第十話:召喚士は強くない?そんな事ない
どうも皆さん。緒蘇輝影丸です。
相変わらずの亀更新、申し訳ないです。
リアル多忙とモチベーションでなかなか執筆が進みませんでしたが、なんとか後半のお話が出来ました。
楽しんでいただければ、幸いです。
氷山が連なり、年がら年中吹雪が吹き荒れる極寒地帯『フロスティア』。火山地帯であるインフェルノとは対極の環境でありながら、同等の危険度を誇る過酷な寒さが特徴の地帯である。その肌に突き刺さるような寒さはまさに、訪れる者全てを凍て付かせる程。少しでも気を抜き、寒冷対策を怠れば、自分の身体でありながら言う事を聞かない凍結状態となる。最悪の場合、身体が凍り付いている事に気付かずにふと動かした瞬間、その部位が崩れ落ちるなんて事もあり得てしまう。クロードを始めとした元・勇者団の皆に「フロスティアという環境を二文字で表すとしたら?」と質問をすれば、全員迷いなく「極寒……否、獄寒」という造語を作ってそう答えるであろう。
そんなフロスティアに転移し、いざ[氷雪獣]ガウフロストと元・勇者団の召喚士ワウルの戦いが始まる……という訳にはいかない。何せ、ワウルがこの後戦う相手が相手(超危険種)だから、念入りな準備と対策は必要だ。それに、ガウフロストは「氷山で待ってる」と言っていたらしいが、こんな広大な氷山のどの辺りにいると言うんだ。そこが分からない。
「さてと、ガウフロストがいる場所は……何処だろうな……【地形探知】」
まずは広範囲の探知魔法でガウフロストを探してみた。……すると、山頂付近で大きな魔力を感知した。ここまで分かりやすい場所にいるなら、細かく見れる探知魔法はいらないな。
「あの山の頂上付近にガウフロストがいるな……とりあえず【氷零衣】」
「あっ、ありがとう。クロード」
オレはワウルに氷属性特化の防御魔法をかけた。なんたって超危険種だからな。それに、ワウルの魔力適正は無属性以外だと地属性と雷属性、そしてガウフロストと同じ氷属性である。相性的には正直微妙な部分が目立つ。強いて言えばこの場合、地属性が有効打になるかな。ただ魔力適性はあくまで攻撃面での話で、その属性の耐性も付くという訳ではない。竜人族のフェイアのような【変温】という特性だって、あくまで環境の気温に合わせて体温を調整しているだけであって、耐性が付いているという訳ではない。オレが使う魔法以外で属性攻撃に耐性を付けられるのは【妖精加護】という特性もとい、森妖精族のシエルのような魔族は魔族でも精霊の類しかいない。……つまり、ワウルの攻撃はガウフロストに通用する事が出来る。しかし、ガウフロストの攻撃を防ぐ術を持っていない。だから、防御魔法をかけたのだ。
「そ、それじゃあ、ボクも……【召喚】氷牙狼 ルゥくん、白魔狼 リィちゃん」
ワウルは、そのお礼か便乗か、狼型のモンスターもとい餓狼の亜種を二体召喚した。一体目は、狙った獲物は逃がさないと言わんばかりに鋭くも雄々しき眼差し、漆黒の体毛と鋭い白銀の牙を持つ氷牙狼のルゥ(オス)で、もう一体は、穢れのない新雪のように白く、氷を張った水のように艶やかで美しい体毛を持つ白魔狼のリィ(メス)である。人間時代からよく使っている召喚獣で、ワウルの相棒枠だ。
……戦いに関しては自信がないと言い張っている召喚士が、さりげなく二体同時召喚しているが、通常はそう簡単に出来るものではない。出発前から魔力を練り続けていたとはいえ、魔物を二体同時に、ましてや亜種という通常の魔物よりも強く、意思がある。しかも、この二体の魔獣は、召喚獣の中でも魔力の消費量が高い部類に入る。そんな魔獣を同時に召喚するというのは、両手(最悪四肢)で別々の絵を描くようなものだ。
グルルル……。
召喚と同時に、黒い方の狼もとい氷牙狼のルゥがオレに歩み寄り、唸るというより喉を鳴らしながらオレの胸元辺りに鼻を擦り付けた。事情はワウル越しに聞いていたのか、一度擦り付けた後、オレの前で乗ってと促すように伏せた。
「あぁ。よろしくな。ルゥ」
