章末:吟遊詩人でも奪われたくないモノ
どうも皆さん。緒蘇輝影丸です。
今回でいよいよ第一章『把握の章』の終わりとなります。
楽しんでいただければ、幸いです。
魔界島ディザストレを自然災害から守る島結界装置、六芒星が無事に作動し、安堵したクロードは、安全を確保された事を報告しに魔王城もといジェノサイド城の玉座の間に戻ってきた。……のだが、前に来た時より少し空気が重い。
「……といった感じで、多少の凶事がありましたが、無事に解決し、装置は全て作動出来ました」
「「……で、あるか……」」
否、重いというより魔王城城主のロストと姫様であり現・魔王スフィアの様子がおかしいといった方が正しいだろう。
「ご苦労でありました。報告の顛末はエルダとミリークから聞きますので、貴方は平常通りの業務をお願い致します」
気にはなりつつ、城主妃イリアスからの労いの言葉を聞いた。とにかく報告を終えたクロードは、一礼をして立ち上がり、一つ深呼吸をした。そこから気持ちを切り替えるかのように、元・魔王軍の宰相ではなくデッドオーパーの店主であり、ロストの友人として二人の様子を伺うことにした。
「……それはそれとして、どうした?ロスト、姫様?」
「あっ……クロード。それを聞いては……」
「……クロード」
「……おじさん」
慌てて止めようとしたイリアスだったが、ヒトの口を手で塞ぐなんて事は二つの意味で(物理と立場的に)間に合わず、公的の態度を止めたクロードに合わせて、落ち込んでいた二人も固く閉ざしていた口を重々しく開け、落ち込んでいた理由、気持ちをぶつけた。
「「何故僕(私)を呼ばなかった(の)?」」
「…………えっ?」
「はぁ~……」
予想とは違った解答、否、質問にクロードは呆けてしまった。対してイリアスは当たっていたらしく、こめかみを軽く押さえながら深い溜め息を吐いた。二人揃ってクロードに多大な信頼しており、クロード絡みの事を当人に聞かれれば必然的に面倒になるから、クロードには早く帰ってほしかったのだろう。哀しきかな、こうなってしまった二人を宥めることが出来るのは、ほかでもないクロードただ一人である。
「昔みたいに、クロード達と一緒に戦って勝利を喜び合うって事、やりたかったのに……」
「私、確かに言ったはずだよね?信頼している者達と共に解決してって……まぁ、戦ったことがない私がいても足手まといになっちゃうかもしれない、けど……私、おじさんに信頼されてないの、結構ショックなんだけど……」
何処の王族にも言えることなのだが、人間であれ魔族であれ、城主や王といった重大な立場を持つ者が安易に城の外へ出す事は、基本的に許されない。人間の方に比べれば、クロード達魔族は、別に固く禁じられているわけではないのだが、国交といった国の運命が左右されるような用事、詰まるところ国絡みの名目(理由)がないと、外出が許されない。百歩譲って、元・勇者であり、前・魔王をやっていた城主のロストは、実力面が認められているため、彼だけならまだ問題はない。しかし、魔族どころかディザストレの存亡がかかっている現在の魔王であるスフィアの場合、父親のようにはいかない。何かしらの理由を見つけ、外出が仮に許されたとしても、誰かしらと同伴でなければならない。たとえ戦闘経験が多かろうが少なかろうが……否、ないからこそ、その同伴者がクロードであれば、かなり自由度が高いのである。如何に大きな城であれ、何年何十年何百年も外出せずに城に籠もり続けていれば、息が詰まるというか、退屈が過ぎて多大な負担を抱えてしまうのも当然。特に、外に出た経験がある者と、外に出たい欲求が大きい者であれば尚更である。
(別に、信頼してなくて呼ばなかった訳じゃないんだけどなぁ……)
そこまでの事情は知らず、外に出たいなら出れば良いのにと思っているクロードは、何故二人がこうも沈んでいるのかが今ひとつ分からない。だから、イリアスからの「貴方がなんとかしなさい」と言わんばかりの視線を送られても困るだけだ。いつもなら、クロードが思っている事を言い訳に使えば安堵してくれるだろう。しかし、今回ばかりは言葉をしっかり選ばないと、二人はより落ち込んで余計面倒になる。
