第七十二話 手紙。そして突然の……
夜の闇の中を、ただひたすらに俺達の乗った馬が駆け抜ける。明かりと言えば、調査隊の数人に一人が持っているカンテラと、夜空から優しく照らす三つ並んだ月のみ。…………そう。三つ並んだ月だ。
まるで信号機か何かのように、地球のと同じくらいの大きさの月が三つ等間隔に並んでいる。しかし形はそれぞれ少しずつ違っていて、月齢まで同じという訳ではなさそうだ。これを見るとしみじみ異世界に来たんだなあと実感する。これも多分ロマンだ。
「もうすぐ着きますよ」
走りながら近づいてきたゴッチ隊長がこちらに向けてそう言ってくる。それは分かったけど……隊長がこんなところに居て大丈夫なんだろうか? それに……。俺は後ろの方にチラリと視線を向ける。その視線の先には、エプリが俺と同じように調査隊の人と一緒に馬に乗って駆けている。
……結局、あの後すぐに馬に乗って出発したのでエプリとは話をしていない。着いたら話をしてみるか。……でもなんて言えば良い? さっきクラウンの奴と通信してたのかとでも聞けば良いのか?
考えこみすぎて落馬しかけたりしてもやっぱり考え続けたのだが、考えれば考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
そうしているうちに、いつの間にか拠点に辿り着いていた。ありがとう一緒に乗ってくれていた人。……しかし参ったぞ。まだなんて聞けば良いか思いついていない。
「では各自点呼を。……皆さん! お疲れさまでした。初日の成果としてはすこぶる順調です。しかし、これは始まりに過ぎません。気を緩め過ぎず、馬を馬番のテントに預けたのちに自分の持ち場に移動してください。夕食は担当の班が用意出来次第交代で摂ります。体に異常がある者は僅かであってもラニーか私に報告を。……以上。解散っ!」
ゴッチ隊長の指示により、調査隊の人は思い思いに行動を開始する。自身のテントに向かって歩いて行く人。馬を連れていく人。拠点の一部では夕食を作っている人もいて、そこに加わって食材をザクザクドサドサと切っては鍋に放り込んでいる人もいた。凄まじく豪快な料理だ。しかし昼食は美味しかったので、夕食もあれでも一応期待できるのだろう。
「よぉ! お帰り。探索はどうだった?」
「何か儲けに繋がりそうな物はありましたか?」
拠点で待機していたアシュさんやジューネがこちらを見て駆け寄ってくる。
「あっ! 二人とも。物はなかったけど進展はあったよ。少し離れていただけなのに、マコアの方の戦力が凄いことになっていてさ。……って、今はその話はあと。エプリ。ちょっと話が」
ついついダンジョンでのことを話し込みそうになったが、今はそれよりもこっちが先だとエプリの方を向く。だが、そこにはエプリの姿はなかった。一緒に乗っていた人に話を聞いてみると、少し疲れたから先に自分たちのテントに戻って休むと言って静かに歩いて行ったらしい。
……やはり護衛として気を張っていたから疲れていたのだろうか? しかし、そういう事なら今は話すのはやめておくか。
「…………どうした? エプリの嬢ちゃんと何かあったのか?」
「あ、いや、ちょっと話があったんですけど、休んでいるなら良いです。じゃあ今のうちにダンジョンで何があったのか話しますね」
また後で聞けば良いか。そう思い、俺はエプリとのことを後回しにして二人に何があったのかを話すことにした。…………その結果、後でどうなるかを考えもせずに。
俺とアシュさん、ジューネは拠点の一画、調査隊全体の夕食を作っているテントに行き、夕食を分けてもらった。自分達のテントに戻って食べようかと思ったが、エプリがもし疲れて眠っていたら起こすのもマズイ。仕方ないのでまたゴッチ隊長のテントにお邪魔させてもらうことにした。
夕食はがっつりとしたステーキに野菜のスープ。調査に備えて初日の夜に少し良い物を食べるのが、この調査隊の恒例になっているらしい。何の肉かは分からないが、噛む度に肉汁がほとばしり口の中で肉が躍る。
これは……良い肉だ。スープも決して主張しすぎず、肉の強すぎる旨味を時折スープを飲むことでさっぱりさせて、また次の一口への準備を整えるのに一役買っている。とても良い組み合わせだと思う。さっきザクドサ調理で作っていた物とは思えない。
ちなみにバルガスは身体の調子が万全ではないという事で、ラニーさんの医務テントで特製料理をふるまわれている。ゴッチ隊長曰く、身体にはとても良いのだけど味がマズ……少しよろしくないという。ついてないバルガスに合掌しておく。
「エプリさん。遅いですねぇ」
最初に夕食を食べ終えたジューネが、テントの外の方を見ながらポツリと言う。これはジューネが早食いというよりも、他の人が全員おかわりを一度はしているからである。
「確かに。もうあれから大分経っているから、軽い仮眠程度ならもう起きてきても良い頃だ」
アシュさんも三枚目のステーキを齧りながら応える。俺とゴッチ隊長は二枚目。いやだって美味いんだもの。かなりボリュームのある物だけど、美味い物はおかわりしなきゃ損だろう? 幸いゴッチさんも夕食係の人達も、どうぞどうぞと勧めてくれるのでありがたい。
……しかしこんな美味いステーキだからな。エプリだったらどれだけ食べることか。毎回結構食べるからな。五、六枚くらいはペロリと平らげるんじゃないだろうか?
