表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/30

前編:形は違えど、騒動は終わらない

どうも皆さん。緒蘇輝影丸です。

今回から第二章……の前に、間章を前編・後編に分けて投稿します。

本当はまだ暑かった時期に投稿する予定だったテコ入れ回とも言えますが、後編と共に楽しんでいただければ幸いです。

 多種多様の魔族達が暮らす島ディザストレの空は普段、黒く厚い雲に覆われており日中でも薄暗いのだが、どうやらこの間の大嵐によってその雲が攫われたようで、ディザストレの空にしては珍しく空の色と日の目が見えている。

 このディザストレと人間(ヒューマン)が暮らしている大陸モルディガンマとの間を挟んでいる二つの海域、魔海バミューダと普通の海との間には、境界という何者にも見えず、生物であれ無機物であれ、なんでもすり抜ける壁(どちらかと言うと暖簾?)のようなモノが存在している。なので、いずれの海からでもゴミや魔物が出現している。決定的な違いを挙げるとしたら、大気中の魔素(マナ)の濃度がバミューダ側、つまりディザストレ側の方が濃い事である。それにより、空の色もまた違う。人間にとって日中の空は青色であるのだが、魔族にとって空は薄紫色が普通なのである。それだけではなく、魔物の力と獰猛さ、それに伴い生存率の低さは断然バミューダの方に軍配が上がるのだ。そういった関係上で、現在船を用いた両国間の交易は、ほとんど魔族側の熟練(ベテラン)がモルディガンマに赴き、物を受け渡し、ディザストレ唯一の港『ダリア港』まで運んでいるのだ。

 何故こういった形になっているのかというと、条約を結んだ当初は、互いが互いを信じていなかった為、それぞれの船での交易をしていたのだが、人間側がバミューダに入ったきり帰ってこない事が多数発生した事により、魔族側は怒り、同時に人間側も焦り、その様子を見かねたクロードが、現在の方法を提案した事で、どうにか事態は収まったのである。その際、人間側は失敗続きをした罰として、魔族側に与える何年か分の物量を三割増しにされてしまった。一時期の困窮状態に耐えかねて、一度減刑を求めたが、その時に応対した死告精(バンシー)族の吟遊詩人(ポエマー)クルスが「魔族側が譲歩する理由がない」と却下した事に加えて、「これ以上図々しい要求をしたら、クロード達に人間を滅ぼすようにお願いしてくる」と脅しをかけたらしい。それ以降人間側は、大人しく貨物を用意してくれている。却下するのはともかく、脅迫の部分は流石のクロードも「脅迫内容が極端過ぎる」とクルスに叱った。ちなみに今現在その罰は、スフィア時代を立ち上げる前に終わっている。

 その貿易のために出航した船は、本来大嵐が来た場合、波が大きく荒れる前に貨物と身の安全を守るために一度引き返し、荷物共々避難しなければならないのだが、クルスの予言を聞いた時には、既に船は港から出てしまっており、これからモルディガンマの海域に入ろうとしていた所だったのである。交信魔法を使ってその船の船長(キャプテン)からそれを聞いたクロードは、無い筈の肝が冷えた。しかし、その船のある乗組員の一人から「その大嵐、モルディガンマには当たらない」という旨を聞いて、クロードは「大嵐がディザストレを通り過ぎるまで待機」と指示を送りながらも、今後の貿易に支障は無い事に安堵した。


