第三十話 寝た子を起こすは危険です
なんてこったい! 俺は荷物を整理している内にとんでもないことに気づいて愕然とする。……俺の荷物牢獄に置きっぱなしじゃん!! 本来出所の際にディラン看守から受け取っていくつもりだったが、途中であんなことになったから受け取り損ねた。持っているのは身に着けていた小物のみ。
「……俺のキャンプ用品も、宝探し用グッズも、非常食も……楽しみにとっておいたブ〇ックサンダーまでも……なくなってしまった」
凄まじい損失だ。ダンジョンに跳ばされた今こそ使いどころだというのに。最悪換金すればそれなりの価値になる品物だったというのに…………ちくしょうっ!
しばらく地面に手をついて落ち込んでいたが、いつまでもこんな状態ではいられない。多少荷物のことを引きずりながらもなんとか立ち直る。
それにしてもこれからどうしたものか。俺は明かり代わりの貯金箱で周りを照らしながら考える。周囲に散乱していた骨や瓦礫類はほとんど換金し、辺りが大分スッキリしたところで改めてここの様子を調べる。
まずここはどうやら部屋らしい。それなりに広く、テニスコート一面分くらいありそうだ。壁や床は石を組んで作ってあるようで、軽く叩くと鈍い音がする。壁を壊して進むのは難しそうだ。
周囲は明かりもなく真っ暗闇。進むのなら明かりの用意は必須だな。スケルトン達は明かりらしきものを持っていなかったから、暗闇でもこちらのことが分かるのかもしれない。
しかし。俺は貯金箱を見ながらふと考える。いくら何でもずっと貯金箱を掲げたままと言うのは問題だ。査定の時間も限られているし、いちいち使うたびに硬貨を入れなければならないのも地味に懐に来る。…………よし。明かりを作ろう。材料はあるから出来るだろう。
数分後。なんちゃってではあるが松明のようなものが完成した。本来は松の明かりと言うくらいだから松などの樹脂を使うのだけど、残念ながらここにはそんなものは無い。ある物といったら…………。
俺は一応の礼儀として軽く手を合わせると、木の棒の代わりにスケルトンの骨を使わせてもらう。アンリエッタ曰く本物の死体ではないらしいが、それでもまあなんとなくだ。先の部分にボロボロの布の服を裂いてグルグルに巻き付ける。あとは何か油のようなものがあれば…………ないか。まあ骨自体に油成分があるかもしれない。
何とか形だけは整ったので、あとは火を点けるのみとなった。ポケットからライターを取り出しながら、ふとイザスタさんと魔法の練習をしたことを思い出す。
「牢獄の中は魔法封じがあるから、あくまで発動のイメトレとか文言の練習だけだったよなぁ。どの属性がきても良いように全部の初歩を練習したけど。……実際は俺の適性は特殊魔法の金属性だったから、基本属性はどのみち使えないんだよなぁ」
ちょっと空しくなって小さくため息を吐くと、何の気もなしに地面に置いた松明に向けて指を指し、火属性の初歩の言葉を呟いてみる。
「火よ。ここに現れよ。“火球”……なんつってね。っておわっ!?」
ポンッ。
呪文を呟いた直後、なんと指先から小さな火の玉が飛び出して松明に飛んで行った。
火の玉はせいぜいしょぼいライターくらいの火力しかなかったが、松明の持ち手である骨の部分に当たるとそのまま燃え上がってチロチロと音を立てている。骨部分に可燃性の何かが含まれていたのだろうか…………じゃなくてっ!
