第三十五話 即興軍師エプリ?
今回は少し短めです。
ゴリラ凶魔は見かけによらず俊敏な動きで襲い掛かってきた。俺とエプリは左右に分かれて回避する。相手が一体なら注意を分散させた方が戦いやすいからな。
「……“風刃”」
「これでも喰らえっ!」
回避しながら、エプリは挨拶代わりとばかりに風の刃をゴリラ凶魔の脇腹にお見舞いし、俺も銅貨を何枚かまとめて散弾よろしく投げつけた。刃はガードされることもなく直撃し、その緑の剛毛を切り裂いて僅かに赤い血を噴出させる。俺の銅貨数枚も命中してそのまま炸裂した。
……だがそれだけだった。刃が切り裂けたのは毛の部分と表皮のみで、肝心の肉までは届いていない。俺の銭投げも、皮膚の表面を軽く焦がしただけでダメージはほぼ無し。
「……ちっ。やはり堅いか」
エプリはそう毒づきながらも素早く体勢を整える。俺も持ってきた松明を素早く壁に出来た割れ目に差し込み、片手に投擲用の銀貨を握りしめていつでも投げられる構えだ。銅貨では威力が足らなかったが、銀貨なら少しは通用するだろう。
「ゴオアアアッ」
突撃を躱されたゴリラは、振り向くと明らかに怒りを持ってこちらを見据えてくる。話し合いとかはまず無理な雰囲気だ。エプリはゴリラ凶魔の挙動に目を逸らさぬまま、こちらに声をかけてきた。
「……私が奴を引き付ける。その間に後ろにある部屋の通路から脱出を」
「あんなの相手に一人ではキツイだろ? 戦うにしても逃げるにしても二人でだ」
あの鬼と同格だとしたら、流石にこのゴリラ凶魔はエプリでも一人じゃ厳しい戦いになる。俺は直感的にそう感じた。
「……それでは逃げ切れない。……雇い主を守るのが私の仕事だ。いいからさっさと行け」
「こっちは雇い主兼仲間だってのっ! 最初に言っただろう? 仲間なら互いを護衛しあっても良いって。仲間を置いて一人で逃げるなんて出来るか。それに、もしこの先の階段が出口まで直通じゃなかったら確実に迷う自信がある」
俺は一人で戦おうとしているエプリに必死に食い下がる。ここでエプリを一人にしたらとても嫌な予感がする。こういう予感は大抵当たるというのがお約束だ。なら何としても避けなくてはならない。
……あと、後半部分は本当なので説得力があるはずだ。……ちょっと宝探しが趣味としては我ながらどうかと思うが、なんの装備もなしではしょうがないのだ。
「…………分かった。雇い主兼仲間兼荷物運びの意見に従うわ。……しかし、出来る限り戦闘中はこちらの指示に従うように」
「おうっ!」
やっと根負けしたのか、エプリは俺を一人で逃がすことを諦めたようだ。冷静になったのか、口調もまた元に戻っている。戦闘中にエプリの指示に従うのは経験の差から考えれば当然だしな。素直に受け入れる。
「ゴ、ゴアアアァッ」
そこでゴリラ凶魔は再び突撃してきた。動きはシンプルだが厄介なことは事実だ。あんな怪力で掴まれたらそれだけで軽く握り潰されてしまう。おまけに四本の腕だというからさらに面倒だ。
対して、向こうは堅い剛毛と筋肉で身体を覆っていて生半可な攻撃は通用しない。それこそディラン看守くらいのパワーがないと通じない気がする。
「……アナタは私の後ろにっ! “風壁”」
咄嗟に指示に従ってエプリの後ろに。美少女に守られるというのもどこか情けない気がするが、指示に従うと言った以上いきなり破るわけにもいかない。
迫りくるゴリラ凶魔に対し、エプリは風の壁を張って突進を受け止める。だが、
「グルアアアッ」
「…………くっ! 足止めにしかならないか。なら、“三重風壁”」
風の壁をものともせず、ゴリラ凶魔はそのまま突き進んでくる。だが、エプリは壁を重ね掛けして、ゴリラ凶魔を囲い込むように風壁を張った。押し込められるような体勢になり、尚且つ上から吹き下ろす風にゴリラ凶魔もてこずっているようだ。
いずれは破られるだろうが、これなら少しは時間が稼げる。今のうちに作戦会議だ。
「エプリ。これからどうする?」
「…………“風刃”でもまともに傷がつかないとなると、私の魔法でまともにダメージを与えられるのは限られてくるわ。“竜巻”を使うにしても、発動までの時間に距離を詰められると少し危ないし。流石にこれ以上の重ね掛けは難しいわ。……アナタは何か手は?」
「……一つ試してみたい事がある。あいつ、牢で見た鬼と同じように魔石が身体に埋め込まれてるみたいだから、それを摘出したら元に戻ったりしないかな?」
鬼の時とは違って、魔石の位置は最初から分かっている。なら少しでも動きさえ止められれば、何とか魔石をディラン看守みたくぶっこぬけるかもしれない。
「……私が気を失っていた間にあったという話? 牢のあの鬼は魔石を取り出すことで倒したの?」
「いや。倒したんじゃなくて、何とか動きを止めて魔石を取り出したら少しずつ元の姿に戻っていった。ディラン看守が言うには、下手に魔石を傷つけると後遺症が残るって話だからそっちでも倒せるは倒せると思う。でも俺はなるべく傷つけずに助けたいと思ってる」
俺がそう言うと、エプリは少し考えて自分も続けた。
「…………それで行きましょう。ただし、あくまでも雇い主であるアナタの安全が最優先。戦うことまでは仕方ないにしても、アナタが危ないと思ったら私は後遺症云々は関係なしに直接魔石を狙う。これでいい?」
「…………分かった。でも、ピンチにならなければ問題ないんだろ? 大丈夫だ」
エプリの言葉はとても真っ当なものだった。誰だって見知らぬ他人より知っている誰かを優先的に助ける。俺が雇い主だからということも含めて俺を助けてくれようというのは普通だ。だが、彼女は俺が危ないと思ったら魔石を狙うと言った。
つまり本人も、俺が危なくならない限りはあのゴリラ凶魔になってしまった人を助けたいと思っている訳だ。それなら俺も大丈夫だって言い続ける。そして成功させるだけだ。
「グアゥ。グオアアアアッ」
重ね掛けされた風の壁を、ゴリラ凶魔は強引に突破しようしている。いや、もう半ばまで突破しているという方が正しい。少しずつ身体が風の壁を押しのけている。
「……じゃあ、簡単だけど作戦を立てるわ。よく聞いて」
そう言うとエプリは、これからどうやってゴリラ凶魔と戦うかの指示を語り始めた。驚くべきことに、重ね掛けした“風壁”を維持しながらこの短時間で考えたというのだ。…………エプリの頭の中がとても気になる天才っぷりだ。イザスタさんと言いディラン看守と言いエプリと言い、俺の周りの人がやたら頼りになるのは何故だろうか?
急にグイグイと服が引っ張られる。見ると、ヌーボ(触手)が身体をうねうねと俺の前に伸ばしてくる。まるで、自分も忘れないでと言わんばかりに。…………ホントに俺の周りは頼れる奴ばかりだよ。
だがこれで何とか道筋が立った。待ってろよゴリラ凶魔。力づくでも元に戻してやるからな。