 話がかなり脱線してしまったが、そういった懸念がなくなり、一安心したディザストレ最強と謳われた不死(アンデッド)族の魔術師(ウィザード)であり、魔導具店デッドオーパーの店主ことクロード・オルデアンは、今日も依頼解決に勤しんでいた。今何をしているのかと言えば、四日程前に起こった大嵐によって生まれた大量の漂流物という名のゴミ処理。つまり大嵐の依頼の後処理である。しかし、ゴミ処理といっても、ただのゴミ処理ではない。何故かこのディザストレに流れ着いていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(人間の尻拭い)も含まれている。こう言ってはなんだが、海にゴミを捨てるという考えは、魔族にとっては考えられない事の一つなのである。理由としては、魚人(マーマン)族や人魚(マーメイド)族といった海を好む魔族がいるからというのもあるが、巨大蛸(スキュラ)大口鮫(メガロドン)といった、危険種を含むバミューダに棲む魚介類型の魔物、総称『魔海棲魚バミューダ・フィッシュ』が、住処を荒らされたと怒って暴れ出されたら大変になるからである。しかし、そんな魔海棲魚すらも知ってか知らずか、大嵐が起きた後の海は、通常より穏やかであった。これは幸いと、クロードは、魔導具の材料になり得そうな物は回収して自分の異次元ポケットにしまい、流木や使えそうにないガラクタといったゴミは、闇属性の魔法【虚無の穴(ブラックホール)】でいとも容易く一掃。永遠の闇に呑み込んでそのまま無へ還した。


 そういったそういった感じでオレことクロードは、大嵐の後処理をようやく終わらせたので、さて帰ろうかと思いきや、お手伝い(と言ってもゴミの所在を教えるくらい)として同伴していた首無し(デュラハン)族の侍女(メイド)ミリークが、ある提案をしてきた。

「クロード様。翌日この浜辺でお嬢様と元・勇者団の皆様方と一緒に羽を伸ばしては如何でしょうか?」

「……えっ?なんで?」

「……クロード様はお気付きになられていないかと存じますが、クロード様含め、皆様はここ最近働きづめでお疲れのように見えます。このまま根を詰めすぎて働いてしまえば、今後の生活等に支障を来たしてしまいます。幸いな事に、本日のような晴天は、あと二日三日程続きます。なれば此処で一つ、業務を気にせず、皆様方で海水浴といった海を満喫すれば、身体的は方は難しいですが、少なくとも精神的な疲労を解消されるのではと具申致します」

 ……簡潔にまとめると「明日も天気良いし、大仕事も終わったから皆と海で遊ぼう」という事か……正直オレは、あんまり気乗りがしない。ぱっと見穏やかそうでも危険な海(バミューダ)である事に変わりはないし、まだ作り終わってない魔導具だってあるし、何より……この不死族の……骨しかない体でどうやって海を満喫しろと?そう思ったが、元・勇者団の面子はともかく、姫様もとい現・魔王様である姫様も来るとなると話が変わる。何せ姫様は、立場上外に出たくても出られないし、出られたとしても護衛をつけなければいけない。遊びたい年頃の姫様にとっては数少ない休暇の好機(チャンス)。せっかくの休暇を満喫するためにも、せめて一人だけでも良いから誰を護衛(両親は除く)につけてほしいかと姫様に問うてみたら、自意識過剰でなければ、間違いなくオレに護衛をつけてほしいと強請るだろう。ここでオレがその護衛を断れば姫様は泣くだろうし、ロスト達から冷たい目で見られ、最悪不敬罪で命を落としてしまう。……と考え込んでしまったが、一旦落ち着いて考えてみれば、発案者であるミリークが、護衛として元・勇者団を推薦していたので、問題ないじゃないかと思い、最終的に賛同した。

「……分かった。ならばミリーク。伝言鴉(メッセージ・クロウ)などを使ってロスト達に、翌日に休暇としてダリア港付近の海で遊ぶ。パラソルとかの準備はこっちで用意しておくから、参加希望者は水着の準備をしてから現地集合、と伝えてくれ。終わったら店に戻ってこい。オレもそこにいるから」

「畏まりました」

 ひとまずオレは、休暇の日時を元・勇者団の皆に伝えるようミリークにお願いした。ミリークは、一礼をしてから【潜陰影(サブシャドー)】を使って、ロスト達に伝言を言いに向かった。

「……さてと、帰って寝るか」

 そしてオレは、転移魔法を使ってさっさと自分の店デッドオーパーに帰った。だって、そういったアイテムは異次元ポケットにしまってあるし、破損もしてないから新しく買い直す必要が無いし。……なんとなくだが、明日はかなり疲れるだろうから、休める内は休まないと。