そう言ってオレは、ルゥの頬と鼻の間辺り(マズルだったかな?)を二回ほど撫でた後、背中に乗った。……相変わらずフサフサというかモフモフというか、ちょっと癖になりそうな乗り心地だ。まぁ悪くない。……おっと、堪能している場合ではない。ワウルはもうリィの背中に乗っているし、ルゥはオレが乗った事を確認してゆっくり立った。これで行く準備は万端。
「それじゃあ、ガウフロストのいる場所へ向かうとしよう。【灯火】」
オレは、いつぞやに使った【照明】とは似て非なる支援魔法を使った。唱えた後、頭一つ分くらいの大きさの赤い火の玉が六つ現れ、目的の山に向けて一列に並んで静止した。これは、ガウフロストがいる所までの方向もとい道筋を表している。
「……じゃあ、リィちゃん。あの火を辿るよ?」
そう言われたリィは、ワウルの命令に従い、オレが出した【灯火】の示す道筋を辿る。出発を確認したオレは、こちらも出発しようとルゥの背中をポンポンと軽く叩いた。それに合わせてルゥはリィの後を追う。
この支援魔法【灯火】は、対象の視界に入った後に一定の距離まで近づくと、一番近くの火が消えては奥に火が点き、一番近くの火が消えては奥に火が点きを繰り返す。もし途中で何かトラブルがあって止まればその火の列も止まり、見失えば自動的に対象の目の前に大きめの火を灯し、再び行く方向へ導く為に列を作ってくれる優れもの級の魔法だ。迷路といった複雑な構造を持つ場所でかなり世話になった。……まぁ、オレがまだ弟子入りして一年くらい経ったある日に師匠から課せられた『一度迷うとドンドン迷い沼の道』(今思い返すとダサい題名だな)という試練の時に試行錯誤して開発した魔法だけど。
そんな【灯火】を辿り続けていたら、次に点いた先頭の火が青く、一回り大きく燃えた。
「あっ……」
この火が点いたという事は、目的地近くまで来たいう意味だ。その知らせの合図を見たワウルは緊張か不安か、声を小さく漏らした。……正直オレも別の意味で不安だが、ひとまずオレの手伝いはここまでだな。そう思い、オレはルゥから降り、お礼を言った。
「ありがとう。ルゥ。……さぁ、ワウル。ここからは一人で行ってくれ」
「うぅ……」
一人で行ってくれ。その一言を言われた途端、ワウルの身体は小刻みに震えながら俯いた。オレはワウルの後ろにいるため表情は見えないが、ルゥとリィが主を凄く心配そうに見つめている様子からして、恐らくワウルの左目には涙が溜まっており、顔色は青く染まっている。つまり、怯えている。……無理もない。一人で超危険種の所へ行く。仲間に対してとても残酷なことを言っているのは分かっている。……だが、ここでワウルがやらなければ、誰かがやられてしまうだけだ。
「あぅ……」
「……はぁ……」
――――もう、これ以上は待っていられない。
いつまでもウジウジと悩むワウルに痺れを切らしたクロードは、一度大きく溜め息を吐き、そこから気持ちを切り替えるかのように大きく息を吸い込み、いつになく真剣な口調で、こう言った。
「……[獄門番犬]ワウル・フェストレイ。お前の後ろには、何がある?」
「…………」
クロードがワウルの二つ名を呼んだ途端、ワウルの震えが止まった。しかし、そんな事を気にせず、クロードは続けて言う。
「お前が今ここで立ち向かわなければ、ガウフロストはこの山を下りてお前が働いている牧場を凍らせる。お前が心を込めて育てた作物も、懸命に世話した生物も、思いが詰まった建物も、共に汗水垂らした人物も、何もかも全て。最悪の場合、そこを始めとして、奴は出来る限りの全てを凍らせるだろう。そうなれば、ディザストレの大部分がフロスティアを占める事になるだろう。この環境で生きられるモノは限られる。絶滅するモノもあるだろう。……まぁ、牧場に到達する前に、まずはその手始めとして、オレを亡き者にするだろう」
「!」
あまりワウルに圧力をかけるのはよろしくない。下手をすれば、委縮し過ぎて本来勝てる戦いにも勝てない状態になる。それはクロード自身分かっている。
「……言っておくが、もし仮にお前がガウフロストに敗れたとしても、オレはお前を見届ける場から一歩も動かないし、何も抵抗しない。……そうなったら、オレはお前を恨む……なんて事はしないと思うが、信用をするんじゃなかったと後悔はするだろう」
