幕間:メイドが誰かに恋をするのはいけないこと?
どうも皆さん。緒蘇輝影丸です。
一年以上更新が遅れたお詫びの幕間回です。
時は遡り、クロードとフェイアが[溶岩竜]マグナロスとの遭遇した頃の魔王城、ジェノサイド城での話。
突然ですが私、ミリーク・ビナンシュは、このお城に働く新人侍女達の抜き打ち検査をしております。私の指導を忘れずに掃除、洗濯、料理、整理整頓など、ありとあらゆる家事をそつなくこなしているかを不定期に視察する。それが、このお城の侍女長を引退してなお続けている私の数少ない仕事であります。
恐らく、私の事をよく知らない新人侍女達からすれば、鬱陶しいと思われるでしょう。……しかし、侍女たるもの、完璧にとは言いませんが、出来るだけ奉仕の限りを尽くし、このジェノサイド城の住人の一人として、城主様であるロスト様とイリアス様、そして十代目魔王様であられるスフィア様、お嬢様に仕えるべく従者(労力)として、絶対の忠誠を捧げなければならない。もし一つの過ちで主達の信用を失えば、侍女としての存在価値も失い、激昂して即座に首を撥ねられるか、蔑みを通り越して興味を無くした眼差しで見放されるか、過剰な暴力によって心身が共に壊れるか、性欲の捌け口にもならないと飽きられるか、いずれにしても最終的には捨てられる。厳しいでしょうが、それが一人前の侍女になる為に必要な覚悟です。……ですので、侍女の皆さん。私がこのお城に来ている事を把握しておりますでしょうが、今更取り繕っても無駄ですよ?しっかり職務を果たしているのなら、私が来たところで動揺なんてしないのですから。
そんな私ですが、デッドオーパーから出張して五日目を迎えました。同時に、我慢の限界を迎えています。それも二日ほど前から。何を我慢しているのかと言いますと……。
(クロード様の声が聞きたいです……)
クロード様。私が密かに想いを寄せている方の事です。何時からなのかは覚えていませんが、この抜き打ち検査ように、何日も彼の元を離れていると……なんと言えばいいのでしょうか……いえ。本当は分かっています。私が今抱いているこの感情が何なのか。
……寂しいのです。
まさかこの私が、一人の異性に心を乱されるなんて。もし人間時代の私が、現在の私を見たら、きっと「従者風情の私が恋愛に現を抜かすな!この愚か者!!」と罵っていたでしょうね。……いえ、人間時代の私も大概でしたね。あの日の私……というより、元・ミドメイラの王宮、ユートティア城の従者であった我々がイリアス様から目を離してしまったばかりに、みすみす魔族の手に渡ってしまうという従者史上最大の大失態を犯してしまったのですから。……本当に、自分の不甲斐なさに呆れるばかりです。
自分で言うのも何ですが、王宮の侍女長として働いていた頃の私は、ゴロツキといったそこそこ戦える者達が相手でしたら三分以内で片付けられるほど、侍女としては結構強い部類に入っていました。……しかし、それはあくまで我が身を守れるだけで、イリアス様という護るべき存在を完璧に守れる訳ではありません。ですので、攫われたと知った瞬間、この世の終わりと感じるくらいショックでした。それでも私は、イリアス様のご無事を信じ、従者の皆さんが放置してしまった職務を代わりにやりました。たとえ自分自身が鬱になっても可笑しくないくらいの自己嫌悪に陥ったとしても……。
攫われたあの日から数日経ったある日、勇者ライド様(現・ロスト様)率いる勇者団が、イリアス様の父上(無論故人)にイリアス様の奪還を承ると申し込んだ時は、従者である我々も藁にも縋る思いでお願いしました。そこでクロード様は、侍女長であった私の所へ歩み寄り、こう言ってくれました。
――――オレがまだ成人する前の頃、最後の試練と称して、師匠(お世話になった恩人)を自分の手で殺さなければならない状況に立たされた時、師匠との思い出と師匠からの試練の板挟みに苦しんだ事がある。それで、いざ師匠を殺めた後で、心に穴が開いた感じになったのを今でも憶えている。……まぁ、状況は全然違うが、大切な存在が傍に居ない寂しさは、なんとなく分かるぞ。
と自ら古傷を抉ってでも、私を慰めてくれました。クロード様の過去を知った私は思わず、「何故そこまでして私を慰めようとするのか」と聞くと、「別に大したことじゃない。侍女長だから一番責任を感じてるんじゃないかと思っただけだ」とそっぽ向きながら言いました。
それから勇者団の皆さんがイリアス様を連れて帰って来るまでの間、私はイリアス様と勇者団の皆さん……特にクロード様のご無事を祈るばかりでした。
それ以来ですかね。クロード様の事を一人の男性として意識するようになったのは……。クロード様が城を離れて自分の店、デッドオーパーを開くと聞いて、好機と思い、「お手伝いします」と自己申告するほどに。
(我ながら結構長い片想いですね……)
数百年もの間、彼のことを想い続ける私って異常ですかね?
