受け継がれる奇行
ミアとイスラは春からも学校に通うそうで、それまで予定もないため、しばらくワーガルにいることとなった。
今は、鍛冶屋を手伝ってもらっている。
雷虎を携えたミアに敵うモンスターなんてこの辺には存在しないため、材料を集めてもらっていた。
ちょっと前までは店に行けば材料があったのだが、今では冒険者が役に立たないため、品切れ状態がおおく、自前で集めるほかなかった。
だが、それ以上に役に立ったのはイスラであった。
「すげえ姉ちゃんが、接客してくれる。」
こんな噂があっという間に広がり、ワーガル以外からもお客さんが来るようになった。
主に男性の。
おかげで、大儲け、かつ、大忙しなのだが……。
なんだか複雑である。
ワーガルの人なんか、「セリナちゃんも十分かわいいよ。俺はセリナちゃん派だからね。」なんて励ましてくれるし。
……ええい! 儲かればそれでよかろう!
この切り替えができるのはお母さんに感謝だ。
そんなこんなで、数日を過ごしていたある日。
ガラガラガラ
「いらっしゃい。すいません。今日はもう閉店なんです……ってコウキじゃない。」
「よう久しぶり。」
随分とくたびれた様子の弟が立っていた。
正直家族の誰もコウキが今どこにいるのか把握できていないほど激務である。
先日、リセさんのところに遊びに行ったらコウキの未受取の報酬を保管するためだけに部屋を一つ使っていると言っていたけど、いくら稼いでるのやら。
「あ、コウキ君、こんにちは。」
「お、お久しぶりです!」
イスラに話しかけられるや否や、背筋を伸ばすなおい。
「確か、Sランク冒険者としてあっちこっちに行ってるんだってね。すごいなぁ。」
「い、いや。そうでもないですよ。」
「いやいや。私、ビスタ出身なんだけどね。」
「そうでしたね。」
「ビスタでもコウキ君の名前良く聞くようになったし、私のお父さんもコウキ君は将来有望だって褒めてたよ。」
「ははは。ありがとうございます。」
そういえば、イスラの家はビスタを治めてる関係で、お父さんがギルドの幹部役員もしているんだっけ。
「あんまり褒めると調子乗るから、それくらいにしといて。それで、今日はどうしたの?」
「あ、うん。」
露骨に残念そうな声を出さないでよ。
「実はさ……。」
コウキはそう言いながら背中に背負った槍を差し出してくる。
「どうしたの?」
「流石のこいつでも、こうも長くメンテナンスもせずにドラゴンやらデーモンやら黒いオーラまとったモンスターやらばっかり相手にしてると、汚れてきてさ。」
そういわれて穂先を見ると、確かに少し汚れがついている。
それ以上に、刃こぼれをしていないことの方が驚きではあるが。
「で、これを私に磨けと。」
「そそ。父さんに聞いたら姉ちゃんに頼めって言われたから。」
「そこまで徹底して鍛冶から離れなくてもいいんじゃないかなぁ。」
「ともかく。頼むよ。幸い今は仕事がひと段落してて、しばらくはここにいるから。」
「はあ。まあ、やれることはやってみるわ。」
「サンキュー。じゃあ、俺は家で寝てるわ。」
「はいはい。ご苦労様でした。」
のそのそと出ていくコウキを見送る。
「相変わらず仲いいわねぇ。」
「まあね。」
「ふむ。コウキ君か……。」
「ちょっと、弟に手を出す気?」
「冗談よ。それじゃ、私も少し遊びに行ってくるわ。」
そういって、イスラも出ていく。
はぁ。
だらだらしててもしょうがないし始めますか。
【グングニル】
攻撃力 8000
防御力 8000
光属性
重量削減(極大)
全ステータス強化(極大)
状態異常耐性(極大)
自動回復(極大)
切れ味保持(永久)
速度上昇(極大)
魔法耐性(極大)
耐久性(永久)
しかし、いつ見てもインチキじみた性能である。
いや、まあ聖剣を作った人が作ったんだからおかしくはないのだろうけど。
「ともかくまずは磨いてみますか。」
汚れを落とすべく、あれやこれやと格闘すること数時間。
日も完全に落ち、夜中になっていた。
「や、やっと落ちた……。全く……。なんて頑固な汚れなのよ……。」
倒してきた相手が相手だけに、汚れもまた強敵であった。
ともかく、もとの輝きを取り戻した槍を掲げてみる。
「ほんと奇麗。……どうやって作ったのかしら。」
ふとそんな疑問が湧いてくる。
周りを確認する。