分かっているからこそ、敢えて厳しく言う。
(――――それでもオレは、仲間を信じたい。)
ただ、それだけの一心で、ここまでの前置きは全て、この一言を伝えるために。
「……だから、ワウル。後悔させないでくれ」
「ッ!!」
クロードの切実な願いにハッ!と気が付き、目が覚めたワウルは、自分の両頬を引っ叩き、奮起した。
「じゃあ、行ってくるよ…!」
「……あぁ。行ってこい」
その様子にクロードは、やっとかという感じにハァ…と一息吐きながらも、頑張れという気持ちを込めて、眼窩に白く光る目でガウフロストの元へ走ったワウル達の行く末を見届ける。
いよいよ迎えた(ワウルにとって)二度目の対面。一度目は超危険種という衝撃で冷静に見る事も会話する事も出来なかった。しかし、今のワウルは、クロードの期待に応えようと奮起している。今度は恐れず、冷静にガウフロストを見つめる。
〈ようやく来たか。子犬の召喚士よ〉
待ちくたびれたぞ。と付け加えて【念話】でワウルに話しかけてきた。
「…………」
体躯の大きさは、ワウルの相棒であるルゥとリィより格段に大きい。氷山の一角と見間違うくらいに大きい。ルゥとリィを真っ向から立ち向かわせれば間違いなく負ける。ワウルが飼い慣らした召喚獣の中で最も大きく力強いとされる魔獣でさえ一歩届かない。
〈連れの者との茶番……いや、連れの者への遺言は言わなくて良かったのか?〉
「…………」
〈どうした?怖気づいて声も出ないか?〉
「…………」
〈……おい貴様、聞いているのか?〉
しかし、最初に会った時からもう勝てると思い込んでいるガウフロストを見た感想は、一度目に感じた衝撃とは打って変わり、普通の召喚士なら思うであろうものではなかった。
(……落ち着いてよく見ると……尻尾が二本あるただの大きな虎型のモンスターだなぁ……)
〈そうか……ならば始めよう。我と貴様との、命を懸けた戦いを……!〉
そうワウルが思った直後に、会話がない事に痺れを切らしたガウフロストは、「もう御託はいいからさっさと戦いを始めよう」という意味で沈黙していると、自分なりの解釈をし、鋭い爪を出し始めた。
〈今更泣いて許しを請おうが、我は一匹の魔獣、いや、捕食者として、容赦なく貴様という肉を喰らうのみ……!!〉
そう言って、ガウフロストは先手必勝の爪を繰り出した。大きな図体に似合わない程の速さと、大きい図体ならではのリーチの長さ、この二つの要素がある攻撃は、補助を専門とする普通の召喚士なら避ける事はおろか、防ぐ事だって出来ない。……そう。普通の召喚士自身ならば。
「アルくん!」
ガキンッ!!
〈!!?〉
ワウルは臆さず瞬時に防御力が高いアルマジロ型のモンスター、アルマジロックのアル(オス)を召喚し、その岩盤のように硬いアルの背中の甲皮で自分の身を防いだ。一瞬の出来事だったため、ガウフロストは想定と違う手応えに驚きを隠せなかった。
「ルゥくん!リィちゃん!」
その隙を逃すまいと、ワウルはルゥとリィを左右に散開させ、ガウフロストの前脚に跳びかかり、それぞれ噛みついたり引っ掻いたりをし、少しでも機動力と支える力を落とす。
〈このぉ……っ!!〉
グワァァオオォォンッ!!!
しかし、そう易々と倒してくれる訳がないのが超危険種。鼓膜が破けるどころが大地にヒビが入るのではないかと思うくらいの咆哮を上げた。ほぼゼロ距離で聞いたルゥとリィには効果は絶大。脳が揺れたのか、はたまた鼓膜がやられてしまったのか、白目を剥いて気を失ってしまった。それと同時に、ワウルが管理している召喚獣用の異空間に強制送還されてしまった。
「ルゥくん…!?リィちゃん…!?」
〈よそ見してる暇があるか?【氷柱散弾】〉
その様子にワウルが駆け寄ろうとしたが、好機を逃そうとしないのは向こうも同じ。機能が落ちてしまった前脚の代わりに二本の尻尾の先にある複数の氷柱と魔力によって作られた氷柱の雨をワウルに向けて撃った。
(……そんな……ボクは、ここで敗けちゃダメなのに……!)
