幕間:魔界雑貨店に住んでいるのは二人だけじゃない
どうも皆さん。緒蘇輝影丸です。
七月直前もあってか、凄く暑いですね。少々気が早いですが、皆さん。熱中症にはお気を付けて下さい。
今回は前回のある時間帯まで遡り、デッドオーパーはどうなっていたのかの幕間回です。
楽しんでいただければ幸いです。
少しだけ時間を遡り、デッドオーパーの店長であるクロードが、かつての仲間である人物から頼まれた依頼を遂行するために外出している間、店内で侍女が一人寂しくクロードの帰りを待っていた。すると突然、何の前触れもなく元・勇者団の一人、修道女のシエルが怒りを暴発する予感を探知した。慌てた侍女ことミリークが、目にも止まらない速さで外へ駆け出した。それも鍵をかけ忘れたまま。
このデッドオーパーに限らず、商品を取り扱うお店全般にとって危惧すべきものがある。それは強盗、もとい盗賊だ。特にデッドオーパーの場合、細心の注意を払わなければならない。何故なら、デッドオーパーはまず、商品一つ一つの価値が高いため、何度も来店してくれるような常連客は滅多にいない。つまりは人通りが少ない場所とも言える。しかもクロードが依頼を受けている日は、ほとんど店員(という名の留守番)をやっているミリークしかいない静寂の空間、いわゆる閑古鳥が鳴くほどに静かな雑貨店だ。クロードがいないという事は、最強の防衛線がなくなっているのも同然。……これがただの雑貨店ならば、盗賊に狙われる確率は格段に下がるどころか、わざわざ警戒する必要もないのだが、生憎デッドオーパーは、個々の商品が高価な分、普通の雑貨店には売っていない貴重な魔導具や魔法薬までも取り扱う唯一の掘り出し物専門店でもあるのだ。つまり、盗賊からすれば喉から手が出るほど欲しい物ばかりなのだ。最高値で売れれば簡単に豪邸が買えるほどに。
普通に考えれば、戸締りせずに外出をし、帰宅してみたら商品のいくつかが盗まれたともなれば、いくらミリークといった仲の良い存在に甘いクロードだって黙っていられない。むしろ警戒を怠ったミリークに怒号を上げるか、ちゃんと言っていなかった自分のせいだと悲嘆の声を上げていたであろう。
……しかし、このデッドオーパーには、盗賊が入ってきた形跡・経歴はあれど、盗まれたことはない。その理由は至って単純、デッドオーパーの住人はクロードとミリークの二人だけではないのだからだ。
そんな事は露知らず、一人の盗賊がデッドオーパーに侵入してきた。今回の侵入者は、サルのような顔と毛の生え方をした猿人族で、細身の男性だ。しかも変装をしていないどころか、堂々と入り口から入店してきた。恐らく、ミリークがただ買い出しに行っただけでクロードが店内にいた場合、入店したけど肝心の商品がなかなか見つからなくて困る客を装うつもりで入ったのであろう。しかし、そのクロードまでもいないため、演じる必要がなくなった猿人族の盗賊男は、早速お目当ての魔導具を物色し始めた。
「ウキキキ……あの骸骨もいねぇから、お宝取り放題だぜ。まったく、不用心な奴らめ」
下品で変な笑いを浮かべながら猿人族の盗賊男は、調子と欲に乗って、お目当ての魔導具に加え、高値で売れそうな魔導具を懐にしまって去ろうとした。
……のだが、猿人族の盗賊男は足を止めた。否、止まってしまった。何故ならば、出ようと後ろへ振り向いた瞬間、様々な商品に紛れて棚の中に陳列してあった手ごろサイズの旋律箱のような箱の蓋が不自然に開らき……。
――――中からまるでムカデ型のモンスター、カゲモグリのようにウネウネと蠢く無数の黒くて長い手が、猿人族の盗賊男に向かって伸びていたのだから。
「ヒィッ!!なんだよコレ!!キモッ!!」
気付いた時にはもう既に遅かった。箱から伸びた黒い手は猿人族の盗賊男の胴体や四肢、首元に絡みつき、そのままグググ…と力強く箱の中へ引きずり込もうとした。
「何なんだよ!!放しやがれ!!!」
獣人族特有の体毛のおかげなのか、細身な身体に反し、意外と粘る猿人族の盗賊男。悪態を吐くくらいの余裕があるのか、それとも悪態を吐かないと簡単に引きずり込まれてしまう程に焦っているのか、はたまた彼の素なのか。今捕まえている箱には分からないし興味もない。ただ「キモイ」という言葉に怒りを感じたのか、猿人族の盗賊男を絡めている黒い手は、ギリギリギリ…と軋むような音と共に、一段と強く絞めた。体毛が多い胴体や四肢はまだ痛いだけで済むのだが……体毛が薄い部分、首元が絞まれば呼吸が難しく、鬱血どころか最悪意識がなくなってしまうほどに苦しい。
「がっ……はっ……!?」
猿人族のような獣人族は、呼吸しないと生きていけない魔族系統の一つ。そのため、旋律箱のような何かが今やっている首絞めは、獣人族にとってはかなり効果的だ。
首が絞まり、酸素と魔素が取り込めない状態に猿人族の盗賊男は、為す術なく、体格に関係なく、そのまま箱の中へ引きずり込まれた。
……パタンッ。
――――ぁぁぁぁぁあああああーーーーー!!!!!