「気配はなしっと……。こ、これは鍛冶屋としての知識と教養を深めるための行為だから問題ないわよね。うん。そうよ。」
それからのことは良く覚えていない。
ただ、気が付くと翌朝になっており、目の前にはただの鉄くずの棒が転がっていた。
―――――――
「姉ちゃん。」
「ひゃい!」
「どうしたの?」
「な、なんでもございません!」
「えぇ……。そりゃ無理があるでしょ。」
私がどうしようかと鉄くずの前であたふたしていると、コウキが訪ねてきた。
「ああ、あれか。」
「ひっ!」
「昨日家に戻ってないみたいだから、徹夜したんだろ。それでちょっとテンションが変なんだろ。」
「そ、そう。そう。いやー。ちょっとお姉ちゃん夢中になりすぎたかなぁ。」
「父さんかよ。」
「あははは。」
「ともかく風呂入ったりしてきなよ。」
「そ、そうするわね。」
私はコウキの脇をすり抜けようとする。
「そういえば。」
「は、はい!」
「ミアさんとイスラさんが呼んでたよ。」
「そ、そう。ありがとう。」
それだけ伝えると家に帰る。
お風呂や食事を済ませると、ミアとイスラのいる宿屋へと向かう。
眠気なんか溶鉱炉に捨ててきた。
「二人とも助けて!」
「わ。どうしたのよいきなり。」
「確かに。こんなに取り乱すセリナも珍しい。」
二人の部屋を訪ねるなり、泣きつく。
「実はね………。」
私は事情を説明する。
「「はー!?」」
「好奇心でコウキ君から預かった槍を解体した!?」
「しかも戻せなくなったって、どうするのよセリナ!」
「だから助けてほしいのよ!」
「なんでそんなことしたのよ。」
「ですから、つい興味が湧いたといいますか……。」
「はぁ。」
まさか、イスラにこんな呆れたため息をされる日が来るなんて。
「そうだな。一番いいのはセリナが直すことだが、直せなかったんだな?」
「うん。私の実力では直せませんでした。」
「ところでいまセリナはランクいくつなのよ?」
「ええと。」
氏名:セリナ・エルス
職業:鍛冶屋(ランク27)
スキル:鍛冶
鑑定
「「「は?」」」
三人の声が揃った。
意味が分からない。
昨日まで私のランクは18だったはずだ。
一日で9も上がるなんて聞いたことがない。
一体どうなっているんだ?
「このことは一旦置いておこう。これだけの実力のあるセリナですら直せないなら、もうあの人に正直に言って助けてもらうしかないだろう。」
「そ、それって。」
「トウキさんだ。」
「で、ですよね。」
「まあ、やっちゃったもんは仕方ないし、私たちも付き添ってあげるから。」
「うん……。」
「ともかく、行きましょう。」
ミアを先頭にして家へと戻ることにした。
―――――――
「ははははは! そうかそうか!」
全てをお父さんに話したところ、怒られるのかと思いきや、予想外の反応が返ってきた。
え、どういうこと。
「いやいや。俺もその気持ち良くわかるぞ。なに、そんなにびくびくしなくても怒ってないから。」
「いや、でも。」
「なに。また直せばいいんだから。」
「けどねお父さん、ランク27でも直せなかったんだよ?」
「ああ。あれには特殊な素材が使われていてね。ちょっとしたコツがいるんだよ。それを知らないと俺でも直せないさ。逆にそれさえわかればセリナのランクなら大丈夫さ。」
「ほんとに?」
「ああ、本当さ。ってかランク27もあるのか……。我が娘ながら恐ろしい……。」
「早く、そのコツを教えて!」
「わかったわかった。ちょっと待ってて。」
そういってお父さんは席を立つと、閉鎖された鍛冶屋に行ってしまった。
しばらく待っていると、その手には一本の巻物が握られていた。
「ここにそのコツが書かれている。」
「これに?」
「ああ。」
恐る恐る巻物を広げてみる。
「こ、これって! 聖剣の設計図じゃない!」
「そうそう。その中に材料の使い方とか書かれてるからそれを見て試行錯誤してごらん。」
「う、うん。」
まさかこんなものが我が家にあったなんて……。
「あれ? ねえ、セリナ、ミア。」
「どうしたの?」
「ここ見て。」
イスラが巻物の端っこを指さす。
「シュミット家って書いてある。」
「確かホルスト殿の家名だな。」
三人でお父さんの方を見る。
「そ、その。すまないがついでにそれホルストのやつに返しておいてくれない?」