間に合わない、そう感じてしまったワウルは、諦めと悔しさ思わずに目を閉じた。
ズガガガガガガ……ッ!!
(あ、あれ……?)
音は響いていれど、痛みがない。どういう事かと目を開けると、そこにはアルがいた。アルが、持ち前の防御力を使い、身を挺して主を守っていた。
「アルくん!?な、何してるの!?ダメだよ!!」
召喚獣としては正しい行動だが、主であるワウルはそのような指示を出していないため、どうしてそんな自己犠牲に近い行動をするのかが分からず、必死に制止の言葉を投げかける。しかし、アルは主の言葉に耳を貸さなかった。言う事を聞いてくれないアルに困ったワウルは、訳が分からずアルの目を見つめた。すると、ガウフロストの声ではない、誰かの意思が聞こえた。
〈イタイ、ケド、アル、アルジ、マモル〉
(どうして?)
ワウルは、さっき聞こえた意思の持ち主がアルのものだと感じた。確証はない。しかし、間違いない。アルは、自らの意思でワウルを守っているのだ。
(……いや。違うんだ……アルくんだけじゃない……)
〈主、オレガ居ナイト駄目ナンダカラ〉
〈ゴ主人様ハ、私達ガ守ラナキャ〉
〈伝言、シッカリ伝エル。戦エナイ分、ココデ役立テル〉
ガウフロストに持ち前の牙で噛みついたルゥも、爪で引っ掻いていたリィも、戦闘能力を持たないメッセさえも、ワウルが人間時代から手懐けた全ての召喚獣はもう、主従とか関係ない。どんな形であれ、ただご主人の為に役に立ちたい。その一心で職務を全うしていたのだと……今更ながらに気付いた。
(……それなのにボクは……――――)
「―――― グ…ッ!」
自分の不甲斐なさに落ち込んでいた所で、誰かが苦痛の声を上げた。アルでなければガウフロストでもない。ましてやワウル自身でもない。……という事は、まさかと思い、ワウルが後ろを振り向くと……ワウルの背後からずっと見守っていたクロードの脇腹辺りに、ガウフロストが飛ばしている氷柱が刺さったようである。
――――その光景を見た瞬間、ワウルの頭は真っ白に……否、真っ新になった。
「アルくん!コレ食べて!」
するとワウルは、アルに何か石のような物を複数個食べさせた。
「ドゴーくん!……ちゃん」
続けてワウルは、眼帯を外しながら新たな召喚獣、ガウフロスト程の大きさ(高さ)はないが、ガウフロスト以上に筋骨隆々のゴリラ型モンスター、ボルトゴリラのドゴー(オス)と、小声で呼んだ姿の見えない何か(ちゃんと言っているため多分メス)を出し、反撃を行う。
ゴアァァァアアアーーー!!!ドドドドドドドド……ッ!!!
召喚と同時に、まるで怒号のような雄叫びと、雷が迸っているようなドラミングの音を上げて威嚇した後、すぐさまガウフロストの首根っこに掴みかかった。それと同時に、逃がすまいと自分の体内に貯め込んでいた電気を、これでもかと言わんばかりの量を浴びせた。
〈グ…ッ!この、デカいだけの猿風情がぁ…!……ぬっ!?〉
ドゴーのとてつもない握力と電撃からなんとか抜け出そうとしたガウフロストだが、突如目に見えない何かに縛られた感覚が全身に駆け巡った。どういう事かと、辛うじて動かせる視線で原因を探すと、眼帯で隠れていたワウルの右目が、三本の引っ掻き傷の痕がある金色の瞳が、アルの脇から覗き込むようにガウフロストを捉えている事が分かった。あの瞳によって、ガウフロストの動きを封じている。それは即ち――――。
〈貴様、魔眼の持ち主だったのか!!〉
そう。ワウルの右目は、視界に入った対象の身体から自由を奪う、いわば拘束の効果を持つ魔眼なのである。彼が普段身につけている眼帯は、仲間や世話をしている魔獣達に誤って発動しないようにするために、クロードが特殊な魔法陣を込めて作った特別製なのである。
〈この…!【氷柱槍】!!〉
このままでは今掴まれているドゴーに首をへし折られてしまう。身動きが取れないならばと、先ほど撃っていた【氷柱散弾】のような広範囲且つ連発で撃てる魔法攻撃から、一発ずつしか撃てない代わりに威力が段違いの魔法攻撃に切り替えた。貫通性能があるこの魔法ならば、ワウルの身を守っているアルだってタダでは済まない。拘束の効果があると言っても、ワウルの魔眼は、あくまで対象の身体を拘束させるだけで、動く必要のない魔法攻撃は対象外なのである。ワウルにとっては幸いな事に、その大きく尖った一本の氷の槍を、ワウルだけでなく、アルとドゴーも撃ち抜こうという発想は、今のガウフロストの頭には「猿より先に、厄介な子犬の召喚士を仕留めなければ…!」という、アルはもう眼中にないような考えしかなかったため、残念ながらそこまで思い付かなかったようだ。
「アルくん!」
〈遅い!〉
狙われていると分かったワウルは、アルに防御をお願いするが、距離はあれど高速に飛ばせるガウフロストの魔法攻撃と、移動する距離が短くても鈍足なアルでは、どちらが先にワウルの元に辿り着くのか、想像に難くない。
ズドンッ!バリィーーーンッ!!
