第四話:この商売人は油断できない(侍女にとって)
どうも皆さん。緒蘇輝影丸です。
世間一般では夏休みの期間中は多忙で全然書く暇がありませんでした。
しかし、ようやく峠を越えたところで投稿します。
今回は日常回のようなものですが、楽しんでいただければ幸いです。
ガチャッ。
「こんにちはでありますっ!クロード様っ」
今椅子にもたれ掛かってうたた寝している店主と、買い物に出掛けている従業員以外は滅多に開かないデッドオーパーの扉を、元気な声と共に開けて入ってきたのは、長袖長ズボンと露出度が低く、大きな背嚢を背負った、茶髪セミロングの女性である。更に特徴を挙げるなら、両目は前髪で隠れており、大きくてモフモフな尻尾を持っている事である。
「……おぉ、ラキナか。いらっしゃい」
そんな彼女の声に、目を覚ましたクロードは、座り直しながらも訪れた彼女、ラキナの応対をする。
最近は客よりも泥棒が多いのでは?と感じる魔導具店もとい魔界雑貨店デッドオーパーにも、常連がいる。それが彼女、ラキナ・エールコンである。栗鼠人族の現・商売人で、頻度は最低でも月に一度は必ず来てくれる、デッドオーパーの店主であるクロードにとってはお得意様であり、取引関係でもある。
「前に貰ったアイシー鉱石とユキアラシの素材、なかなかに良い物だったぞ。……それで、今日は何を持ってきたんだ?」
前に貰ったのは、クロードが足を運ぶ回数が少ないフロスティアで手に入る物で、アイシー鉱石は氷属性の武具等で使われる鉱石であり、ユキアラシとは、白い体毛で針部分が堅い氷で出来ているヤマアラシ型のモンスターであり、暗めの洞窟を好んで暮らしている。天井から垂れ下がる氷柱に擬態し、獲物が通り過ぎる所を真上から針を落とす習性を持っている。針は武器、毛皮は防寒性のある服の素材になる。
「こちらこそ、水中でも息が出来るペンダントをありがとうでありますっ!おかげさまで今回はプルー村のギョローさんからお酒を貰ったのでありますっ!クロード様にもお裾分けするでありますっ!」
そのお礼の品としてクロードは、水中でも息が出来る支援魔法【潜海水】の詠唱を込めた水属性の魔宝石をあしらったペンダントをラキナに渡していた。前々からプルー村に行きたいが、たどり着けない(そもそも深くまで潜れない)と困っていたため、宝石商の協力の下で作られた物である。
「役に立ったようで何より。ほぉ……上物だな」
とりあえずクロードは、ラキナ経由で貰った『蒼』という銘の酒瓶を手に取り、一通り眺めた。その目の色は黄色、喜びに染まっていた。
「ちなみに今度クロード様がプルー村に訪れた際、キバアナゴの討伐のお手伝いを要求されたでありますっ!」
「……それは急ぎか?」
しかし、ラキナからの伝言に、喜びから一瞬で素面に戻り、状況を簡潔に聞いた。
キバアナゴとは、穴や隙間から現る程に細長い体と鋭い牙を持つアナゴ型のモンスターであり、プルー村の住人、海魔族もとい水棲系の魔族にとってはヒレを食われる天敵の一つである。いくら知性と戦闘力が高くても、数の暴力等に抗うのは容易ではない。必要とあらば、すぐにでも向かわなければならない。
「いえ!今はまだ大丈夫でありますっ!」
しかし、ラキナは大丈夫であると言い放った。つまり、まだ住人達で対処が出来る事、緊急性がない、もとい繁殖期はまだ先である事を確認したクロードは安堵したかのように「そうか」とだけ言って、酒瓶を異次元ポケットにしまい込んだ。
地上から海底にあるプルー村に行く術は、何も海に入って下に潜るという訳ではない。潜るという点は変わらないが、わざわざバミューダに行く必要はないという意味。理由は、ディザストレに複数点在する湖とジェノサイド城を護る術の一つである堀が関係している。噛み砕いて言うならば、そこが出入口であり、深く潜って最終的に行き着く先がプルー村である。と言う事は、湖や堀は海水であるかと問われれば、繋がってはいるが答えは否である。ディザストレの外部とプルー村がある海底は間違いなく海であるが、ディザストレの内部、地上からジェノサイド城の地下施設からやや離れた深さまでは、埋もれた水属性を始めとした複数の魔塊結晶が島に入った海水を浄化(ろ過)させ、淡水に変えている。そのため、湖から海の魚が釣れるという事例がある。
「……それで、ギョローさんへのお礼は何が良いのか聞いた?」
酒瓶をしまった後、クロードはラキナにプルー村の村長であるギョローの返礼を何にしようか聞いてみた所、ラキナは変わらぬ口調でこう返事をした。
「キバアナゴの討伐を請け負ってくれるならそれで良いと言ってたでありますっ!」
