因縁の相手
大英雄訪問騒動から一夜明けた日、私は5限の法学を終えて6限の会計学へ移動のため廊下を歩いていた。
すると突然、男子生徒に呼び止められる。
「貴様がセリナ・エルスだな。」
「ええ、そうですけど。あなたは?」
「私は3年生のクロト・カフンという。」
「はあ。」
クロトと名乗る金髪の先輩は名乗るだけ名乗るとこちらを静かに見ている。
なんなんだろうこの死ぬほど失礼な人は。
無視して行っちゃおうかな。
「貴様。もしかして私のことを知らないのか?」
「すみません。存じ上げないですね。」
「なっ! 融和派の副長にしてカフン伯爵家の長子たる私を知らないだと!」
「ああ、派閥の勧誘ならお断りしますね。」
「ええい! 今回は勧誘ではない! 貴様には私と決闘をしてもらう!」
「えぇ…。なんでですか?」
「父の仇を果たすためだ!」
「私、先輩のお父様になにかしましたっけ?」
全くもって身に覚えがない。
カフン伯爵家はなんとなく聞いたことがあるような気がする。
うーん。我が家は社交界とは縁遠い生活をしていたから貴族の話は疎いんだよなぁ。
「いや。貴様がなにかしたわけではない。貴様の父、トウキがしたのだ。」
「はあ。」
「私の父バートは、貴様の父トウキによって民衆の前で糞尿を垂らすという辱めを受けたのだ! その仇を討たせてもらう!」
「あの。」
「なんだ!」
「6限があるのでまた後でいいですか?」
「ああ。それなら仕方ない。授業は大切だからな。」
「ありがとうございます。では。」
私は走って教室まで移動する。
おそらくあの手の男は意地でも私に決闘を挑むだろう。
ただ、授業に行かせてくれるあたり完全な悪者ではないのがわかる。
ともかく決闘の前に最強の助っ人をお願いしておかないと。
しかしなんでお父さんのゴタゴタに私が巻き込まれなくてはならないのか。
今度実家に帰ったら仕送りの増額を要求しよう。
その日の夜、わざわざクロト先輩は私の部屋を訪ねてきて、決闘の日時を次の休日と宣言した。
私も学生長に仲裁を頼んで金銭などの代償を支払うのは癪なので受けて立つことにした。
ついでに私が勝ったら金輪際私に決闘を申し込むなという条件を付けた。
強制ではなくなったとはいえ、申し込んだ者に有利な制度なんとかしてくれないかなぁ。
―――――――
決闘当日、どこから情報が漏れたのか指定された場所には野次馬の輪ができていた。
中心には私とクロト先輩、それに立会人のイスラがいた。
「ふむ。よくぞ逃げずにやってきたな。」
「先輩こそ降伏するなら今の内ですよ。」
「ほう。よく言う。では、そろそろはじめようか。」
「はい。私も早く終わらせたいので。」
私のその言葉を聞いて、クロト先輩は両手に泡立て器を構える。
あれだけ言っておきながらお父さんの製品を使うのか…。
「戦いに勝つためには手段は選ばん! 父は日頃から自分を倒した泡立て器が一番強いと言っていた!」
多分それは自分が負けたことを少しでも正当化するためなんじゃないですかね。
まあ、いいや。
残念だけど、泡立て器が最強でないことを教えてあげましょう。
「それで、貴様の得物はなんだ?」
「すみません。私はあいにく武器を持っていないので、代わりの者に戦わせます。」
「なんだと!」
「代理人は認められたルールですよね。」
「ええい! ならさっさと呼べ!」
「ミア。お願い。」
私がそういうと、野次馬の輪から青髪の美少女が歩み出てくる。
腰には一振りの刀を携えている。
「私がお相手しよう。」
「ははは。誰が出てくるのかと思えば、武器が剣なのか。私の父と同じ負け方で倒せるとはなんとも皮肉が効いていてよい!」
「ふむ。名工トウキが鍛え、大英雄ルクレスが愛用した雷虎の切れ味。お見せするとしよう。」
「はい? 今なんと言った?」
「はい。はじめー。」
クロト先輩の疑問に答えることなくイスラが開始の合図を出す。
両者武器を構えているのであるからルール上全く問題はない。
「ちょ、まった! ぐふへ!」
勝負は一瞬だった。
イスラの合図に素早く反応したミアが雷虎を打ち下ろす。
クロト先輩もこれに反応して泡立て器を構えて防御したのだが、泡立て器はそのままひしゃげ、ミアの一撃は見事に頭にヒットする。
そして、そのままノックアウトされてしまう。
「ふう。イスラ、判定を。」
「しょ、勝者はセリナ。」
「ミア、お疲れ様。」
「なに。雷虎もたまには使ってやらないといけないからな。」
「と、ところでこれ大丈夫なの!」
イスラは倒れた先輩を指差してあたふたする。
「大丈夫でしょ。峰打ちだったし、ミアも手加減してたし、泡立て器で防御もしてたし。」
「ああ。殺してはいないはずだ。まあ、仮に殺していても罪には問われない。」
「そういう問題じゃないでしょ!」
私たちが騒いでいると、先輩の下に紺色の髪の毛の男子生徒が駆け寄る。
その男子生徒は完全に伸びている先輩を抱え上げる。
野次馬の女子がなにやら騒がしい。
「いやー、こいつが迷惑かけたようだね。あとは俺が医務室に運んでおくよ。それじゃ。」
それだけ言うと、医務室の方へと去っていく。
「今の誰?」
「あれ、セリナ知らないの?」
「私も知らないな。」
「ミアもか。あんたたちねぇ、もう少し学生間の話題にも興味持ちなさいよ。」
「「興味ないんで」」
「はぁ。今の人は4年生のコート・マクシンリー先輩。子爵家の長男で融和派の筆頭よ。そして何より、すらっとした長身に、甘いマスク、綺麗な紺色の髪が相俟って女子の間では大人気なのよ。」
「へー。ミアはあの人どう?」
「いや。私は遠慮しておくよ。」
「私も。」
「あんたたちの男の趣味なんてどうでもいいのよ!」
こうして決闘騒動は幕を閉じたのであった。