――――のだが、ガウフロストの魔法攻撃は、ワウルに届かなかった。何故なら、アルが咄嗟に左に倒れ込んで防いだからだ。その結果、氷の槍はアルの甲皮にぶつかったと同時に粉々に砕け散った。
〈何ィッ!!?〉
その光景に、ガウフロストは驚愕した。無理もない。ただでさえ超危険種の魔法攻撃の威力はそこいらの魔術師より高い。それに加えて、先ほど撃った氷の槍には貫通性能がある。いくら防御面が優れていても、超危険種でもないモンスターであるアルの甲皮如きを貫けないなんて、ガウフロストにとってはあり得ない事であり、あってはならない事である。そう戦慄したが、攻撃が当たった箇所から少しずつ、アルの甲皮の表面がボロボロと崩れ落ちていった。
〈なんだ、ただのまぐれで防げただけか……んなっ!!?〉
ならば、もう一発撃てばアルごとワウルを仕留める事が出来る。そう思ったが、岩のように不揃いでゴツゴツとしたアルの甲皮の表面から、規則正しい配列でスッキリとした綺麗な結晶の甲皮が顔を見せた。
〈馬鹿な!このタイミングで突然変異だと!?〉
「違うよ」
どういう事なのかと、戸惑いを隠せないガウフロスト。その様子に、滑稽とも哀れとも思わないワウルは、自分らしからぬ態度で種明かしを淡々と話した。
「陰で見えない所で、アルくんにある物をいくつか食べさせたの」
〈…ある物…?〉
「ボクの魔力を込めた、魔塊結晶だよ。ボクが持っている召喚獣の中には、肉食や草食以外にも、アルくんみたいに鉱物を食べる子もいるの。そういう子には基本、ボク達がかき集めた鉱石を与えるんだけど、何かのお祝いとかご褒美とかでたまに魔塊結晶をあげるの。その子にとって魔塊結晶は美味しい物で、力の源になるらしいけど、短い期間でいっぱい食べさせると、召喚獣に負担がかかって、最悪命を落としちゃうからね。そうならないように、日々の食事はちゃんと管理しないとね。……いざという時のためにね」
〈何が言いたい?〉
「……一定以上の魔塊結晶を食べたアルくんの防御力はもう、超危険種と言って良いくらいの召喚獣に進化したってことだよ?」
〈な……っ!!?〉
理解が追いつかないガウフロストに、ワウルは「何を当たり前のことを……まさか、そんな事も分からないの?」と煽りとも呆れとも言えない、何とも冷たい眼差しを向ける。その眼差しを向けられたガウフロストは、魔眼の拘束以上のナニカに怯んで凍り付くしかなかった。
「……さて、これ以上魔法を使わせる訳にはいかない、よね。じゃあ、ルゥくん。リィちゃん。お願い」
〈何…ッ!?〉
目の前の超危険種との戦いにそろそろ飽きてきたワウルは、再度氷牙狼のルゥと白魔狼のリィを呼んだ。すると、振り返ろうにも魔眼によって振り返れなかったガウフロストの背後から突然ルゥとリィが出てきた。消滅したと思っていた召喚獣がこの短時間で復活する筈がない。そう驚いている内に、ガウフロストの魔法の根源とも言える二本の尻尾を、リィが片方の尻尾を爪で切り離し、ルゥは持ち前の鋭い牙でもう片方の尻尾を噛み千切った。
グルワァアア……ッ!!!
