第五話:デートで何も起きない訳がない
どうも皆さん。緒蘇輝影丸です。
夏(残暑)の峠が終わったからか、今回は思っていたより早く投稿が出来ました。
今回はミリークとのデート回です。楽しんでいただければ、幸いです。
ラキナの一件があった翌日、もといミリークとのデート当日。オレはジェノエリアの集落の一つ、ダルク村にある元・聖剣(ロストの剣に模した)像の前で、ミリークが来るのを待っていた。一緒に住んでいるのだからデッドオーパーの前でも良かったのでは、という男ならではの感情(面倒くさい)が湧くのだが、そんな事を言いようものなら間違いなくミリーク含めた女達に泣かれるか、しばかれる。もしくは凄い冷ややかな目で見られる可能性もあるな。……あれ?ヤバイ。今を思うと、オレ達男って知らない間に女の尻に敷かれているのが多いでは?という一種の真理(?)に気付いてしまった。
「……まぁ、気付いてしまった所でどうしようもないか……」
「何に気付いて諦めたのですか?クロード様」
「おぉう……ッ」
しょうもない考え事をしている内に、ミリークが来たようだ。話しかけられた事にビックリして思わず変な声が出てしまった。格好は相変わらず侍女服だが、平服もとい私用の服を持ち合わせてないと言っていたので、仕方ない。
「お待たせして申し訳ございません」
「あ、いや、そこまで待っていないから、大丈夫」
「そうですか」
……とは言え、デートによくあるような場面も、その服のまま謝られると仕事中に彼女がやらかしたみたいな雰囲気で、色々気まずい。どうにかミリークを宥め、頭を上げさせた。
「それで、何に気付いてしまったのですか?」
いつからいたのか知らないし、さっきの言葉が漏れていたのか、ミリークは気になって追求していたが、わざわざ聞かなくて良い。そう思い、話を一旦切り上げる。
「下らない事だ。気にするな」
「そうですか。……それでは、行きましょうか?」
「あぁ」
それにミリークは、本当に気にしないというより、そろそろデートをしようと考えているのか、移動を促してくれた。オレも同意見だったので、一緒に肩を並べて移動した。……本来であれば、付き添いの侍女というのは傍らにいれど従うべき者の前に歩いてはいけない(背後からの奇襲対策も兼ねて)。だが、今のオレ達は、立場も身長も違う主従関係ではなく、この歩幅と時間くらいは同じでありたい対等の立場。即ち、ただのクロードとミリークとして歩いている。……少なくともオレは、そういうつもりでミリークとデートをする。
そういった心構えで、まずは当初の目的である服屋『スパイダーコーデ:ハンネット』(以降ハンネット)の本店に到着した。ハンネットは、このディザストレで新しい衣服が手に入る数少ない店というのもあるが、ディザストレで良い服屋といったらハンネットと言われる程評価が高い店なのである。それも支店をいくつか抱えている程の大手でもある。そんなハンネットの中で最も大きく、高級な服も取り扱っている本店を選んだのは、単純にクロード自身がファッションに疎いから、此処なら外れはないだろうという、見栄でも何でもない、ありふれた理由である。
カランカラン…。
入り口の扉を開けると同時にベルが鳴ると、ガチャガチャと音を立てながらクロード達の元へ駆け寄ったのは、ハンネットの店員の一人であり、全身鎧に蜘蛛の巣の刺繍が入った紫色のエプロンという変わった着こなしをしている魔跡族、徘徊鎧族のアンムスである。
「い、いらっしゃいませぇ!……って、あっ!クロード様にミリーク様!?いらっしゃいませぇ!!」
顔を覆っている兜のせいで素顔が分からないであろうが、お辞儀の姿勢と高く通った声、慌てている様子を見るからに女性である。何度も頭を下げているのを止めさせ、クロードは用件を伝えた。
「悪いのだが、ミリークに似合う服を何着か見繕ってほしい」
そう伝えるとアンムスは、ミリークを見てからクロードを見て、二人の様子が何かを察して「あっ///」と口を漏らし、その口を右手で覆ったが、鎧のせいで聞こえないし可愛いかも分からない。とにかく、クロードがお願いした通りに、ミリークを通常サイズの女性用の服等がある二階へ案内した。それにクロードもズボンを持って試着室に入った白髪ポニーテールの大鬼族の女性を横目に、一応付き添いで行く。
