにやってんの?」
「動かないでください。 ん、少し熱いですね、熱があるのでは?」
混乱しているアヤカは自分があらゆる病気を克服した肉体の持ち主であることも忘れて、ただランの距離感ゼロで好意的な行動に混乱した。
惚れた腫れたには一切合切興味がないアヤカでも、自分を慕う者の純粋さ、好意には弱い(※好意を自覚している場合のみに限る)
悪意や憎しみや怒りをぶつけられることには慣れていても、好意や情念だけは何度向けられても慣れない。
ランの純粋すぎる好意を正面から受け止めたアヤカは、制御不能となった体温が一気に上昇して脳に酸素が回らなくなる。
目を回してひっくり返った。
「ローレライさまーーー!!」
唯一の味方をうっかりノックアウトしてしまったランの悲鳴が路地裏に響く。
アホみたいなマヌケな理由で割りとピンチな状況になってしまった。