同時に二本の尻尾を奪われたガウフロストも、これには流石に【念話】で喋る暇などなく、悲痛の咆哮が上がった。
「ボクと召喚獣は血の契約を結んでいるの。どんなにボクの召喚獣を倒しても、ボクが生きている限り何度だって呼び戻せるし、最古参がいる限り、万全の状態で復帰させる事が出来る。……つまり、ボクが本気になれば、いつだってキミを倒せるくらいに強い召喚獣が作れるってことなの」
痛みに悶絶するガウフロストを、絶対零度より冷ややかな無の表情で見つめながらそう言い放ち、ワウルはドゴーにトドメを刺すように指示を出した。
グキリ……ッ!!
その直後に、ドゴーの腕力と握力によって、ガウフロストの首は時計回りに捻るように圧し折られた。……こうしてガウフロストとの戦いは終わった。
やっと終わったか。……まったく。ワウルは元・勇者団の中では一番無害そうだが、その気になれば誰よりも容赦がないくらいに強いのに……。そう思いながら、オレは何事もなかったようにスクッと立ち上がり、脇腹に刺さった氷柱を抜き取り、そこら辺に捨てた。
「クロード!だ、大丈夫!?ごめんね?怪我しちゃったよね!?ごめんね?致命傷じゃないよね!?ごめんね?し、死なないよね!?ごめんね?ボクがモタモタしてたから、こんな事になったよね!?ごめんね?アルくんだけじゃなくて、ほかの子にクロードを守るようにすれば良かったよね!?ごめんね?いや、それより早く回復薬使って怪我を治すべきだよね!?ごめんね?鈍臭くてごめんね?本当にごめんね?」
その直後に、さっきまでの冷たい態度はどこへ行ったのやら、顔を青ざめて泣きそうになっているワウルがオレの所まで駆け寄り、謝りながら詰め寄ってきた。このグイグイ来る感じ、なんか怖い。正直フェイアの時とは違ってよく分からない恐怖感に駆られている。何故だ?
「いや。大丈夫だ。ちょうどアバラの下を通り抜ける感じで当たっただけだ」
とりあえず、心配するなと言うように、ワウルの頭をポンポンと撫でた。それを聞いたワウルは安堵し、オレの手を受け入れている。耳も尻尾もご機嫌だ。
「お前達も良くやったぞ。ルゥ。リィ。アル。ドゴー。イム」
勿論、ワウルの召喚獣も労っておかないとな。一度やられてしまったが、不意を突いて力を削いだルゥとリィはクゥと鼻を鳴らし、進化を経てずっと主を守り続けたアルは、オレまで防げなかった事に負い目を感じているのか少し気まずそうに指を弄り、動きを封じて最後にトドメを刺せたドゴーはウホホッと誇らしげに鳴き、そして半透明の身体を利用してガウフロストの背後に回り、ルゥとリィを短時間で復帰させた半液物質 型の改良種リカバリースライムのイムはキュキュと可愛い声で鳴いていた。
「……さて、ワウル。これで一段落ついた訳だが、あの死体はどうする?一部は商品の材料として、オレの店に持って帰ろうかと思っているのだが」
ちょうど眼帯をつけ直したワウルに、オレは問いかける。少し話しかけるタイミングが早かったようで、ワウルは慌てて答える。
「う、うん!クロードは欲しい分だけ持って、先に帰ってて?残りはボクが処理するから」
処理?何をするつもりなのかは分からないが、気にしても仕方ない。とりあえずオレはガウフロストの皮、爪、片方の尻尾を剥ぎ取って超次元袋にしまった。……さて、今回の依頼はこれで終わった事だし、あとは帰るだけか。
「じゃあ、オレは先に帰るぞ」
「う、うん……ここまで余計な手間かけさせちゃって、本当にごめんね?」
オレはワウルに別れを告げると、ワウルは最後の最後で申し訳なさそうな表情で返事をする。まぁ、終わった事だし、「気にするな」とだけ言って、転移魔法で店に帰った。
いかがですか?
次回はこのお話の直後のワウル視点の幕間回になります。
短い話になると思うので、そこまでの期間は空かないかと思います。
それでは、次回まで気長にお待ち下さい。