「いや。二人のことは勿論信頼している。それは断言する。ただ……不安にさせてしまったのは、本当にすまん。仕事で苦労してると思って、呼べなかっただけなんだ……」
ならば、下手な言い訳はせず、素直に謝る事にした。良かれと思ってやった行動が、まさかこのような事態になるとは思いもしなかったクロードはまず、いの一番にスフィアの言っていたことを強く否定し、自分なりの理由を添えて謝った。
「……そうか」
「本当?」
クロードの事をよく知っているロストの方は、それで納得してくれた。しかし、彼の娘であり、現・魔王のスフィアは、まだ若いため一抹の不安が拭えないようで、確認してきた。子供どころか恋愛に疎い身としては、どうすれば子供の不安を拭う事が出来るのか、さっぱり分からない。ましてや親友の子供の不安そうな眼差しは、骨しかない体のクロードであれ、心に刺さる。
「もしまたこのような事態が起こりましたら、二人にもしっかり一声かけます。[破天災骸]の名に誓って約束します」
心に刺さっている痛みを戒めとしてクロードは、スフィアに誓約級の約束をすると言った。二つ名を使っての誓いは、たとえ自身にどんな事があったとしても、何が遭ったとしてもその約束だけは守るという重い意志が込められている。
「……分かった。約束だよ?」
ここまで重く受け止めてくれた事にスフィアは、これ以上確認をとるのは野暮と感じ、クロードの言葉を真摯に受け止めてくれた。その反応により、二人の対処がようやく完了した事に、クロードは安堵した。
「それでは……またな」
ある意味巨大蛸の対処より頭を使って少し疲れたクロードは、改めて玉座の間から立ち去った。
玉座の間の扉が閉まったと同時に、短時間で貯まってしまった疲労を吐き出すかのように大きく息を吐いて、先に帰ったミリークが待つデッドオーパーに帰ろうとした。……のだが、大事なことをやり忘れたのを思い出したのか「あっ」と声を漏らした。
「テッド達を労ってやらないと……」
今回の功労者は、間違いなくテッド達を始めとした魔界総隊の者達によるもの。クロード一人ではもっと時間がかかり、下手をすれば装置が作動する前に大嵐がディザストレを呑み込んでいただろう。そうならずに済んだクロードの、否、ディザストレを救った恩人達に、礼の一つも送りはしないなんて真似は、たとえ元・勇者団であろうが、名ばかりの総隊長だろうが、ヒトとして許されない。
「……この近くの転送陣は確か、あっちの方だったな……」
そう考えた後のクロードの行動は早い。なけなしの体感と記憶を頼りに、久しぶりの城内を歩き回った。
ジェノサイド城には大きく分けて三つの棟がある。一つ目、というより城の大部分が、宝物殿や玉座の間といった重要な施設、いわば中枢を担う魔王棟である。あとは、侍女達が住んでおり、仕事の場も兼ねた調理場と侍女専用の道具(箒や雑巾など)が入っている倉庫が併設されている侍女棟と、兵隊が暮らしており、腕が鈍らないように己を鍛える訓練場や武器庫がある部隊棟がある。こう言ってはなんだが、施設の中には空間魔法により、見た目に反して広い部屋がいくつもある。いくつかの例を挙げるならば、宝物殿、自分の寝室、食堂などがある。
更に城の各所には、施設内であれば何処にでも行ける転送用の魔法陣(略して転送陣)が施されており、そこの上に立ち、少しだけ魔力を注ぎ、行きたい場所を念じれば、その場所につながる最寄りの転送陣へ瞬時に移動が出来るのである。
だから、クロードがテッド達をはじめとした協力者達へ労いの言葉をかけるのに手間取る時間はそんなにかからなかった。
……ふぅ。やっと終わった。しかし、なんで誰かがオレを見かける度に慌てるというか、一回逃げるように走り去ったかと思いきや、大人数で来て、労いの言葉をかけたら跪いて畏まったり、泣き出したりするのだろうか?オレってそんなに怖い存在?そこまで厳しくした憶えはないのだがなぁ……。
「労いの挨拶回りは仕舞いかい?」
少し自分に落ち込んでいた所で、いつの間にオレの隣にいたクルスが声をかけてきた。とりあえず返事をした。
「あぁ。と言っても、城内にいた奴らだけだがな」
「……直々に褒められなかった守り手達は可哀想に……」
ん?なんかクルスがボソリと何か言ったようだが、あまり聞き取れなかった。……というか、いつからオレの横にいたんだ?