何故近くに服があるのに二階へわざわざ移動するのかと問われれば、一階にある服は、ほとんど体躯の大きいもしくは質量が多い(マイルドな言い方のつもり)魔族用だからである。
さて、移動中に女二人が何かコソコソと話をしていたが、ここまでは良し。あとは、徘徊鎧族の店員さん(名前は知らない)が選んだ服を買うだけ。同じ女性だからその辺の感性は一緒の筈……と、思ったのだが、オレにとって少し想定外な事が起きた。
「こちらは如何でしょうか?このスカートの所が小さな宝石で星の川ようにキラキラしたドレス!綺麗なミリーク様にとてもお似合いかと!」
「あの、いえ、これは……私には少し派手すぎませんか?」
それは、店員さんが何故か貴族向けのドレスばかり勧めてくるからである。鎧のせいで分かりにくいが、恐らく気合いが空回りしている感じである。何故そう感じたのかと聞かれれば、ドレスを勧める前に、ミリークの腕と脚の長さや肩幅、背丈どころかスリーサイズまで(その時は服の方を見るようにしたが)採寸していたからである。傍から見ていたオレとしては、あのドレスはミリークに似合いそうだと思ったが、最初は自分で選ぼうとしていたミリークは、ただ彼女の強い押し売りにたじろぐばかりである。一応口頭でやんわりと断っているのだが、きっとお似合いです、試着だけでもと言って聞かない。困っているミリークに釣られて、オレもどうしたものかと少し困っていたが……用途を伝えていなかった事に気付き、店員さんに話しかけた。
「すまないが、今日みたいな外出で着るような服が欲しいのだ。舞踏会に行く予定はない」
「あっ!申し訳ございません!すぐにお持ちしますっ!」
そう言うと、店員さんは一度ミリークに謝罪をしてから、慌てて新しい服を取りに一度その場を離れた。ミリークは安心したように一息吐き、改めてハンガーに掛かっている服の物色を行う。オレも何気なく見ているのだが、やっぱり分からない。……アレか?ミリークの侍女服姿に見慣れすぎて、ほかの服を着るイメージが湧かないからか?
「クロード様。白い方と黒い方、どちらが私に似合いますか?」
悩んでいた所で、オレにとっては望ましくない状況が出来てしまった。ミリークが二着のワンピースを持ってオレに意見を求めてきた。二択に絞られているとはいえ、自分が着るからともかくという感覚と性能、多少の好みで……といえば少しは聞こえが良いかもしれないが、つまりは適当に選んでいた身だから、他人の服をどうこう選べるほど、オレの美的感覚はそんなに高くない。むしろ元・勇者団の中でもオレは悪い方に当たる。
人間時代の一時期の話だが、オレとフェイアとエルダの三人が、やれ予算が足りないからとかやれ別に破けてないからとか、何かしらの理由を付けて新しい服を選ぶのを面倒くさがるあまりに買わなかった事が何度も続いた。その様子に痺れを切らしたロストから『適トゥリオ(適当+トリオ)』と言われ、それぞれの服を担当が選んで何度も着せ替えるなんていう一種の辱めを受けた。ちなみにその振り分けは、フェイアがシエル(同じ苦労)、エルダがクルス(仲良し)、オレがワウルとロスト(男同士)である。
「クロード様?聞こえてますか?」
そういった事があったが故に、人間時代の頃よりかは服に興味を向けるようになったが、それで美的感覚が高くなったかと問われれば話は別。それ以降は季節に合わせて大体似たような物しか買わなくなったからだ。
「……では、こちらの可愛い方と妖艶な方、どちらがよろしいでしょうか?」
しかも、今回は自分ではなくミリークに似合う服を考えると尚更自信がない。何せミリークは贔屓目を抜きにしても美人だ。余程変な服でもない限りなんでも似合う可能性が高い。白のワンピースなら清楚な感じ、黒のワンピースなら妖艶な感じになる。色が違うだけでも印象が変わる。これだけでも迷うのに、更にはスカートかズボンかといった選択肢の数だけ、枝分かれした大樹のように組み合わせがほぼ無尽蔵にある訳だ。
「クロード様?」