基本ディザストレは物々交換が主流であるが、必ずしも物を与える訳ではなく、報酬分の働き、何かしらのお手伝い、もとい行動で返す事もある。クロードの場合、送られた依頼を果たしてくれれば、周辺の者達、少なくとも依頼主にとっては、十分助かる事である。ただ、形のないモノであるため、報酬等が釣り合っているかどうかが分かりにくいのが難点である。
「……そうか」
ラキナからの返答を聞いたクロードは、少し納得がいってない反応をしつつ、繁殖期が近付いたら連絡をするようにとギョローに【言伝】を送り、一息吐いた。
「あの、話は変わるでありますが、クロード様。その椅子の座り心地は大丈夫でありますか?」
その時、ラキナは前から気になっていたのか、クロードにそんな質問を投げかけてきた。クロードは、少し目を見開くかのように目を一回り大きく光らせた。ここ最近で自分が少し気になっていた事を見透かされたような気がしたからだ。誤魔化す気はなかったので、クロードは正直に答えた。
「……今はローブでなんとか軽減させているが、やはりこの鎧の堅さに椅子が耐えきれなくなっているのか、時々椅子からイヤな音が聞こえてきたな。この間替えたばかりなのに」
「ふっふっふっ…であります」
するとラキナは、その言葉を待っていたと言わんばかりの不適な笑みを浮かべたかと思いきや、自分の異次元ポケットから、クロードが今座っているのと同じくらいの椅子を取り出してきた。パッと見た限りでは、大して変わっていないように見えるが、心なしか座面が分厚い。
「……それは?」
「座ってみたら分かるであります」
説明を求めたクロードだったが、ラキナにまぁまぁと勧められるがままに、クロードはラキナが持ってきた椅子に座った。その瞬間、座面が少し“沈んだ”。
「ッ!?」
思ったより深く沈んだ事に驚いたクロードは、一度立ち上がって椅子を確認する。しかし、座面には一切傷がない。その代わり、クロードの重みによって凹んでいた面が、少しずつ最初のふっくらとした状態に“戻った”。
「これは……?」
「半液物質の素材とスポンジウミクサを使った低反発の座布団付き椅子であります!」
「……テーハンパツ?」
あまり聞き慣れない単語に、クロードは首を傾げる。ラキナは、予想通りの反応であると分かっていたからか、説明をする。
「輸入された物でありますが、最近の人間、ヒーロー達の中の一人から教わったとされる、座りっぱなしでも腰が痛くなりにくくする代物であります」
「……ヒーロー……だと?」
その単語を聞いた途端、クロードの目の色と雰囲気が一変、張り詰めた空気になった。
ヒーロー。ロスト時代以前では、ディザストレに限らず、モルディガンマの住人達も、あまりに尊すぎて逆に気安く使わなかった呼称、英雄の事であった。……そう。五十年程前まではそうであった。しかし、現在ではそれを騙る転生者の呼称に変わった。理由は単純、そう名乗る転生者が多くなっているからだ。最近やけに変わった物品が輸入されるかと思いきや、まさかソイツらの仕業だったとは……存在を全否定するつもりはないし、なんでも自分の価値観で決めつけるつもりもない。現に魔族達は変わっているが面白い輸入品に喜んでいるし、そういった部分は感謝しているが、だからと言ってヒーローを軽々しく口にするのを認めた訳ではない。
オレ達、少なくともオレにとってヒーローとは、いわば勇者のような存在だ。世のため人のために魔物と戦っている。その延長線上に、魔王を倒し平和な日々を過ごすという目的があった。それは勇者といった立場とは関係ないから、別に構わない。パラドゼア時代の勇者として選ばれたロストを筆頭に、オレ達も最初から勇者団としてではなく冒険者パーティーとして活動していたから。……しかし、それを果たしたいのは、有名になって皆にもてはやされたい訳でも、大きな富という見返りが欲しい訳でも、地位とか名誉が欲しい訳でもない。ただ苦しんでいる人々の現状をどうにか変えたかっただけ。
……まぁ、結局オレ達が魔王軍という名の脅威に変わってしまった訳だが、今となってはそこまで後悔していない。別に今のヒーローのような存在になりたい訳ではなかったから。
余談ではあるが、モルディガンマで冒険者登録兼パーティー申請をする際、当時のクロード、ライド(当時のロスト)、シエルの三人でパーティー名を考えるのに数時間かかった事がある。本来であれば何かしらの趣旨に沿って名付けるものであるが、クロード達元・勇者団にはそういったものがない。ただ無記名という訳にはいかなかったため、相談に難航を示したが、ライドが「いつか本当の平和になった時、歴史に残りはすれど、争いがあったとは思えない世界になれば良い」という考えに着想して旅人達という手抜き具合に落ち着き、最終的に当時の魔王パラドゼア討伐という偉業を成し遂げた。