少し不思議がっていたクロードだが、クルスが集落に行って警備(一応)をしていた部隊に向けて軽く同情するようにボソリと呟くのも無理はない。何せクロードは、ロスト時代では、ロストの右腕とも言われる宰相であり、今は名ばかり(本人は本気でそう思っている)だが魔界総隊の総隊長であったから。より平たく言えば、数々の魔族にとってクロードは、憧れの存在とも言える人物(なんなら代表格)の一人なのだから。そんなヒトから直々に声をかけられ、褒めてもらえるなんて、嬉しい事この上ないのだ。つまり、クロードが泣き出したと思っていたのは、恐怖ではなく歓喜であった。……残念ながら、そういった想いは、まだクロードには届かなかったようだ。
「時に破天の骸よ。こうして我らの安住の地に安寧の時を迎えたわけだが……この後、何か責務がおありかな?」
「責務?……いや、今のところコレといった用事はない。このまま店に戻ろうかと思ってるが……何か用があるのか?」
クルスの呟きから少し沈黙した後、クルスは話題を変えて、クロードの今後の予定を聞いてきた。少し気まずいと感じていたクロードは、クルスの意図が分からずとも、素直に返事をした。するとクルスは、クロードの前に立ち、高身長の身体を少し前屈みにし、上目遣いになるようにクロードの顔を見つめ、こう言った。
「なに。破天の骸を一存で労いたいのと、些細な依頼をしたいだけさ」
(……依頼主だから個人的に労いたいというのはまだ分かるが、些細な依頼?)
クルスの予言のおかげで、ディザストレの平和を護れた。恩義を感じている身として、お願いを聞くのに何ら抵抗はないし、労ってくれるのも嬉しい。しかし、後半に言っていた些細な依頼という言葉に、ない眉をひそめながら聞いた。
「……その些細な依頼ってのは?」
「此処で立ち話するのもなんだ。詳しい事はワタシの領域で話そう」
しかし、どうやら公にしたくない話のようだ。……いや、個人的な事だから当たり前か。そう感じたクロードは、大人しくクルスの言う領域……クルスが経営している安眠屋『ハープネスト』へ、クルスと共に向かった。
安眠屋 ハープネストとは、文字通り対価を払えば寝るための部屋を貸し出してくれる場所、いわゆる宿屋のようなもの。……なのだが、クルスの仕事の関係で、建てられている場所が、ジェノエリアの外れというか、フロスティア寄りのグランノームの端にある港『ダリア港』の近く……つまり、客足が極端に少ない場所にあるのだ。来るのは、漁業を営んでいる者と、ごく稀に呼ばれるオレくらいだ。
「……それで、依頼ってなんだ?」
「まぁまぁ。そう焦りなさんな破天の骸よ。性急な男は好かれないぞ?」
オレとしては、もうここまで人目から離れていれば大丈夫だろうと思い、用件を聞いてみたが、はぐらかすように答える。……クルスとの話って、ワウルのとは違う意味で前置きが長いんだよなぁ……まだ帰りが遅くなることをミリークに伝えていないし。
「おっ!クルスはんに……クロードはんやないか!久しぶりやんけ!元気にしとったか!?」
クルスと話している内に、灰と赤紫の縞模様をしたショートヘアーの魚人族の女、マリカ・ミサーノが、こちらへ歩み寄りながら気さくな感じで声をかけてきた。彼女が話す口調も特徴的だが、それに加えて、彼女の頭には同様の色をしたトサカのようなヒレが生えており、まるで髪をまとめた(確かポニーテールの)ような感じだ。その人の格好は何時ぞやのブモードさんに似たオーバーオールを履いているが、彼とは違いその下には白い半袖のシャツを着ている。……まぁ、こっちが普通であって、あの暑苦しい筋肉の塊がおかしいだけの話だが。とりあえずオレは、返事の挨拶をした。
「あっ。マリカさん。どうも。お久方ぶりですね。ご覧の通り骨のみの体ですよ」
「凶喜の毒か」
「なぁクルスはん……その呼び方は止めぇて言うとるやろ。ウチ女やで?もうちょい可愛ぇのがえぇんやけど……」
「……マリカさん。クルス自身が良いと思った呼び名を三回呼ばれたら決まったも同然。余程が無い限り変える事はありませんので、諦めて下さい。……それに、前の職業を考えれば、ねぇ……」