「――――ク?」
えっと……人間時代から想い続けているのですから……大体405年くらいですか(厳密には407年)…………明らかに長すぎますね。
「……リーク」
ここまで想い続けているのにまだ告白もしていないなんて、どれだけヘタレなのですか。私。
「……ミリーク。……聞こえてない?」
「ひゃっ!?」
廊下で立ち往生していたら、不意に背後から指を突かれ、驚きのあまりに甲高い声を上げてしまいました。
振り返ると、そこにいたのは、ジェノサイド城の夜間警備隊長であり、元・勇者団の一員でもある吸血鬼族の暗殺者、エルダ様でした。ポーカーフェイスなので、普通の方でしたら彼女の表情は読み取れません。ですが、長い付き合いである私達にかかれば、顔のパーツのちょっとした変化と、彼女が短く発した言葉の内容で今抱いている感情を読み取れる事が出来ます。アドバイスの一つとして、まずは声のトーンで判断することをお勧め致します。この場合、何度も私に声をかけていたにもかかわらず、考え込んでいてピクリとも反応しなかったせいで、不機嫌になっています。傍から見てしまえば、小柄な体型と童顔が相まって、エルダ様がただの子供にしか見えません。……これを本人の前で言ったら、間違いなくお尻を叩かれますね。叩きやすいお尻と評された事がありますので。まぁ、私達以外でしたら即血祭りになるでしょうが……おっと、いけません。そろそろ返事をしませんと。
「も、申し訳ございません。エルダ様。少しボーッとしておりました」
エルダ様はその場しのぎ目的の下手な誤魔化しや笑えない冗談、嘘といった虚偽を嫌っておりますので、何も言い訳せず、素直に頭を下げます。信頼関係というのは、一度崩れてしまうとなかなか直せませんからね。それに今のは完全に私の落ち度ですし。
「……うん。許す」
エルダ様の声がいつもの調子に戻りました。良かったです。
「……で、何考えてたの?クロードの事?」
安心した矢先、エルダ様が直球に問いかけます。しかも私にとっては致命的、図星という名の【一突き】されたかのような大当たり。エルダ様ほどポーカーフェイスではありませんが、私もそれなりに平静を装うのが得意な方だったのですが……。
(……もしかして私、顔に出やすいのでしょうか?)