俺は自分の指先をじっと見る。……今指から火の玉が出なかったか? いやいやそんなまさか。何かの間違いだよな。ナハハと笑いながら頭をぼりぼりと掻く。
「………………“火球”」
今度は呪文を省略して唱える。すると、今度は線香花火程度の弱々しい火球が指先から飛び出した。軽く風が吹いただけで消えそうなものではあるが、確かに俺の指先から出たのだ。
…………ええええっ!? いやいや待て待て待て。落ち着け。クールになれ桜井時久。深呼吸だ。すーはー。すーはー。……よし。少し落ち着いた。落ち着いたところで状況を整理しよう。
まず火属性は基本属性だ。そして俺は金属性。金属性は特殊属性で、基本属性とは基本両立しないというのがイザスタさんの談だ。このことを踏まえて、この時点で思いつく結論はいくつかある。
一つ目は俺は元々火属性で金属性でなかったということ。だが、それは試しに銅貨を一枚攻撃の意思を持って壁にぶつけてみたところ、パンッと小さな音を立てて炸裂したことから却下。
二つ目はイザスタさんの言うことが間違っていたということ。本当は両立することもあるという可能性だが、そこを疑い始めたらきりが無くなるうえにわざわざ俺を騙す理由がないのでこれも却下。
そして三つ目は、何かの加護かスキルで追加されたということ。俺はここで、ディラン看守がここに来る前に言っていたことを思い出す。俺の加護は“適性昇華”だって。昇華とはたしか、物事が一段階上の状態になるという意味があったはずだ。これが怪しい。
例えばこうは考えられないだろうか? 俺には基本属性の適性は無い。だけど“適性昇華”の力で、適性ゼロが適性一くらいに上がったという可能性。だから魔法は使えるけれど、初歩のしょぼい威力しか出せない。…………適当に考えたが、これは意外に良い線いってる気がする。
「……ならもしかして、他の属性も使えたりするんだろうか?」
この時点で、俺は少しテンションがおかしくなっていた気がする。それはそうだろう。一度やってみたかった“火球”がしょぼいとはいえ本当にできたのだ。ロマンである。ならば他のも試そうと思うのは至極当然だ。俺はそこから軽く魔法の実験をした。
……結論から言おう。全基本属性が使えた。ただしどれもこれもしょぼい。
火属性はさっきのようにライターと変わらず、水属性は水鉄砲程度。風属性はそよ風くらいにしかならず、土属性にいたっては公園の砂場でよく見る小さめの砂山を作るのがせいいっぱい。…………しょぼすぎないかこれ?
「唯一使えそうなのはこれくらいか…………光よここに。“光球”」
何とかいけそうだと思ったのは光属性の魔法だった。これは呪文を唱えると、指先に眩い光を放つ光球が出現するものだ。さらに言えば、それは一度使うとしばらくの間自分の周りを滞空する。つまり明かりで手が塞がらないという訳だ。いざという時に手が空いているかどうかはかなり重要になるからな。
光球は俺の周りをクルクルと旋回しながら滞空する。その明るさはちょっとした電球くらいだが、これでも真っ暗な中では大いに助かる。少しは状況が前向きになったことで、文字通り希望の光が差してきた気がした。
……だが俺は気付いていなかった。ただでさえ魔法の実験でテンションが変な感じになり、うっかり周りのことを忘れて騒いでしまったこと。加えて真っ暗闇の中で急に明かりをつけたこと。それを眠っている人のすぐ近くでやったらどうなるか? …………答えは簡単。目を覚ます。
そして忘れていた。その起きた少女は自分に対して凄まじい怒りを持っていたことを。つまり、
「“強風”」
「……っ!?」
突如覚えのある声と共に、部屋の中に強風が吹き荒れる。俺はハッとして振り返るも、一歩遅く強風に囚われて壁に叩きつけられてしまう。……なんか壁に叩きつけられるの最近多くないか? そのままずり落ちるところ、風が横殴りに吹き付けて壁に押さえつけられる。
「……あの女はいないようね。これでお前を守る者はいない」
俺を風で吹き飛ばしたのはエプリだった。しまった。つい魔法の実験に夢中になって、話し合いのための用意を忘れてた。彼女は少しずつこちらに近づいてくる。ヌーボ(触手)は動かない。こっちはまだ眠っているようだ。
そして、ついにエプリは俺に手が届く所まで到達する。上手く計算されているのか、風は依然として俺を拘束したままだ。
「……さっき言ったわよね」
エプリは動けない俺に向けて手を伸ばす。その時風で黒フードがはためき、一瞬だけまた素顔が見えた。
「……生かしておけない。殺すって」
そう言った彼女のチラッとだけ見えた顔には、こちらを見据える鋭い赤眼と、口元に浮かぶ不敵な笑みがあった。




