突然の来訪者
イスラの部屋の片付けで休日を潰してしまってからしばらくが経った。
今日は午前中のみ授業がある日で、午後からは暇だったため食堂でイスラとミアとだらだらしていた。
「はぁ…。」
「どうしたのよ?」
「こんなにお金があるのに全く心が満たされないわ。」
「今回は仕送りを使い過ぎたあんたが悪いんでしょうが。次からは生活できる範囲で集めなさいよ。」
「うい…。」
ここのところイスラはこの調子である。
なんというか、こちらが申し訳なく感じてしまうほどである。
「しかし、あの部屋を叔母上が見たらなんというだろうか。」
「多分顔を真っ赤にしてポスターを破り捨てるかもね。」
「うむ。十分にあり得るな。」
「いいな、いいなぁ! 二人はルクレス様に実際に会ったことがあるんだもんなぁ!」
「そりゃ私は姪っ子だからな。」
「私は…どういう関係なんだろ? 友人の娘ってところ?」
「というより、私よりもセリナの方が叔母上と交流があるのではないか? 私が叔母上に弟子入りしたのは8歳のころだったし。」
「あー、そうかもしれない。」
「ずるいわ! ずるい!」
「そう言われてもなぁ。」
イスラが駄々っ子のようにわめいていると、なんだか食堂の外が騒がしくなっていた。
叫び声やら人の駆け出す足音やらがうるさい。
「今日ってなんかイベントあったけ?」
「いや、聞いてないな。」
「ミアが聞いてないとなるとなんだろう。」
「ちょっと! なんで私には聞かないのよ!」
「じゃあ、イスラは知っているの?」
「いや、知らないっす。すみません。」
「「はぁー。」」
「二人して大きなため息をつかないでよ!」
そんなやり取りをしていると、食堂のドアが勢いよく開け放たれる音がした。
ドアが壊れるんじゃないかと思うほどの勢いである。
「おお! ここに居たのか!」
声の主を探すべく私たちはドアの方を見る。
そこには光輝く聖剣を携えた青髪の女性が立っていた。
後ろにはぞろぞろと野次馬をつれている。
「お、叔母上!」
―――――――
今は私たちの席にルクレスさんが同席している。
円卓で私とミアの間にルクレスさんが座り、対面にはイスラが座っている。
周りは野次馬だらけである。
「しかし、またどうなさったんですか?」
「うむ。旅から帰ってきたのでな。久しぶりにミアの顔が見たくなったのだ。」
「なぜまた今日なんです?」
「今日はやつが非番の日と聞いていたのでな。」
「やつ?」
「いや。なんでもない。それよりも!」
そういうとルクレスさんはミアを抱き寄せる。
野次馬からは大きな歓声が上がる。
いや、その気持ちは大いにわかる。
なにせ、大英雄ルクレスが美少女を抱きかかえ、腕の中の美少女は顔を恥ずかしそうに赤らめている。
うん。素晴らしい光景だ。
イスラなんか目を見開きすぎて充血している。
「お、叔母上。そろそろ放していただきたい。」
「なんでだ?」
「その、恥ずかしいです…。」
「むう。仕方ない。なら次はこっちだ!」
「うぐぅ! ちょ、ルクレスさん!」
ルクレスさんは急に振り向くと私を抱き寄せる。
く、苦しい…、し、死ぬ…。
「叔母上! セリナが死んでしまいます!」
「おおっと! これはすまない。力加減を間違ってしまった。」
抱きしめる力が緩められる。
途端になんというか懐かしい感じがする。
私にとってもミアにとってもルクレスさんは第二の母のような存在である。
…いや、私には第二の母がいっぱいいる気がする。
しばらくすると放してくれた。
「ふう。危うくトウキ殿とエリカ殿に殺されるところだった。子どものこととなると二人はホントに怖いからな。」
「そういえば、私が赤ちゃんの頃にも一度殺しかけたとか…。」
「そ、その話は良いではないか! 昔のことだ!」
「あ、あの!」
先ほどまで沈黙を守っていたイスラが声を出す。
「私も抱きしめてくれませんか!」
「二人の友人ならもちろん構わないが、その前にお名前を教えてもらってもいいかな?」
「あああああぁぁぁぁぁ!」
イスラはやっちまったと言わんばかりの叫び声を上げて頭を抱える。
―――――――
「それでは私は王城に戻るとしよう。これ以上ここに居ては学校にも迷惑だろうしな。」
「いまさらな気もしますけどね。」
「セリナ殿は両親に似て厳しいなぁ。」
「では、叔母上。私がお見送りいたします。」
「うむ。ではな、セリナ殿、イスラ殿。学生生活を堪能するのだぞ。」
「わかりました。」
「は、はい!」
正門へと歩いて行くルクレスさんとミアの後姿を私とイスラは見続ける。
叔母と姪というより姉と妹のようだ。
「よかったわね。念願のルクレスさんに会えて。」
「今日ほど二人と友達でいてよかったと思ったことは無いわ。」
「あんたねぇ…。」
その日の夜、抱きしめられたルクレス分をなくさないために体も洗わないし、服も洗濯しないと言い出したイスラを風呂にぶち込むのに私とミアは苦労することになる。
翌日は翌日でホルスト先生の叫び声が学校中に木霊して大変だった。