 その後、ミリークが(本来オレに作る必要はない)夜食を作ったことを伝える為に起こしにくるまで、オレは寝ていた。


 翌日。澄んだ薄紫色の空。珍しく燦々と照らす太陽。それによって照らされる海。とても魔族やモンスターが暮らしているとは思えないほど綺麗な光景である。しかし、ちゃんと魔族達が暮らすディザストレで間違いない。何故ならば、この後海辺ではしゃぐヒト達は皆、魔族なのだから。


 オレ達が人間時代の魔王パラドゼアを討伐するまで海で遊ぶのはお預けなんていう形でやらなかったから、何気に人生初めての海水浴になる。オレ個人としても……というか、師匠の試練の一つ『ゴボゴボになる前に空に手を』なんて海水浴じゃないからな。


 そんな感じで少しだけトラウマというか、イヤな思い出に浸ったクロードも、普段とは少しだけ格好を替えていた。関節部分が青白く光っている鎧はそのままだが、血のような赤黒いローブを涼しげな青色のローブに替えている。普段彼が身につけている赤黒いローブは、適正に合わせて耐性を上げる効果を持っており、多少の差はあれど、全属性の魔法が使えるクロードにはピッタリの代物なのである。一方で、今着ている青色のローブには、水と氷属性の耐性に特化している。万が一魔海棲魚が襲いかかってきたとしても、問題なく対処が出来る。普段であれば優秀な装備なのだが……現時点での欠点を挙げるとするならば、水着に着替えている皆から浮いている事である。

「あれ?クロード泳がないの?」

「あ、青いローブだ……綺麗でカッコイイ、ね?(お揃いの色だぁ///♪)」

 現地で合流した時に、着替えたクロードを最初に見た男二人、白い薄手のシャツを羽織り、黒いトランクス型の水着を履いているロストと、水色のパーカーを羽織り、青色のトランクス型の水着を履いているワウル(何故か少し赤面した状態で)にこう言われた分はまだしも、それ以外の者達からは、様々な反応もとい色々言われた。

「……クロード様。どうして水着を持ってない事を黙っていたのですか?準備はしっかりするようにと、お互いに言い合ったではありませんか。まったく……というか私も私もです。それを知っていれば、似たような口実で何度かデートに誘えましたのに……」

 青色基調に白い水玉模様のビキニ(一見下着にしか見えない定番の水着)を身につけているミリークには、呆れたように小言を言われてしまった。ちなみに後半の部分は、クロードの耳には届いていない。

「クーちゃん?海水浴はお仕事じゃないのよ~?」

 肩紐がない(ズレたら大変な)緑色のビキニを身につけているシエルには、腰に手を当て少し前のめりの姿勢で、はち切れそうになっている胸を強調するような姿勢(狙っているのかは不明)で、軽く怒られたというより優しく諭された。その時のクロードは、二つの意味で気まずくてシエルから目を逸らす事しか出来なかった。

「なんだクロード!せっかくの休暇なのに遊ばねぇのか!?……まぁ、クロードは真面目だからなぁ。仕方ないかぁ……まぁ、それはそれとして、どうだ!?アタシの水着!!似合ってるか!?女として見れるか!?顔が熱くなるくらい恥ずかしいけどな!!!ハッハッハッハッ!!!」

 背中の翼が邪魔にならないように、紐を首の前で交差させた後、首の後ろで結んで支えている(紐が解けたら大変な)赤色のビキニを身につけているフェイアには、少し残念がっていたが、特に咎める事もせず、露出の恥ずかしさを笑いで誤魔化しつつ、水着姿を見せて感想を求められた。それに対してクロードは、「普通に似合っている」とフェイアに伝えたが、内心結構申し訳ない気持ちになった。

「クロード。泳ぐの、苦手?エルも、一緒」

 ビキニとは違い、上がタンクトップのような水着、紫色のパレオ付きのタンキニの上にパーカーを身につけている(普段と大して変わらない)エルダには、共感された。それに対するクロードは、「泳いだ事がないだけで泳げるかは分からないだけだ」と、少しだけ訂正させた。

「破天の骸よ……アナタという者は……」

 ビキニとタンキニとは違い、上下の水着が一体化しており、胸元の部分には小さく白いリボンが付いている(女性用の中で一番健全な)薄い水色ワンピースを身につけているクルスには、呆れるような、困ったような微笑みを向けられた。そう言われても困るクロードは、こめかみを掻く事しか出来なかった。