「よし。ちょっと俺が行って呼んできます。エプリの分の夕食を持っていっていいですか? いくら寝てたってこの美味そうな匂いを嗅げば一発で起きてくると思うんで。……多分一枚じゃ足りないと思うけど」
丁度良い。起こすついでにさっきのことも聞いてみよう。そう思い、俺はエプリの食事を持って自分たちのテントに歩いていく。
空を見れば、月明かりのほかに小さな星の明かりもあって少しだけ明るい。しかし夜なので暗いことには変わりなく、念のため光球を一つ呼び出して自分の近くに浮かべておく。
ゴッチ隊長のテントから自分達のテントまで、歩くと地味に一、二分はかかる。歩きながら俺は再びなんて話しかけるか考えていた。……しかしどうにも考えがまとまらない。そして、とうとう自分達のテントに辿り着いてしまう。え~い。こうなりゃ出たとこ勝負だ。会ってから考えよう。
「エプリ。夕食だぞ。今日は何か分かるか? ……どうだっ! ステーキだぞ!! 見よこのボリュームを。嗅げこの鼻をくすぐる香りを。かぶりつかずにいられるかな~?」
俺はテントの入口でそんな小芝居をする。これで場を和ませてから上手いこと話を持ち出す。我ながらなかなかの作戦ではないだろうか? ……決して切っ掛け作りのためにこんなことをしているのではない。しかし、
「……出てこないな」
待てど暮らせど一向に出てこない。と言うよりも中から何も反応が無い。他のテントに気を遣って心持ち小さめに騒いでいるのだが、それにしたってテントのド真ん前で騒いでいれば何かしらのアクションがあるだろうに。
「…………エプリ。入るぞ」
嫌な予感がして、一応断ってから俺はテントの中に入る。もしまだ眠っていて、単に寝起きが悪いだけとかだったら素直に謝ろう。そこには、
「誰も……いない?」
テントの中には誰も居なかった。ひとまず食事を簡単な家具の上に置いてきょろきょろと中を見回す。……おかしいな。先に戻ったって聞いたのに居ないなんて。…………もしやトイレか? いや、ただの散歩ってことも考えられるな。しかし何故だろう? さっきから嫌な予感がずっと身体から離れない。
「……あの。トキヒサさん……でよろしかったですか?」
「えっ!?」
突然テントの入口の方から自分のことを呼ばれて慌てて振り向く。そこには調査隊の一人であろう女性が立っていた。あまり顔に見覚えが無いので、どうやらダンジョンに行かずに拠点に残っていた人のようだ。
「エプリさんから手紙を預かってきました」
「手紙?」
手渡されたそれは、多少地球の物に比べて質が悪かったが間違いなく手紙だった。丸めて筒状になっていて、中央を軽く紐で結ばれている。俺は紐をほどいて手紙を広げてみたのだが、
「…………読めない」
確かに文らしい物が書かれているのだが、俺はこの世界の文字が分からない。アンリエッタから貰った加護は自分と相手の会話を翻訳してくれるものであって、字の読み書きまでは対応していないのだ。こんな事なら牢屋の中でイザスタさんに字の読み書きを習っておけばよかった。仕方ないので届けてくれた人にエプリのことを訊ねてみる。
「エプリさんでしたら、先ほど私にこれを預けて『後でここに戻ってきたヒトに渡して。……出来ればトキヒサに。私は少し夜風に当たってくるわ』と言って、そのまま向こうへ歩いていきました」
その人が指さしたのは、拠点の外へ向かうための道だった。ドクンと一度心臓が大きな音を立てて、それと同時に俺の中の嫌な予感が一気に膨れ上がる。
わざわざ手紙に書いて渡すなんて……まるで、もう会うことが無いからみたいじゃないか!?
「あのぉ。実は俺文字が読めなくて。代わりに読み上げてくれませんか?」
文字が読めないと言うのは少し恥ずかしかったが今は非常事態だ。しかし、どうやらこの世界では文字の読めない人もそこそこいるらしく、調査隊の人もたいして驚かずに読み上げてくれた。だが、読み上げていく毎に少しずつ顔色が曇っていく。それはそうだ。ここに書かれていたのは……。
「……すみませんっ! エプリにこれを渡されたのはいつのことですかっ?」
手紙をよく見れば、まだ最後の方のインクが僅かに乾ききっていない。つまり手紙を書き上げて乾く間もなくこの人に託したことになる。
「つい先程です。エプリさんとほとんど入れ替わりにトキヒサさんが来ましたので、まだ十分も経っていないと思います」
「ならまだ間に合うかもしれない。すみませんがこの手紙をアシュさんとジューネに渡してくれませんか? 今はまだゴッチ隊長のテントに二人ともいるはずですから」
「それは構いませんが、トキヒサさんはどうするのですか?」
「決まってる。エプリを追いかけます」
俺はテントを飛び出すと、急いで拠点の外へ向かう道に走り出す。エプリの奴、まさかこんなタイミングで行くことはないだろうに。あの手紙に書かれていたもの。それは……俺の護衛契約が完了したためここを立ち去るという内容だった。
こっちはまだ話さなきゃいけないことが色々あるんだぞっ! どうやって話を切り出そうか散々悩んでいた所なのに、勝手にいなくなるなんて冗談じゃない。頼むからまだ近くにいてくれよっ!