引きずり込まれた先に見えた光景は……ウネウネ…ズズズ…うぞうぞ…ケヒヒヒ…ギョロッ……と、ここからはご想像にお任せします。
その後、猿人族の盗賊男が目が覚めると……そこは、さっきまで中にいたはずのデッドオーパーの前だった。一度は何だ悪い夢かと思ったが、なんか不自然な感じに身体が痛い。何だと疑問に思いつつ、デッドオーパーの扉の傍らに何故か置いてあった普通の姿見の前に立って自分の体を確認した瞬間、背筋が凍った。
彼の首元に――――あの時の……あの箱から伸びた黒い手に絡まれた時の跡がくっきり残っていた……。
……ウネウネ…ズズズ…うぞうぞ…ケヒヒヒ…ギョロッ!!
「ヒィィィ……ッ!!!うわあああああぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」
突然あの箱の中へ引きずり込まれた時に見た光景が悪夢回帰し、猿人族の盗賊男はすぐ姿見から離れ、頭の中で何度も悪夢回帰で見えた光景は、悲鳴を上げるほどに非道で、不気味で、残酷で、思い出したくないと言わんばかりに叫びながら一目散に逃げた。
……悪夢の根源となったデッドオーパーが見えないくらい遠く、遠くへ……。
…………。
……ふぅ。盗賊って言う泥棒を食べたのは二十年ぶりかな。中でトラウマになる程に残酷な悪夢を見せる際、盗賊から発せられる恐怖の味は美味しい。……だけど、食感は毛だらけで気持ち悪い。……あっ。また美味しい感じがした。……気付いたかな?
一度食べられると、死ぬまで最悪の幻覚を見せられる事に。……あっ。今のが一番美味しかった!この三度目の恐怖が堪らないんだよね。終わらない悪夢だと悟った、絶望に近い恐怖は。
……あっ。終わっちゃった……もう少し三度目の恐怖、味わいたかったのに……絶望死しちゃった……。
そんな感じで箱のような何かが最後の咀嚼に残念な気持ちを抱えていたら、不意にデッドオーパーの扉が開いた。
「……ミリーク。店の鍵、かけ忘れてるぞ」
「申し訳ございません。シエル様の怒気に思わず身体が……」
「まぁ、アレは仕方ない、か……」
……!ご主人様ッ!
ガタガタガタ……ッ!
