立候補者演説
「さあ、皆様。今日は学生長立候補者の演説日です。なにかと注目されている今回の選挙ですが、各候補者どのような演説を行うのでしょうか。それでは準備ができるまでもうしばらくお待ちください。」
全学生が集められた講堂の壇上で司会の学生が拡声魔法を使って進行をする。
私は他の二人の候補と一緒に演説を行うべく座って待機している。
クロト先輩なんて、「またしても私の邪魔をするのか!」って目でこっちを睨んでくるし。
なぜこうなってしまったのか。
数日前の私に会えるなら、今すぐミアが部屋を出て行くのを止めさせる。
―――――――
掲示板に候補者が張り出されたあと、私はすぐさま取り消しを要請しに行ったが、認められなかった。
その足で間髪入れずにミアに抗議をしにいった。
「おい。これはどういうことだ?」
「セ、セリナ…。その、怖すぎるぞ…。」
「なんで私の名前があるんだ?」
すでに私の威圧感に気圧されたイスラは机の下に避難している。
「そ、そのだな。さすがに立場的に私が立候補するわけにも行かないと思ったというか…。」
「ほう。」
「それに…。イスラを立候補させるのもなんだかなぁっと思って…。」
「ふーん。」
「だ、大丈夫だ。今回は派閥闘争がメインだからセリナが通ることはないはずだ。」
「へぇー。」
「うぅ…。頼むから許してくれないか…。」
ミアが涙目で懇願してくる。
「はぁ。仕方ないわねぇ。」
「本当か!」
「その代わり、ミアには働いてもらうからね。」
「もちろんだ!」
さすがに親友が泣きそうな顔で許しを求めてきたらこれ以上いじめるのもかわいそうになる。
ともかく、しばらくはミアをこき使ってやろう。
「ところで、クロト先輩は知っているけど、もう一人のロイス先輩って誰?」
私は机の下を覗きこんでイスラに尋ねる。
「ひぃ! お許しください! お許しください! 私には愛する妻と夫がいるんです!」
「なにわけのわからないこと言ってるのよ。てか、あんたその家庭の何者よ。」
イスラを机の下から出してやりながらツッコミを入れる。
「ああ、元に戻ってくれたのね。ホント、セリナが怒ると怖いんだからね。」
「はいはい。それで、ロイス・シュレック先輩って誰?」
「ロイス先輩は侵攻派の筆頭だね。シュレック侯爵家の嫡子よ。」
「なるほど。」
「なるほどって、ミアは知り合い?」
「いや、ロイス先輩のことは知らない。だが、シュレック侯爵家は貴族の中でも武断派で有名な家でな。帝国との戦争でも武勲を上げている。」
「あ、そういえば。昔ワーガルに攻めてきたことがあるってフランクさんから聞いたことがある気がする。」
「ああ、先日戦史の授業でも出てきたな。当時自警団だったワーガル騎士団が名を上げた戦いのはずだ。」
「うわぁ…。どっちも因縁がある相手じゃない。最悪…。」
私とミアが話していると、イスラが頬を膨らませながらこちらを見ていた。
ああ、きっと自分が会話に入れないから少し拗ねているんだな。
全く、可愛いやつめ。
「ねえ。私たちはシュレック侯爵家については知っているんだけど、ロイス先輩個人は知らないの。改めて、イスラ教えてちょうだい?」
「ああ、私からもお願いする。」
「ふふふ。もちろんよ! ロイス先輩はシュレック侯爵家始まって以来の天才と言われているそうよ。」
「なるほど。つまり強いのか。」
ミアが目を輝かせながら尋ねる。
ルクレスさんの英才教育の賜物である。
女子としてどうかとは思うが…。
「強いのなんの。入学以来決闘で負けたことは一度もないって話よ。」
「ほう!」
「ミア、お願いだから選挙前に問題を起さないでね。」
「う、うむ。わかっている。」
ミア、頼むから本当にお願いよ。
なにか起したらルクレスさんに泣きついてやるからね。
「あとね、3年生のネリン・エッサ先輩っていう側近が居るの。伯爵家の人らしいよ。」
「エッサ家ってシュレック家に仕えているの?」