「クロードはん……まぁ、骨の体じゃ水着、着れへんよな」

 黄色い線が一本入った橙色のタンキニを身につけている(近場だったのと暇してた)マリカは、クロードの格好に納得していた。納得してくれるのはクロードとしてはありがたいが、少し複雑な心境を抱えた。

「クロード。ロストとスフィアは、貴方と遊べる事を楽しみにしていました。それなのに……いえ。このまま話してしまえば、折角の休暇が台無しになってしまいますね。とにかくクロード。反省と改善しなさい。私達からの命令(おねがい)よ」

 黒いフリルとパレオが付いた(気品を感じる)同色のビキニを身につけているイリアスは、長々とお説教をするつもりだったが、休暇の和やかでも賑やかな雰囲気に水を差すまいと、出来るだけ短い言葉でクロードを諭した。それに対しクロードは、「はい」と短くもハッキリとした口調で返事をした。

「おじさん……」

 白いフリルが付いた桃色のワンピースを身につけている(一番ホッコリする癒やしの)スフィアには、一緒に遊んでくれないのかと言葉に出さずとも、半分泣きそうな瞳で訴えられた。クロードにとって彼女の反応は一番心を痛めた。現在の魔王であれ、友の娘であれ、流石に泣きそうな子供には勝てないので(別に何の勝負もしていないが)、少しでも休暇の雰囲気に合わせるために、鎧の上半身部分だけは外し、骨しかない手で彼女の頭を軽く撫でながら「一緒に泳ぐ事は出来ませんが、陸で遊べるモノでしたらお付き合い出来ますから」と言って、なんとか宥めた。彼女のキラキラとした笑顔と引き換えに、ほかの女性陣とワウルからの視線が少し痛かった。

 何はともあれ、無事に休暇を満喫しつつある状況に安堵しているクロードであった。


 アハハハ……ッ♪フフフ……ッ♪キャッキャッ……♪


 にぎやかな声を耳にしながら、オレはふと思った。人間時代最後の魔法【超進化(エボリューション)】で魔族に進化してから特に気にしていなかった事だが、よくよく考えると何でオレはこの骨しかない不死族の体になったのか、と。幽鬼(ゲンガー)族(違いは半透明の体と闇属性に強いが光属性に弱いくらい)でも良かったのではと、魔跡族に当たるが、同じ骨の体を持つ呪骨師(リッチー)(状態異常魔法や弱体魔法が得意)族や幽鬼族の下位互換とも言われている幽霊(ゴースト)(浄化魔法にも弱い)族でなかったのは何故、と……まぁ、何故自分(クロード)自分(アンデッド)なのだと哲学的な事を考えても意味はないが……はぁ。まさかオレが水着を着なかった(着れない)だけでここまで言われるとは思わなかった。そりゃあオレにも、肉体があったら間違いなく水着に着替えられただろう。だけど、それが出来ないのだから仕方ない。姫様が泣きそうになったから、なんとか休暇っぽくする為に上半身裸(それによって出来た下半身部分の空洞もとい中身は影で見えないから安心)にして頭を撫でてなんとか宥めたけど、なんでか分からないが、ミリーク達の目線が怖かったな。

 そこから皆は、比較的浅い所で水を掛け合ったり、少し奥で泳いだり、陸でのんびりしたりと、それぞれの形で海を満喫していた。ちなみに現・魔王様もとい姫様は、砂浜でロストとワウルと一緒にボール(空気の入ったビニールで安全なヤツ)遊びをしていた。オレも一度誘われたが、皆が来るまでにテントやマット、チェア、パラソルの設置や食事(この場合バーベキュー?とやらか)の準備をしていたため、それを理由に「少し休憩させて下さい」という旨を伝えて、先延ばしさせてもらった。少し落ち込まれるかと思ったが、姫様は「そっか。そうだね!分かった!」と結構アッサリ退いてくれた……かと思いきや、一度戻ってきた。