モンスター以上魔族以下の知的能力を持つ箱のような何かは、言葉を話せない代わりに、自身を揺らして感情を伝える。
「おぉハココただいま。オレ達がいない間に、泥棒は入って来なかったか?」
パカッ、パタンッ。
ハココという箱のような何かは、話しかけてきたクロードからの質問に、一度蓋を開けたかと思いきや、すぐに閉め、そのまま動かなくなった。
飼い始めてから何度も教え込んでいたため、クロードとミリークは、ハココが出した答えを理解した。一度の開け閉めは、侵入の肯定を意味をする。
「……ミリーク。何か言う事は?」
「申し訳ございません」
理解して早々、クロードはミリークを軽く睨んで問い詰めると、ミリークはすぐさま「弁解の余地もない」という意味でクロードに深く謝罪をした。
……とはいえ、事態が事態であったため、なんとか許して貰えた。
……良いなぁ……ハココもご主人様とあんな感じでお喋りたいなぁ……。
二人の会話の様子に、ハココは羨望の感情を抱いた。
ハココは元々、魔王城ことジェノサイド城にある秘密の宝物殿で、大事な宝を盗もうとする不届きな輩達から守る番犬のような役割を持っていた。いわゆる同じ宝物の一つとして擬態していた箱型のモンスター、悪戯箱なのだ。
……しかし、ハココはその悪戯箱の中でも亜種に分類され、悪戯箱の上位互換ともいえるモンスター、絶望箱なのである。
違いは、箱自体の大きさと食べるモノである。悪戯箱は一般的に、ヒト一人が余裕で入れるくらい大きく、不用心に開けた人間の血肉と驚愕を主食とする。しかし、絶望箱は逆に、小物入れと同じくらいの大きさで、悪戯箱とは違い、恐怖のみを味わうのが主流だ。……例えて言えば、悪戯箱は雑食で、絶望箱は菜食主義のようなものだ。なので、絶望箱にとって捕らえた者の血や肉は、恐怖と一緒に付いてくる余計なモノであるも同然なのだ。
少しばかり話が脱線したが、そんなハココが何故デッドオーパーにいるのかというと……平たい話、クロードがハココの事を気に入り、ハココもクロードの事が気に入ったのである。
それは、まだディザストレがロストの支配下、クロード達が魔王軍幹部として働いていた時代、ロスト時代で起きた事だ。当時の勇者団をいとも容易く全滅させた魔王軍の力に恐れをなしたのか、モルディガンマからの襲撃がなかった暫くの間、クロードは暇つぶしによく宝物殿を行き来していたのだ。罠の影響が特に少なかったために。その宝物殿に来る度に、彼は何度もハココの事を気にかけ、面倒を見ていたのだ。
そしてロスト時代の終盤、モルディザス条約が締結され、ロスト時代からスフィア時代に変わる直前の時期に、ロストが元・勇者団に魔王軍幹部として働いた最後の報酬として、各々が欲しい物を提示させた。その時クロードが、自身の店の創立と共に、ハココの所有権を提示したのである。
ハココから漏れ出ていた感情に気付いたのか、それとも気付いていないのか、クロードはハココの頭(というより蓋の上部分)を優しく撫で、「ほれ」と言ってハココの近くに、ハココと同じくらいの大きさの箱(厚紙製)を置いた。微かだが、隙間から甘くて美味しそうな匂いが漂う。
「今回の依頼でのお詫び兼、泥棒退治の報酬のケーキだ。傷まない内に食べてくれ」
意識的なのか無意識なのか、クロードは通常より優しい口調でそう付け加える。その時の彼の眼窩から見える光は、慈愛に満ち溢れた感情を表す緑色だった。
ご主人様……ッ///!
パカッ。キィキィ…。
まるで両腕を高々と上げて喜んでいるかのように、自ら蓋を開け、蝶番を軽く軋ませた。その後すぐに、クロードのご厚意に甘えて、ケーキを箱ごと頂いた。
ケーキを箱ごと食べるために一度閉めて数秒後、再びハココは蓋を開けたかと思いきや……。
パァァ……ッ!
同じ箱の中から黒い手を出したとは思えないほど、華やかなオーラが漏れ出た。
「おぉそうか。美味しかったか。それは良かった」
その様子にクロードも嬉しく思い、ウンウンと頷きながら目を黄色く光らせた。ついでに蓋も撫でた。
えへへ……。ハココ、ご主人様のペットになって良かった♪
箱という物には本来ないモノなのだが、このハココにはメスとしての感情がある。……ただ、このクロードに対する好意が……ご主人様に対する忠誠心とは違う事を、ハココは知らなかったし、知る由もなかった。
いかがでしたか?
今回は新キャラと少々ホラーテイスト(これはスプラッタではないかな?)を入れてみましたが、少しの納涼になれれば幸いです。
次回は、一応元・勇者団の一人からの依頼回をする予定ですが、まだネタが固まっていないため、予定を変更する可能性があります。何卒ご了承下さい。
あと、投稿ペースがまた更に遅れるかと思われます(ネタが固まってないせいで)。気長にお待ち下さい。