「クロード様。……もしかして、お気に召さなかったでありますか?」
話を戻し、何かクロードの気に障るような事をしてしまったのかと、クロードに恐る恐るといった具合でラキナは声をかけた。まさに小動物のような震え声にクロードの思考は、ヒーローへの嫌悪感からラキナの対応に切り替えられた。
「あぁ、スマン。椅子は問題ない。少し製造元、発案者について考え込んでしまっただけだ。……もしかしてオレの目、赤くなってた?」
目を覚ましたクロードがそう聞くと、ラキナは何度も首を縦に振った。その様子を見て相当怖い思いをさせてしまったと、心の中で反省をし、一度息を整えてから、ラキナに謝罪をする。
「本当にすまない。こんなに良い椅子をくれたお前に八つ当たりしてしまって……」
「いえいえ!ワタシも配慮に欠けた発言をしてしまい、申し訳ないでありますっ!」
それにラキナは、こちらに非があると何度も頭を下げながら謝り返す。それに合わせてクロードも頭を下げるというイタチごっこを少しした後は、とりあえずクロードがなんとか彼女を宥めて、話題を変えることにした。
「……今度は何処へ商談するつもりだ?」
そう言いながら、前まで使っていた椅子を自分の異次元ポケットにしまい、ラキナから貰った椅子を【念動力】で前の椅子が置いてあった位置まで移動させ、再び腰掛けた。沈むような感覚に慣れるのはもう少しかかりそうだと思いつつ、ラキナの返事を待つ。
「はいっ!今度はグランノーム方面でありますっ!」
クロードの機嫌が直った事を再確認したラキナは、調子を取り戻し、元気な声で次の予定を言った。それを聞いたクロードは、ある事を思い出し、【念動力】である物をラキナに渡した。受け取る際にチャリンッと鳴る音を耳にすると同時に見たのは、手に収まるくらいの大きさの鈴であった。見た事があり、欲しかった物だからか、ラキナは喜んでいた。
「これは、『動物警告鈴』でありますね!?ありがとうでありますっ!!」
「あぁ。前にそれが壊れたって言ってただろ?その時は、子供達が遊んだ拍子にドアベルが壊れたから、新しいのに代わるまでの応急依頼で在庫がなくなったから渡せなかったが、なんとか作ってきた」
クロードの軽い裏事情のついでに説明すると、動物警告鈴とは、いわば動物(召喚獣を除く魔物)除けの効果が付与された鈴の事である。これを鳴らしながら移動すれば、道中で危険な魔物もとい敵意のあるモンスターに出くわすなんていう事態を未然に防ぐ事が出来るのだ。ヒトにとっては綺麗な音色だが、魔物にとっては、ガラスを鋭い爪で引っ掻くような不快な音に聞こえる事に加え、野営などで鳴らせない時も、一定範囲内に魔物が入ってきたら安眠を妨げないよう超音波という形で自動的に鳴る仕様である。故に、比較的に戦闘を好まない者達にとっては、嬉しい物である。
「ありがとうでありますっ!それでは、ちょっとしたお礼をあげるでありますっ!」
「いや、何をするつもりかは知らないが、貰いすぎるから別n――――」
欲しかった魔導具をくれたお礼と言って、ラキナはクロードに近付いて来た。クロードは何をするつもりなのかが分かっていない為、なんとなく遠慮したのだが……言い切る前にラキナが鼻でクロードの頬にキスをした。
――――ガチャッ。
その音が聞こえた瞬間、クロードとラキナは思わず硬直してしまった。クロードの方は別にやましい事をした訳ではないが、ラキナの体が強張ってしまった事でクロードも思わず一緒に固まってしまった。そのせいで今の二人の状況は、ミリークから見たら決定的瞬間の浮気現場である。このデッドオーパーもとい店内が数秒だけ時間が止まったかのような状況になった。そんな静寂に包まれた中、ラキナの鼻は静かにクロードの頬から離れ、ミリークの方へ振り向いた。
「……ただいま戻りました。クロード様。ラキナ様もいらっしゃいませ」
ミリークの表情は、相も変わらず凛とした表情で業務的な挨拶をしてくれた。しかし、心なしか挨拶がまるで機械のような抑揚のない平坦な口調だった為、それが一層恐怖を駆り立てる。よくよく見たら彼女の瞳に光が見えない。
「そ、それではクロード様、ワタシはこれにて失礼するでありますっ!」
そんなミリークを見たラキナは、想定外と言わんばかりに、すぐさま戦略的撤退もとい、この張り詰めた状況を作った元凶でありながら、肉食動物の気配を感じた本物のリスのように逃げ出した。
バタンッ!