「おじさん!色々準備してくれて、ありがとう!お疲れ様!」

 何かあったのかと思ったが、感謝され、労われた。……これは、ロストの教育の賜物かな。少なくとも王としての礼儀作法を教えたイリアス様が、こういったお礼の仕方を教える筈は無い(多分、いや普通に失礼だな)。……何にせよ、悪い気がしない。なんと言えば良いのだろうか、苦労が報われた感じだ。姫様の笑顔には、浄化魔法【聖光浄(ホーリーレイ)】と同等の効果があるというのか。……いや。それだとオレ、成仏して此処からいなくなってしまうか。

「クロード」

「クーちゃ~ん。ちょっと来て~」

 なんて下らない事を考えていたら、エルダとシエルに呼び出された。何事かと思い、声の主のところへ歩み寄ったら、二人とも何のつもりやら、うつ伏せで寝そべった状態で待っていた。なんか少し嫌な予感がする。

「どうした?」

 一応用件を聞いたら、エルダが太陽のラベルが貼ってある何かが入ったボトルを見せ、こう言った。

「塗って」

 何を?と聞いて、少しでもこの後やらされる状況を認めないようにしていたのだが、シエルが率直に言いやがった。

「エルちゃん?ちゃんと背中に日焼けオイルを塗ってと言いなさいよ~。クーちゃんが戸惑っているから~」

「大丈夫。クロード、分かってる。ただ分かりたくない、だけ」

「それが分かっているなら頼むな」

 なんでオレに頼むんだよ。というか、日焼けオイルを塗る必要は果たしてあるのか疑問になる。だって、太陽は見えど、日光は大気中の魔素が高いおかげでシガイセン(?)とやらが極限にまで遮られているのだ。日に焼けて肌が黒くなるか赤くなる筈がないのだから、わざわざ塗る必要は無いだろう。それに、日焼けオイルはトロトロな液状だから、骨しかないこの手じゃ無駄に垂れ流すだけだ。あと不快。

「だったら、互いに代わりばんこにやれば良いだろう」

「イヤ」

「私は良いけど~、こんな感じでエルちゃんが拒むのよ~」

 おそらく理由は……何も言うまい(言ったら殺されちまう)。じゃあほかの女性陣に頼めば……なんて、そんな事はとっくにやったのだろう。だが、思い思いの海を満喫しているから、邪魔するのも忍びないのだろう。でも、だからと言ってオレに頼むのは違うだろう。

「お困りのようだね。破天の骸よ」

 困っていた所で、助け船(クルス)が声をかけてきた。ちょうど良い。異性のオレより確実に任せられる同性なら安心だ。オレはクルスに頼み込んだ。


「という訳で、クルス。頼む」

 そう言って半分逃げるような形で立ち去ったクロードの代わりに、エルダ達に日焼けオイルを塗って欲しいと頼まれたクルスは、返事をする代わりにハープを一回弾いてから近くに置き、エルダから日焼けオイルを取り、中身を手に垂らし、揉むようになじませて(そのままだと冷たいらしい)から、エルダの背中から塗るのかと思いきや、まさかの()()に手を伸ばして塗りたくった。

「~~~~ッ///!?!?」

 想定外の場所を塗られている事には、流石に無表情に定評のあるエルダも目を見開いて驚き、顔を真っ赤にしてクルスを睨む(少し涙目だからか迫力は感じない)。しかし、クルスは何処吹く風の如く、エルダのお尻を起点に引き続き、全身に日焼けオイルを塗りたくる。時に激しく、時に優しく、緩急を織り交ぜたその手つきはさながら、数々の女冒険者達の体のあらゆる箇所を執拗に絡め取るも繊細な物を愛でるように撫でるという、捕まれば人間としての精神を嫌悪(ヒト)から快楽(ケモノ)へと変える(オトス)魔物、触手生物(テンタクル)のようであった。

「……表裏の闇よ。泳げない事実と種の血族ならではの生態、更に()()()もとい()()()()()()()を利用して己の身体を接触させ、少しでも破天の骸を誘惑しようとは、意外と……否、如何にも闇の仕事人らしい計算の仕方だね。……しかし、残念ながら破天の骸は、ワタシと()()しても一切手を出さない紳士の鑑(ヘタレニブチン)だからね。据え膳を用意したワタシが失敗するくらいだ……アナタ達の作戦は、最初から失敗していたのだよ」