「いや、エッサ家は王国南部の貴族だったはずだ。シュレック家とは地理的に離れすぎている。」
こういうときミアは頼りになる。
「なんでも、1年生のときにネリン先輩がロイス先輩に陶酔したみたいよ。」
「うわまじかぁ…。」
「あとは噂によるとロイス先輩、一昨年の修羅の塔返還のときには納得できなくて、街道のモンスター相手に大暴れしたそうよ。」
「ええ…。ガチのやつじゃん。」
「だから、セリナ。」
「うん?」
「気を付けてね。」
―――――――
あのときのイスラの微笑みは今でも忘れない。
あれは「いざとなったら葬儀には参列するからね。」って目だった。
もはや、猛獣の檻に入れられたウサギ状態だ。
「お待たせしました。これより演説を開始します。まずはクロト・カフン候補、前へ。」
「はい!」
クロト先輩が壇上に上がる。
いよいよ始まった。
「皆さん。3年生のクロト・カフンです。今この世界は大きな流れができています。一昨年の帝国に対する修羅の塔返還、南方のエシラン共和国との通商条約。そう、世界がまとまるときがきたのです。未来を担う我々こそこの流れを受け継がなくては………。」
それからクロト先輩は過去の魔王侵攻のようなことに対応するためにも融和が必要だとか色々なことを言って演説を終えた。
ハッキリ言って融和派の宣伝だったが、無派閥層の票を獲得するためにカッコいいことを言っておくことが重要なのだろう。
「ありがとうございます。次はロイス・シュレック候補、前へ。」
「ああ。」
そう言うと私の隣に座っていたロイス先輩が立ち上がる。
先日クロト先輩を助けたコート先輩とは対照的にがっちりとした体格で、金髪も短く刈っていた。
「皆の者、ロイス・シュレックだ。長々と話すつもりはない。まず、一言。君たちは王国を愛しているか?」
その一言に会場はざわめく。
「続けよう。そもそも、学年の関係で立候補できないコートの傀儡であるクロトや、腕がありながら日用品しか作らない腑抜けの娘が立候補しているのが不愉快である。」
会場はさらにざわめく。
「最後に。帝国や共和国を手に入れればそなたらの家も豊かになるぞ。以上だ。」
それだけいうとロイス先輩は席に戻ってくる。
会場は未だにざわつきが収まらない。
「皆様、お静かにしてください! 次は最後の演説です。セリナ・エルス候補、前へ。」
「はい。」
私は腸が煮えくり返るほどの怒りを抑えながら壇上へと向かう。
「どうも。先ほどご紹介に預かりました、腑抜けの娘です。」
会場に笑いが起こる。
「えーと。私は知ってのとおり、融和派でも侵攻派でもありません。というか派閥争いに興味はないです。うるさいし、邪魔だし。なにより王国の今後がどうとかより学生長になったらなにしてくれるかのほうが重要だし。」
私は一呼吸置いて続ける。
「えー、というわけで。私はこの学校をどうしたいかについて話したいと思います。」
それからは、学生長令を使ってできることや学校に交渉していくことについて話した。
なんでこんなにも真剣に演説しているのか自分でも不思議であったが、やはりお父さんをバカにされて頭に血が上っていたのかもしれない。
気が付けば持ち時間いっぱいまで話してしまい、司会の人に止められてしまった。
―――――――
「うわぁぁぁぁ! はずかしぃぃぃ!」
「いや、いい演説だったぞ。」
「うんうん。私も感動したよ。」
「あああぁぁぁぁぁ!」
「おいおい。枕に向かって叫び過ぎだろう…。」
私は今自室のベッドで悶絶している。
演説が終わるなりダッシュで部屋に帰ってきた。
が、急ぎ過ぎて鍵をかけるのを忘れていた。
そのため後を追いかけてきたミアとイスラの侵入を許してしまった。
これでは自害できない。
「ミア、私を雷虎の錆にしなさい!」
「できるか!」
「なら、イスラ!」
「私は武器持ってないよ! てか持っててもやらないよ!」
どうしてこうなってしまったのよぉぉぉぉ!