こんな感じで悩むから店員さんの意見を参考にしようと思っていたのに、とんだ滑り出しだ。出鼻を挫いたとも言える。……さて、どうしたものか……。
「クロード様ッ!!」
「はい?」
ミリークに呼ばれたので、条件反射で返事をして彼女の方を見たのだが、何やら不機嫌というか怒っているようだ。
「はい、ではありません。ちゃんと聞いてましたか?」
「白か黒の話?」
「それもありますが、こちらの二着でしたら、どちらが似合うのかを聞いています」
「(こちらの二着?持ってるのはワンピースじゃ……)……あれ?持ってる服が変わっている?」
「んもぅっ!!」
「う…おぅ?」
牛の真似?なんて言葉を口に出さずに踏みとどまったオレを誰か褒めて欲しい。ミリークが珍しく感情的な怒り方に戸惑っているというのもあるが、頬を膨らませているのが子供みたいでちょっと可愛いとも思ってしまった。なんて思っている暇があるなら早く回答しないと本気でミリークの機嫌を損ねてしまう。なのでさっき聞かれた質問も含めて直感で答える事にした。
「……えっと……白か黒だったら白、その二つなら……今後を考えれば妖艶。……だが、侍女服とチョーカーの紫で見慣れているから、赤色……はフェイアに…ッ!あ、いや、だから、青色系が良いじゃない、かと……思った次第、です……」
「……分かりました」
そのせいで一部余計な事を言って、よりミリークの頬は膨らんでしまったが、自分なりの意見を言ったおかげか元の顔に戻り、何かを探し始めた。上手くいったのかどうかは分からないが、少なくとも最悪は免れたようだ。純粋に似合いそうだと思って言ってはいるのだが……この間の休暇で着ていた水着も青色で似合ってたから、という多少の下心、変態的な理由もあるなんて言える訳がない。
「クロード様!ミリーク様!お取り込み中、申し訳ございませんっ!!」
そう思っていた所で、店員さんが店内にも拘わらずガチャガチャと大きな音を立てながらオレ達の所へ駆け寄ってきた。表情は分からないが、何やら慌てている模様。とりあえず彼女を宥めつつ、どうしたのかを聞いた。
「一階にいるお客様が、試着しているズボンが脱げなくなってしまったと少し混乱を起こしております!」
「そんなの、お前かシュピナさんが対応すれば良いだろう。専門なんだから」
シュピナさんというのは、フェイア率いる堅殻部隊の六番隊隊長の蜘蛛人族の男の名前であり、このハンネットの店主である。衣服に関する問題であれば、オレ達より頼りになる存在がいるだろと呆れるように返答をしたのだが、店員さんは首を横に振り、申し訳なさそうにこう言った。
「私の体では商品とお客様の体を傷付いてしまいますし、今店長は、奥様と一緒に支店舗の視察をしている最中であり、店内には私ともう一人しかいません」
「そのもう一人は?ほかの店員は今何してる?」
もう一人いるならソイツに応援を頼めよ。何故それをしない?と少し苛立ちを感じつつ、そのもう一人について問いただした。
「……も、申し訳ございません。もう一人の彼女は……その、専門外でして……ほかの店員は違う支店の方へ……」
「は?」
口ごもって何か言っているが、要は応援を呼べませんってか?ふざけるな。そろ思いを体現、底冷えするような声が漏れた途端、店員さんは「ひぃっ!」と怯えた声を漏らして体を強張らせた。その様子を見かねたミリークが、店員さんを庇うためか、オレの耳元である事を囁いた。
「クロード様。この方も混乱しております。恐らく彼女はまだ研修生で、こう言った事態の対処法が分からないのでしょう。……それに、ハンネット本店には…(ごにょごにょ)…がございます」
最後の部分を聞いてオレの思考回路は止まってしまった。……それとこれとでは事情は違うのか……。ならば、仕方ない。オレは店員さんに一度謝罪をし、後で人員配置等の文句はシュピナさんご夫婦に言う事した。ひとまず気を落ち着かせたオレをミリークが押し、店員さんはオレの腕を引っ張る形で、困っている客の元へ向かった。
アンムスに連れられながらクロードは、ふと気付いた事があった。
(……あれ?困っている客を一人にさせるのはマズイのでは?)