マリカさん本人は、その呼び方に異を唱えたいようだが、オレは、クルスのお気に入りの一人になった彼女の肩に手を置いて、優しくも非情な気持ちで諭した。何せ彼女は毒を持つ魚の力を持っており、職業は斥候兼漁師であり、エルダが率いる暗殺部隊の一員(今は副業に専念中)なのだから。
「……せやったな。……で、二人して何してたん?あっ。もしかしてウチお邪魔やった?この後お楽しみする予定やった?」
そこから話題というか微妙になった空気を変えるように、オレ達を見て何をしてるのかを聞いてきた。……口元を手で隠しているが、隠しても見え見えなくらいニヤニヤと悪そうというか悪戯っ子ような笑みを浮かべて。……本当に暗殺部隊の者とは思えないくらい表情が豊かだ。まぁ、エルダと比べれば全員そうだが。
「ふふっ。そう見えるかい?なら、察してくれると嬉しいのだが……」
そう言ってクルスは微笑みながらオレの腕に絡んできたが、それを躱すようにオレは出来る限り優しく引き剥がしてから注意をした。
「悪乗りするなクルス。マリカさんもふざけないで下さい」
「あっ……むぅ……釣れないなぁ」
「……あっはははッ!スマンスマン!二人のやり取りを見てて楽しゅうてなぁ!……あっ、せやクロードはん。この大嵐が収まったら、近い内に海岸の清掃お願いするやもしれん。そん時はよろしゅうな?」
その時のクルスの様子を見て一瞬何か思う表情が見えたが、すぐに頭のヒレを撫でながらカラカラと陽気な笑みを浮かべて謝った。その後、さりげなく依頼をしてきた。まぁ、言われなくても、後片付けもこの大嵐の依頼の内。なので、まだ依頼が完全に終わっていない事を伝えた。
「ご安心を。そちらも依頼の内なので」
「おぉ!そうやったか!それやったらえぇ!ほな、今日は臨時休業やから、帰って久々に羽を休めるわ!ウチにあるのはヒレやけどっ!さいならぁ~!」
それを聞いて安心したのか、より一段と明るい笑顔になり、元気に手を振りながら走り去った。……なんというか、嵐のように現れて、ちょっと絡んできたかと思ったら、嵐のように去って行ったなぁ……。あまりに急な方向転換に、オレは戸惑いを隠せず「お、おう……」と声を漏らしながら、マリカさんを見送るしか出来なかった。
「……さて、思わぬ足止めを食らったが、ワタシの領域で些細な依頼の話をしようじゃないか」
「あぁ。分かったから手を引っ張るな。腕が取れる」
見送った後、クルスはすぐに切り替え、話を戻すようにオレの手首を掴み、改めてハープネストまで連れて行こうとする。オレも大概だが、せっかちなヒトは嫌われるんじゃなかったのか?そう思ったが、見た目が綺麗な為か、普段からこういうヤツだという諦めか、ちょっとしたジョークを言いつつ、大人しく連れて行かれた。
ハープネストは、クロードの店、デッドオーパーのように散らかっておらず、泊まりに来る人物の体格によって一階(大きいヒト用)と二階(普通サイズのヒト用)に使い分けており、中は体格に合わせたベッド(部屋によって一つか二つ)と机、椅子二つのみの部屋がいくつかある程度の……むしろ質素な安眠屋である。とりあえず、クロードとクルスは、受付の裏にある部屋、いわゆるバックヤードで話をする。こちらの部屋も、客室と同様に質素な造りである。違いを挙げるとしたら、ベッドが大きめな所と、大きめのソファーが付いているくらいである。中に入った二人は、とりあえず机を挟んで対面する形で椅子に座った。
「それで、お前の些細な依頼ってのは、オレを此処まで連れてこなければ出来ない事なのか?」
クルスに為すがままに連れてこられたが、焦らすようにその些細な依頼について話そうとしないことに、少し痺れを切らしてきたクロードは、少し低めの声でクルスに問い詰める。その時の目の光が、怒りが見え隠れしている、という意味か、白から赤、赤から白と交互に色を変えながらクルスを睨む。クルスはそれに動じていないが、いつもより少ししおらしい態度になりながら、ようやく話し始めた。
「……魔天の風からのお告げ……天の災いのお告げを伝えた刹那、もう一つ、お告げが来たの……」
「もう一つの予言?」
それは初耳と言わんばかりに、クロードは、前のめりの姿勢で話を聞いた。聞く姿勢に入った事を確認したクルスは、一つ深呼吸をし、クロードのみに予言を告げた。