そう思った瞬間、エルダ様は何故か一度コクンと頷き、こう言いました。
「……分かりやすい」
……どうやら心を読まれたようです。裏社会で働く暗殺者というのは皆ここまでの洞察力をお持ちなのでしょうか?それとも、エルダ様だからこそ?……いえ。違いますね。私がエルダ様の顔色が分かるのならば、エルダ様も私の顔色が分かるのでしょう。なんだかんだで、エルダ様とも長いお付き合いですからね。
「はい。その通りでございます。もう百何年もこの抜き打ち検査をやっておりますが、何度やっても、この感覚が直りません。クロード様のお傍を離れると、つい色々な事を考えてしまうのです」
隠す必要はないと判断した私は、素直に何を考えていたのかをエルダ様に伝えました。
「シエル様に呼び出されて過剰なスキンシップを受けていないか、あの数少ない常連客であるラキナ様に惑わされていないか、知らない間に見ず知らずの異性と仲良くなっていないかと、本当に色々と考えてしまう。……これって、いけない事でしょうか?」
「……ミリーク、贅沢。……というか、我が儘」
「え?」
素直に言った矢先、エルダ様の機嫌がまた悪くなりました。先ほど無視された時よりも格段に。
「……エルの仕事、この城、警備。……ミリーク、この仕事、終わる、また、一緒。……エル、緊急時以外、会えない。……シエル、すごく怒る時、みたいに」
いつも短く要点しか言わないエルダ様が、珍しく長めのセリフを言った。長く言うにつれて段々語気が弱まり、眉根も下がってきている(傍から見ると大して変わらないように見えますが)のを見て、私は気付いてしまいました。エルダ様も私と同じ気持ちであると。
「……そこまでクロード様にお会いしたいのでしたら、伝言鴉を使い、こちらへ来るようにお願いすれば宜しいかと思います。クロード様は、物好きなお客様と依頼が来ない限りお店で眠っていますから」
……いいえ。たとえ気持ちが一緒であっても、エルダ様には人間時代の頃から勇者団の一人として共に旅をした事によって培った深い絆があります。依存とも言えるでしょうが、ロスト様とクロード様を始めとした勇者団の皆さんには、それぞれの魅力があります。一度皆さんの魅力を知ってしまえば、崇拝的な依存をしても仕方ありません。私もその内の一人なので。エルダ様の場合、暗殺者としての冷酷さとは裏腹に、儚さも持っています。だからでしょうか、その様子を見た私は、同情してしまった訳でも、敵(と言うほど仲が悪い訳ではありません)に塩を送る訳でもありませんが、エルダ様の想いを汲み取り、一つだけ思いついたアドバイスをしてみました。すると、エルダ様は少しだけ見開いた目で私を見つめた。……予想外だったのでしょうね。同じ気持ちでありながらわざわざ教えてくれた事が。そんな目をしていました。
「……なんで、教えたの?」
「私はクロード様の侍女以前に、このジェノサイド城の侍女長ですので♪」
私はエルダ様の問いかけに、ウィンクと少し茶目っ気混じりの笑顔で返答をします。その様子にエルダ様は、あまりにも私らしからぬ行為に多少面を食らったようですが、すぐにいつもの調子に戻り、返事をした。
「……侍女長の前、元、付く。……けど、アリガト」
私の立場に対する軽口と、慣れない感謝と微笑みを添えて。
――――私はきっと……いえ。エルダ様の笑顔を忘れる事は絶対にないでしょう。同じ女性である私でさえそう思えるくらい、エルダ様の笑顔は素敵でした。
「……ただ、その態度、ウザい」
「あっ。申し訳ございません……!」
それから三日後、ミリークは、ロスト達に抜き打ち検査での報告と挨拶を済ませ、すぐさま闇属性の絶技【潜陰影】を使って、クロードのいるデッドオーパーに帰ってきたのだが、後にクロードとフェイアがインフェルノでデートしていた事を知り、怒り(別にクロード達は何も悪くないのは分かっている)を通り越して、大人げなく……というより、駄々をこねたが思い通りにいかなかった子供のように拗ねてしまった。理由は分かっていなかったが、当事者の一人とも言えるクロードは、とにかくミリークに何度も謝罪をした。……しかし、二日ほど口を利いてくれず、困り果ててしまい……。
「……オレ、もしかしてミリークに嫌われたのか……?」
……と、夜時間になってすぐさま不貞寝したミリークを見ながら、独り寂しく呟いてしまう程に落ち込んだ。
いかがですか?
今回は、前回と前々回と同時期のミリーク視点の幕間回です。
前回の内容が書けず、先にこちらを書いてしまい、投稿が物凄く遅れました。
申し訳ございません。
次回のネタはまだ考えていないので、
またかなりの間待たせることになるでしょうが、気長にお待ち下さい。