一階の試着室にてズボンが脱げなくなって困っている客といったら、クロード達が二階に向かう時に見かけたあの大鬼族の女性であろう。そのヒト以外の客は、状況が変わっていなければクロードとミリークの二人だけ。服専門の店員さんは一人。その一人の店員は今クロード達と一緒。つまり、現場もとい試着室に残っているのは困っている客当人のみ。その客にとって頼みの綱とも言える店員さんが現場を離れていったら、結果は必然。
「グスッ……あ、あのぉ~……店員さん?誰かぁ~……」
試着室から鼻声もとい、泣きながら助けを求める声が細く響くものだ。試しに着た商品を一旦脱ぎたい、でも脱げなくなった。履き直しても振り出し、無理に脱いでしまえば破ける恐れがある。そんな板挟みを食らえば平常でいられる訳もなく、こんな事態になるものである。
「……店員さん。まさか何も言わないで現場を離れたのか?」
「いえ、少々お待ち下さいと一言伝えたのですが……」
(いや、それだけ言って立ち去られても「え、ちょ…っ!?」って感じで、余計困らせるだけだろ……後でシュピナさんに抗議しておこう)
可哀想という言葉が似合ってしまう状況に、クロードとアンムスはどうすれば良いかと立ち往生してしまったが、ミリークが試着室に近付いて、カーテン越しの大鬼族の女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?そちらに入っても宜しいでしょうか?」
「……ッ!はいっ!どうぞ!」
助けが来た事により、先程とは明らかに違って安堵と喜びが声だけで十分伝わった。許可を貰えたミリークは、「失礼します」と一言挨拶をしてから、試着室のカーテンをゆっくり開けた。それと同時に、クロードはそっぽどころか後ろを向いて試着室の様子を見ないようにした。ついでに耳も塞いだ。
「まずは力まず、そのまま動かないで下さい。……お名前をお伺いしても宜しいですか?」
「あ、はい。ニオって言います」
「ニオ様。この状態から無理に下ろさなかったのは、賢明な判断です。あとは、力を抜くように息を吐きつつ、ゆっくり下ろせば」
「ひゃっ!?あの、パンツまで脱げちゃったけどっ///!?」
「ズボンのウエストのサイズが少し小さかったから、お尻に引っかかって脱げなくなったようですね。このズボンが気に入っておりましたら、サイズ調整か一つ上のサイズをお願いしましょうか?」
「冷静に分析しなくて良いし、そこは自分でやります///!」
「そうですか。それでは、私はこれにて失礼します」
「あ、いえ、ありがとうございます」
なんとか事なきを得たようで、ミリークは試着室から出た。
「ミリーク様!お手数をおかけして申し訳ございません!ありがとうございます!」
クロードは状況が変わったのか分かっておらず、耳を塞ぎながら後ろを向いたままであったが、アンムスがミリークの元へ歩み寄り、何度も頭を下げて感謝していた。
「……クロード様。終わりました」
アンムスの頭を上げさせた後、ミリークはクロードのローブを引っ張って終わった事を伝えた。引っ張られてる感覚に気付いたクロードは、塞いだ耳から手を放し、ミリークの方へ振り向いた。
「あぁ、終わったのか?ミリーク。……ありがとうな。お前がいてくれて助かった」
「ッ!いえいえ、侍女として当然の事をしたまでです///」
不意に来たクロードからの感謝の言葉に、ミリークは顔を赤くしつつも、お辞儀をしながら返事をした。クロードには見えていなかったが、その時の彼女の顔、というより口角は、かなり上がっていた。
「……あの、それではクロード様。デートのつづk――――」
「――――クロード様!!」
頬はまだ少し赤いが、そこは侍女。人前で顔を見せる時には、いつもの凛とした表情に(仕事じゃないから)極力戻し、デートの仕切り直し……と行きたかったが、突然店の入り口から大きな蜘蛛が、否、蜘蛛人族の男のヒトが入ってきた。急な登場にミリークとアンムスは驚いていたが、クロードは、彼がいずれ来る事を知っていたかのように対応した。
「おぉシュピナさん。早かったですね。視察は終わったのですか?」
「女房達ニ任セテオリマス。今ソレヨリ、クロード様!大変申シ訳ゴザイマセン!」
蜘蛛人族の男、もといハンネットの店主シュピナは、来て早々クロードに土下座する勢いで謝罪の言葉を述べた。その様子を見たミリークとアンムスの二人は、急にシュピナが此処まで駆けつけてクロードに謝罪したのは何故か、何時どうやったのか分からなかった。……と言っても、そんなに難しい事ではない。ミリークが試着室でのやり取りをしている間に、クロードは耳を塞ぎながらもシュピナに抗議(正確には報告)の【言伝】を送った。それだけである。
