相変わらず
一週間の授業が終わった週末。
貴族学校の生徒は皆、思い思いに過ごしている。
人脈を広げようとする者、課題を消化する者、王都へと繰り出す者、ゆっくりと自室で過ごす者、派閥闘争に精を出す者など様々である。
私はというと、部屋で新聞を読みながらゆっくりとしている。
休日の午前中というのはどうにも動く気になれない。
『ルクレス姫、大陸一周の旅から帰国』
「昨日、オークレア国王の第二王女であり、国民的英雄のルクレス姫(43)が大陸諸国を巡る大陸一周の旅から無事帰国した。
ルクレス姫は今から3年程前、突如として『旅に出る!』とだけ言い放ち、王国を飛び出していた。
旅行の感想を尋ねた記者に対してルクレス姫は『諸国には美味しい料理が多く、体重維持との戦いの日々であった。』とコメントしてくれた。
体重維持に限らず、43歳にして魔王討伐のころと変わらぬ美貌を維持する秘訣を教えてもらいたいものである。」
記事の下には数年前に実用化された写真が写っていた。
記事にある通り相変わらずの美貌である。
「ルクレスさん、帰ってきたんだ。確か飛び出していく前の装備調整にお父さんを訪ねてきて以来会ってないなぁ。」
あのときのことを思い出す。
いつ思い出してもかっこいい女性だ。
中身が多少ポンコツなところも可愛い。
私が小さいころ、私と遊びたくてジッと見つめていたルクレスさんに、「あそぼ!」と声を掛けると大喜びではしゃいでいたのを思い出す。
コンコンコン
思い出に浸っているとドアをノックする音が響く。
「誰ですか?」
「私だ。ミアだ。」
「大丈夫だよ。」
「失礼する。」
ミアは部屋に入ってくると、定位置である私の対面の椅子に座る。
私はミアに飲み物と新聞を差し出す。
「ああ。叔母上が帰国なさったらしいな。さっき私も読んだよ。」
「そうみたいね。ミアに連絡はなかったの?」
「なかったさ。多分陛下も伯父上も母上も知らなかったんじゃないかな。なんというか。あの方は相変わらずというか。」
「ははは。昔から自由奔放な人だったからねぇ。」
「うらやましい限りだ。」
そういいながら、新聞に写る彼女の叔母であり師匠でもある人の写真を見つめている。
私の親友ミア・トレビノは青髪、美人とルクレスさんにそっくりであるが、ポンコツじゃないのが非常に残念である。
まあ、ルクレスさんのお姉様にあたるミアのお母様はルクレスさんと違ってしっかりしているからだろう。
というより、そうでなくては国王陛下だってトレビノ公爵家に嫁に出したりはしないだろうし。
「それで、なんの用事で来たの?」
「いや、特に用事は無いのだが暇だったのでな。」
「なら暇しときなさいよ。私もゆっくりしてるから。」
「せっかくの学生生活それでいいのか…。」
「むう。わかったわよ。付き合うわよ。」
「では、イスラのやつも呼ぶか。」
「そうね。」
私たちはティーカップを空にすると、イスラの部屋へと移動した。
―――――――
「あんたねぇ。なによこれは。またなの。」
「あはは…。」
「はあ。私も頭が痛くなってきた。」
またしてもミアは頭を抱えている。
イスラを訪ねたところ、頑なに入室を拒むので前科もあることだから室内へと踏み込んだ。
室内は予想通り、いやそれ以上であった。
壁一面に貼られたルクレスポスター、机に飾ってあるルクレス人形、本棚を占領するルクレス写真集、部屋に飾られたルクレスパネルその他多数。
部屋中がルクレスさんのグッズで埋まっていた。
「はあ。この前仕送りをつぎ込んだって聞いたけど、やり過ぎよ。」
「ごめんなさい…。」
「ここまで叔母上だらけなのは私でも引くぞ。というかこれなんて自作グッズじゃないのか?」
「そうなの! もう市販のグッズじゃ物足りないから、最近は仕送りを自作グッズの製作費にしているのよ!」
「しているのよ! じゃないわよ! この前勉強する場所がないからって片付けたばっかりじゃないの!」
「ひぃ! お許しくださいセリナ様!」
はあ。この前掃除してグッズをご実家に送ったというのに、またこんな部屋にして。
イスラはルクレスさんの熱狂的なファンである。
ちょっと熱狂的過ぎる。
「イスラよ。」
「な、なんでしょうかミア様。」
「せめて仕送りではなく、自分で稼いだお金で買えばいいのではないか? そうすれば量もおのずと減るだろう?」
「うぐ!」
「というよりも。あんたこの前、私のお礼を延期していたけど、仕送りはいくら残ってるのよ?」
「その…、3000Eほど…。」
「「はい!?」」
今月はまだ半分も過ぎていない。
こいつバカだ。
「こうなったらあれしかないわね。」
「ああ。そうだな。」
「あの…。お二人ともなにを…。」
「あんたのグッズを売るのよ。大丈夫高く買い取ってくれる宛はあるわ。」
「ああ。資金と片付けが同時にできる。」
「ちょ、ちょっとまってよぉぉぉぉ!」
イスラのむなしい叫び声が寮に響き渡る。
―――――――
「ホルスト先生。」
「なんだセリナ君か。休日になんの用事だ。」
「実はお話がありまして…。」
「まさか君が授業の質問ではあるまい。」
「ええ。実はこれらの品を買っていただけないかなと。」
「なぜ私が生徒から物品を買わなくてはいけ…ない…のだ…。」
ホルスト先生に見えるように、チラチラとポケットからイスラ特製のルクレス栞を見せる。
ここでもうひと押しだ。
私は先生の耳元でこうささやく。
「他にも色々、あんなのや、こんなのも売ってますよ。」
イスラは投下資本を余裕で上回る資金を手に入れることができた。