――――この魔界の身に降りかかる大きな波乱を二つ、骸の手で収めた暁に、骸を新たな刺激と強化を約束する。対価は、骸の体躯と力を、魔界とは似て非なる地へ赴き、波乱の元凶を討て。それを果たす刻まで、骸を魔界へ帰させん。
直接耳にした人物だからか、既に内容を理解し、本当にそんな事があったらどうなるのかも想像してしまい、小刻みに震えながらも話してくれたクルスの予言を聞き、クロードは、予言の内容の意味を真面目に考える。
(近い内に、このディザストレに大きな影響を与える波乱が二つ起こる。それを上手く対処できれば、オレに新たな刺激と強化を与える、か……新たな刺激と強化……まさか、進化の事か?骨だけの体に?これ以上何に進化するって言うんだ?……ただ、無償でそれが出来るのではなく、このディザストレとは違った場所……今も人間が住んでいる大陸のモルディガンマの事か?……いや。それだったら似て非なる地、とは言わないよなぁ。……まさか、異世界?……いやいや。あるかもと考えた事はあるが、そんな事が出来る魔法は存在してないから、確かめようがない。一旦そこの部分は置いておこう……ただ、そこで大問題を引き起こしている黒幕を倒すまで、ディザストレには帰さないっていう部分を考えると、オレの転移魔法を以てしても、容易に帰れる場所ではないという訳だ。……という事は、本当に……?)
――――ビャリンッ!!
「ッ!?」
これ以上はいけない、そう思ったクルスが、のめり込んでいくクロードの思考に喝を入れるかのように、ハープで不快な音を立てた。そのおかげで、驚いたクロードの意識は思考から現実に引き戻された。もう少しで何かが見えそうだと集中していた所で、思わぬ邪魔が入った事に少し怒りを感じたクロードは、不満を意味する紫色に目を光らせてクルスを睨む。
「驚かせてしまって、すまない。眼窩の光を灯さず、息もせず、微動だにせず、思考の海に呑まれていたから。一瞬魂が魔天の風に奪われたのかと思ったよ……珍しいね。アナタがそんなに深く、思考の海に潜り込むなんて……それで、どう感じた、かな?」
睨まれたクルスは、少し悪びれるような態度をとりつつ、予言について聞いてきた。
「どう感じただと?いつ起こるか分からない予言に、焦りも何もあったもんじゃない。……とりあえずは、近い内に起こる二つの波乱がどんなものかを把握し、それがいつ起きても対処出来るように、色々準備をする。……結局の所、いつも通りに動くしかない」
「……そうかい」
クルスの意図に沿っているかは分からないが、クロードは、自分なりの返答をする。それを聞いたクルスの表情は、一部を除いていつもの微笑みに戻った。その一部を、クロードは見逃さなかった。
(あの目の感じ……どうやら求めた回答じゃなかったみたいだな)
だがしかし、クルスが無理矢理平静を装った、いわば人形のような眼差しで見つめた理由は、彼には分からなかった。
「破天の骸よ……一つだけ、アナタが拐かされる運命を回避する術がある」
そこから少しだけ沈黙が続いたが、クルスが自らの予言をどうにか出来ると口を開いた。それを聞いたクロードは、初めて自らの予言を否定できる方法があるのかと、少し驚きつつも、前のめりの姿勢で聞いてみた。
「その方法は?」
「今宵は、ワタシの巣に眠るのが吉」
「はぁ?流石にそれは嘘だろ?」
「……信じて、くれないの……?」
その回避方法を聞いたクロードは、明らかに予言とは関係のない方法に、ふざけているのかと怒りを感じるより、普段の彼女にしては私欲が目立つ方便に呆れた。しかし、本人は至って真面目に言っているのか、潤んだ瞳でクロードを見つめる。そういった目で見られた事があまりないクロードは、言葉を詰まらせた。しかし、クロードとて一人の男。クルスという独特な感性を持つ者とはいえ、一人の女性と一緒に寝るというのは、正直気恥ずかしくもある。ここで「イヤ。やっぱり駄目だろ」と答えれば楽であった、しかし、クルスは今回の依頼に手伝ってくれた仲間の一人。要求に応えてやるのが筋というものであろう。それに、仲間の涙目はシンプルに効く。
「…………分かったよ。手伝ってくれたお礼って事で……」
結果、クルスと一緒に寝る事を了承した。それを聞いたクルスは、満足気というより安堵の笑みを浮かべるのであった。