「あぁ良いよ。構わない。今日はたまたま私用で此処に来ていただけですし、此処の依頼を保留にし過ぎた此方の不手際もあります」
「トンデモゴザイマセン!ゴ多忙ノ中、当店ニ来テイタダキ、誠ニアリガトウゴザイマス!」
とりあえず宥めようとしたクロードだったが、何処か怯えているようにも見えるシュピナの謝罪に、クロードは戸惑いを隠せなかった。どうしようかと少し悩んでしまったが、ふとした瞬間、店主であるシュピナが来たのなら丁度良いと感じ、クロードは思いついた事を早速実行した。
「……それでは、シュピナ殿。取引しましょう」
「ト、取引デスカ?クロード様ノオ望ミトアラバ、コノシュピナ、無償デモ叶エテ差シ上ゲマス」
「それでは取引にならないでしょう。それに、今回は堅殻部隊の一隊長としてではなく、ハンネットの店主としての取引です」
そう言いながらクロードは、異次元ポケットから二枚の皮を取り出した。それらを見せた途端、シュピナは複数の目を(元々丸いが)丸くした。
「ソ、ソレハ……モシヤ……」
彼が小刻みに震えながら指を差す、朱色と碧色の皮。この二枚の皮が何なのか、知っている者は知っている。
「はい。[溶岩竜]マグナロスと[魔海蛇竜]アクラヴァル。超危険種の皮二つです。これらをどうぞ服なり何なり使ってください。……その代わりミリークの、彼女が要望する服等を見繕って下さい。余った分はどうぞそのまま当店でお使い下さい」
「ソ、ソンナッ!コレハ貰イ過ギデス!」
あまりに高価な物に慄いたシュピナは恐れ多いと押し返そうとするが、クロードは「拒むのか?」と言わんばかりの目つき(本人は普段通りのつもり)で差し出した皮を、寸分たりとも動かさず、むしろ押し返そうとするシュピナに受け取って貰えるように無言で押し通す。
「……ワ、分カリマシタ。ゴ来店シタ際、同様ノオ望ミヲ数回叶エル形デ受ケ取リマス」
押し切られたシュピナは、折衷案を出して納得するような形で皮を仰々しく受け取った。取引成立と一安心したクロードだったが、何か周りの空気が少し冷たい。その違和感に気付いたクロードは、一度周りを見渡す。クロードの威圧か超危険種の皮を見て小刻みに震えるアンムス、失礼だと自覚していながらも服を物色する形で見て見ぬ振りをするニオ、そしてデートより仕事を活き活きとこなすクロードを呆れるような目で見つめるミリーク。三者三様の反応に困っていた所で、突然クロードの頭に声が響いた。
〈クロード!大変だ!僕だ!ロストだ!ちょっと緊急事態が起きたんだ!場所はいつもの、じゃない!ジェノサイド城の医務室!急いで来てくれ!〉
声の主はジェノサイド城の城主、ロストであった。切羽詰まっているのか、何やら興奮している様子でクロードを呼び出しているようだ。普段大人しいロストにしては珍しく慌ててるというか、言葉の配列が滅茶苦茶といったらしからぬ雰囲気に、ただならぬ事態が起きたと感じ取り、すぐに行くという返事を送った。
「すまんミリーク。ロストから緊急の呼び出しが来てしまった。代金は支払ったから、この店の服は好きに買って良いぞ。埋め合わせは、また今度する。【転移】」
その後クロードは、ミリークの返事を待たずに伝えたい事だけ伝えて、すぐさま転移魔法でロストのいるジェノサイド城へ向かった。当のミリークは、突然のデートの中止に加えて、クロードから漏れ出た雰囲気からして、何かしらの事件が起きたのであろうという経験則により、突然流れ込んできた事態に、脳の情報処理が一歩遅れてしまい、強く引き留める事が出来なかった。
「あっ……」
クロードが転移魔法で店を後にする際、ミリークは思わず声を零し、手を伸ばしてクロードのローブを掴もうとしたのだが、足が脳と同様一歩遅れた事で間に合わず、ミリークの零した声と伸ばした手に、クロードは気付かないまま消えてしまった。影に潜る事は出来ても転移魔法は使えないミリークが、掴めなかった手を伸ばしたまま固まる様子は、なんとも物悲しかった。この心を痛める雰囲気を醸し出すミリークに、一声をかけるのに少し猶予があった事を一応記しておく。
如何でしたか?
ある意味不運なメインヒロインらしいものかと思いますが、違いますかね?
何はともあれ次回は、その後のミリーク視点での幕間です。
ただ、何分女性目線は難しいので、投稿は遅くなると思いますが、気長にお待ち下さい。