「ッ!?……んッ///」

 看破と進展(未遂)、破綻と(謎の)技量という四連続の衝撃に、エルダの頭には驚愕と快感がほぼ同時に押し寄せられ、声はなんとか押し殺せたようだが、こういう時にどういった表情すべきなのか分からなすぎて、一周と少し回って頬を赤くするくらいという、珍しい状態になった。

「あら~……クルちゃん。かなり悔しかったのね~……あれ~?」

 その二人の様子を見つつ、他人事だと思い、さりげなくその場を離れようとしたシエルだったが、()()()身動きが取れない事に、微笑みを浮かべている場合ではない程に焦った。

「慈愛の精よ。アナタも日焼けしたくないのであろう?ついでに塗ってあげる。遠慮する事はない。安心して、ワタシに身を委ねてくれ。人間時代からおはようからお休み、寝食から先々代魔王討伐まで、健やかなる時も病める時も、人間を辞めた時も、今後とも共にいようと誓い合った仲間ではないか」

 元・勇者団の女性陣はそれぞれ、怒り方が異なる。真っ向から怒りをぶつける火炎(フェイア)。一歩間違えれば怒って手を出す刃物(エルダ)。普段怒らなさそうだからこその爆弾(シエル)。そして、気が晴れるまで放さない魔手(クルス)、といった感じである。

(あら~……これは、翻訳者(クーちゃん)がいなくても今の言葉の意味は分かったわ~……「逃ゲルナ」って事でしょ~?恐いわ~)

 つまり、時間が経てばいずれ治まるフェイア。扱いを間違えなければまだ無害のエルダ。一番怒らせたら怖いのはシエル。怒れば何かしらの形で報復するクルス。といった感じである。……まぁ、今回の場合のクルスは、八つ当たりと言っても過言ではない。哀しき被害者その一となったエルダは、日焼けオイルに塗れた状態でもう声も出せずただ痙攣する傀儡と化していた。それでも怒りがまだ収まらないクルスは、続けて飛び火を避けようとしたシエルを被害者その二として目をつけた。

「前々からアナタには一度……いや、慈愛の精()()ではないね。情炎の盾と無頸の陰には、幾百年経とうとも何時かワタシの怨嗟を聞かせようと、何かと機会を探していたのだ。……まぁ、その内の一人が今日果たされるとは思わなかったけどね?」

 しかもエルダ()上の事をするつもりなのか、いつもより笑みが深く、黒い。日焼けオイルを再び垂らし始めたクルスに震えながらシエルは何が彼女を怒らせたのか、必死に心当たりを探すが、思い当たる節がない。少しでも許しを乞うように話しかけた。

「ふ、フェイちゃんもミーちゃんにも同じような事をするの~?一体何をしでかしたのかしら~?」

 とは言え、クルスの怒気につい怖じ気づいてしまい、率直に自分が何をしたのかとは聞けず、クルスの中では同罪と見なしている二人について聞き出してしまった。しかし、クルスは気にもせず、ただ彼女の意図を読み取る、というより、見透かすのように言い――――。

「なに。命を奪いたい程の重い罪ではないし、アナタが許しを乞うが為の()()()()も必要ない。ただワタシ個人が、人間時代にある事に気付いたあの日から、沸々と湧き上がるアナタ達への些細な怨嗟……否、()()が限界を迎えただけ……」

 ――――そして、静かに三人の罪状(理由)を告げた。

「……その恵まれた母性の塊が、ただ羨ましい……ッ!」

「思いのほか単純な理由だったぁ~!!あ、待って、せめてどうやって金縛りしたのかだけ教えてぇ~!!」

()()()()()()()()()前に逃げれば、アナタの運命は変わっていた……とだけ言っておこう」

「あの()()ってそういう――――ッ!?」


 ひやぁぁぁあああ~~~っ///!!!


「……何があったのかは分からないが、許せ」

 その一部始終を見ていないクロードは、木霊となった悲鳴の主に、ただ謝る事しか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