……まったく。クルスから些細な依頼があると聞いてハープネストまで付いて来てみたら、まさか添い寝を要求されるとは思わなかった。しかも同じベッドって……一応、ミリークには今日は帰れそうにないと伝えておいたが、理由を聞かれたときは何でか知らないが冷や汗が止まらなかった。……しかし、改めてクルスの顔とか見てみると、綺麗だな。長い睫毛といい、海のような青い瞳といい、今は下ろしているが同様に青い髪といい、吟遊詩人じゃなかったら、水精霊になってもおかしくない顔立ちだ。体の方は、仲間内では控えめな方だが、身長は通常の女性より高いからか、どこか妖艶な感じだ。……って、オレは何を言っているんだ?やめよう。話題を振って、考えないようにしよう。
「……で、結局依頼って何なんだ?いい加減に答えてくれ」
「……ク……破天の骸よ」
「ん?なんだ?クルス」
今何か言おうとしていなかった?と言及したかったが、いつものらりくらりとした感じで話しているクルスが、今までにないくらい真剣で、切なそうな表情に、オレはそれ以上の事は言わず、ただ次の発言を待った。
「……どうか、アナタはいつまでも、ワタシの……ワタシ達の傍にいて……?それが、ワタシからの些細な依頼……」
「……何を当たり前な事を言っているんだ?」
何を言うのかと思ったら……正直拍子抜けした。オレの居場所はディザストレ、もとい仲間達の傍以外何処にあるって言うんだ……やっぱり、クルスの考えていることを理解するのは、雲を掴むような……否、下手をすれば雲を掴むより難しいな。
翌日。クロードは、久しぶりの大仕事が峠を越えた事と、一安心による安堵の疲労と、たまには運動するかという理由で、転移魔法を使わないで帰ることにした。小さく手を振るクルスに見送られながら、クロードは、ハープネストを背に、デッドオーパーへ帰った。
……もう見えない。破天の骸、否、クロードがいなくなった事を確認したワタシは、手を振るのを止め、仲間にも隠しているワタシの人間時代の顔に似た仮面を外し、嵐が収まり晴れやかになった空を見上げる。森妖精族のシエルと同様でありながらも異なる精霊、死告精族ならではの特徴、黒目の素顔になったワタシは、黒い涙を流しながらいなくなったクロードに愚痴を零した。
「……馬鹿。鈍感。……何故?どうして魔天の風の言葉に込めた意味はすぐに理解できるのに、ワタシの言葉に込めた想いは伝わらないの……?」
魔天の風の言葉とワタシの言葉を聞き分け、意味を理解してくれるのに、どうしてワタシの言葉の場合、その理由までは分かってくれないの?この仮面のせいなの?この醜い素顔を晒し、ありのままの想いで訴えれば、クロードの意思は……いや。きっと変わらない。少しは動揺したり困惑したりするだろう。けれど、クロードはワタシだけじゃない。人間時代から共に歩んだ仲間を、ロスト時代から得た部下を、何より居場所を守る為ならどんな事でもする。そんなヒトだ。……ワタシは、そんなクロードが好き。恐らく人間時代から。だけど、それと同等に心配でもある。ワタシのクロードに対する想いは、ミリーク(質)やフェイア(量)には及ばない。でも、クロードを失いたくない、誰かに奪われたくないという気持ちは、(知っていたとしても)二人に勝らずとも劣らないと自負している。
「……破天の骸は、ワタシ達にとっての希望。クロードは、ワタシにとっての心臓。奪われれば最後、魔界の未来はない……と言うのに……それでもアナタは……魔族の希望を奪うと宣うのですか?ワタシの心臓を取り上げると宣うのか? 魔天の風よ……■■よ……!」
もしそうだと言うならば……ワタシはアナタを一生、未来永劫、子や孫の代、その孫の代、ひ孫の代へとアナタの諸行を代々語り継ぎ、恨み、呪い続けよう……!
嫌な予感という騒ぎ、痛み続ける胸を押さえながらも、胸の内に秘める呪詛を唱えたその時の彼女の目は、闇のように暗くも、研ぎ澄まされた刃のように鋭く光っていた。
……近い未来に起こる、魔族、否、この世界きっての魔術師に降りかかる苦難とは、何か……?それを詳しく知る者は、彼女も含め、誰もいない……。
いかがですか?
次回から、第二章の幕開け(といっても、多分大袈裟な事は起きない)となります。
いつ投稿出来るか分かりませんが、気長にお待ち下さい。