「「…………」」
ラキナの逃走によって閉まった扉の音以降、オレとミリークの耳に聞こえるのは、冷ややかな空気という名の静寂。……というより、こんな状況になったのはラキナのせいなのに、弁解も何もせず逃げやがった。……すごく気まずい。ただ悲しきかな、オレには転移魔法という手段があるが、逃げる先がない。しかも、今更になってラキナに限らず獣人族と獣魔人族といった獣系の魔族にとって、鼻でキスする事はヒトにとっては唇でやるのと同義(特に男はマズルが目立ち、唇での接吻が難しい為)である事を思い出した。つまり、ここで逃げたら間違いなくミリークの誤解が強くなるだけ。とは言え、今のミリークを前に下手な言い訳も責任転嫁も出来ない。……ならば、オレの取るべき行動は……ッ!
「ずっと保留にしていたデート、明日行いますので、何卒お許し下さい」
土下座をしながら許しを乞うしかなかった。傍から見れば情けない限りだが、怒る女の前ではオレ達男は殆ど無力。今後の関係が壊れかねない事態を収拾する為なら、立場とか関係なく頭を下げる。ロストや姫様だって、必要とあらば頭を下げる事を辞さない性格だから、オレもそれに倣う。その方が、反感を買われる可能性が低くなるし。少しの打算はあれど、ミリークに申し訳ないと思っているのは本当だ。それだけはどうか伝わって欲しい。とりあえず、ミリークが何かを言うまでオレは土下座を解かないようにした。
「……はぁ……頭を上げて下さい。クロード様」
ソレを見たミリークは、一つ溜め息を吐いてからしゃがみ、オレの(肉はないけど)両頬に手を添えて、顔を上げさせた。その表情はいつもの表情であった。
「ラキナ様の事でしたら怒っておりません。あの方はそういう方であることは存じていますので。……まったく、本当に油断出来ない方ですね……」
顔の距離は近いのに、何故か最後の小声の部分は聞き取れなかったのだが、怒っていないと聞き、一安心した。……かと思いきや、ミリークが「ですが」と続けて何かを言う。
「傷ついていないと言ったら嘘になります。デートには付き合いますが、それだけで許されると思ったら大間違いですからね?」
真っ直ぐな眼差しに(どっちの意味かは分からない)ドキリとしつつ、オレはミリークの目を逸らさずに返事した。
「……分かった」
それを聞いて本当に安心したのか、ミリークは立ち上がり、裏手に向かったかと思いきや、調理場で何か料理をし始めた。時計を見ると、自分の夕飯兼オレの夜食を作る時間であった。
「……~♪」
露骨に上機嫌になったミリークの鼻歌を聞きながら、オレは彼女とのデートを失敗しないようにある程度の予定を練る事にした。
如何でしたか?
面白みに欠ける話かもしれませんが、お忘れの方に申し上げますが、これは魔界での(多少トラブルありの)日常物語です。こういう場面もあるものです。
次回は、ミリークとの仲がいよいよ進展?デート回です。
多分普段より早めの投稿になるかもしれないし、そうじゃないかもしれません。まぁ気長にお待ち下さい。




