丸いあの人
「うー。王国北部ってやっぱ寒いねぇ。」
「まあねぇ。イスラの出身はビスタだっけ?」
「そうそう。きっとこの時期は年末年始をちょっとでもリッチに暮らそうって冒険者で溢れてるはずよ。」
「へぇー。冒険者の街かぁ。一度言ってみたいわね。」
「まあ、あの辺は雪も降らないし、もう少し暖かいかな。」
「王国でもピナクル山なんかはもっと寒いらしいけどね。」
「そんなところは死ぬまで行かないので大丈夫です!」
今はイスラと一緒にワーガルへの馬車に乗っている。
なんでも、うちにくればルクレスさんに会えるかもしれないとのことで、冬期休暇はうちで暮らすことになった。
ミアは年末年始はトレビノ家や王家の用事で忙しいとのことで実家に帰っている。
……ならルクレスさんもうちには来ないような気がするのだが。
「けど、コート先輩はますます謎が深まったわね。」
「確かにね。まあ、それはなんとかするわよ。」
「頼もしいですなぁ、学生長殿は。」
「はぁ。」
それは、イスラの下着がピンク色と判明したあの日に遡る。
―――――――
「いやー。可愛い下着だった。」
「うん。よく似合ってたわよ。」
「う、うるさいわよ! ミア、あんたさっきのこと根に持ってるんでしょ!」
「英雄たるものそのようなことはない!」
「なんで口元が笑ってるのよ!」
あれからしばらくはイスラを下着ネタでいじって遊んでいた。
しかし、ミアがあんな仕返しをするとは思っていなかった。
私たちと絡むことでずいぶんと変わったものだ。
「ねえミア。」
「どうした、セリナ?」
「さっきのは風魔法だと思うけど、あなたもコート先輩がロイス先輩にしたみたいな魔法使えるの?」
「いや。さすがにあんな強力な魔法は私には使えない。私は英雄見習いだし、なにより王家一族はどちらかと言えば勇者の血の方が濃いからな。そりゃ、叔母上がどうかしらないが……。」
「あー。ルクレスさんならあれぐらい簡単にできそうだね。」
「だろう?」
「むー。二人だけルクレス様の話題で盛り上がってずるい! 私もルクレス様ともっとお近づきになりたーい!」
ルクレスさん関係となると精神年齢が5歳は下がるのはなんとかならないのか。
―――――――
「ワーガルはもうすぐ?」
イスラに声を掛けられて我に返る。
「うん。そうだよ。」
「去年の夏以来だなぁ。」
「私のお母さんちゃんと覚えてる?」
「覚えてるわよ! もう、あんな失礼なことはしないわよ!」
「そうよ! ああ見えてもうちのお母さんは伯爵なんだからね!」
そう、ほんとその辺の普通のお母さんなのに伯爵なのである。
貴族学校に行くようになって、お母さんの異常さに改めて気付かされる。
それから、しばらく揺られるとワーガルの入口へと到着する。
「ありがとうございました。」
馬車の御者のおじさんにお礼をいう。
冬場はいつものおじちゃんではなく、色んな人が御者をしている。
おじちゃんは歳で冬場は辛いらしい。
「さあ、行きましょ。」
「ええ、セリナお嬢様。」
「変なこと言ってると置いて行くわよ。冬のこの辺は何が出るんだったかしら…。」
「ちょ、ちょっと置いて行かないで!」
喚くイスラを引き連れてワーガルの街中を歩く。
この時期はどこの家にも雪が薄く積もっている。
いつも通りの挨拶地獄を潜り抜け、やっとの思いで家に到着する。
「ただいま。」
「お邪魔します。」
ドアを開けて家に入る。
が、全く反応がない。
「あれ? 誰も出てこない。皆2階にいるのかな。」
「そういえば、セリナの家は2階からが生活スペースだったわね。行きましょ。ご両親に御挨拶しなきゃ。」
そう言って二人で階段を上がり、もう一度ドアを開ける。
「ただい……ま……。」
目の前には予想の遥か上を行く光景が広がっていた。
リビングでルクレスさんが自宅の様にくつろいでいるのはこの際もう問題ではない。
なぜ、お母さんがルクレスさんの肩を揉み、お父さんが空いたグラスにワインを注ぎ、コウキが横で膝立ちで聖剣を持って控えている。
そしてなにより、ルクレスさんが私の知ってる数倍大きい。
完全に丸い。なんだあれ?
「あ、あの。これは一体どうい…。」
「ルクレス様! ぷにぷにで可愛いです!」
私が何事かと聞こうとするよりも早く、ルクレス教教祖(教団員2名)が大声を上げて駆けよる。
「おお! イスラ殿ではないか!」
低い! 声が低いよ!
え、あの凛としたルクレスさんの声はどこに行ったの!?
「あああぁぁぁぁぁ! しゃべるとあごがぷるぷるしてる! かわいぃぃぃぃぃ!」
「ふふふ。そんなに言われると照れるぞ。」
もう一人もルクレスさんに取り込まれてしまった。
何なんだこの空間は……。
―――――――
「はぁ。つまり私をロイス先輩から救ってくれたルクレスさんを我が家を上げて接待していたわけね。」
「そうよ! ルクレス、ほんとうにありがとうね!」
「ルクレス! 俺はなんと感謝していいのか分からないぞ!」
そう言って両親はルクレスさんに土下座する。
「ははは。私とトウキ殿、エリカ殿の仲ではないか。そこまでしてくれなくてもいいぞ!」
そう言いつつもとても嬉しそうである。
なんじゃこの光景は。
「ああ! 臣民を見下すルクレス様も素敵!」
こっちは完全に壊れてるな。
「コウキ、あんたなんで止めなかったのよ。」
「俺にこの二人が止められると思うか?」
「あ、ごめん。ともかく、お母さんもお父さんも。一旦落ち着いてよ。」
私がそう言うと二人はスクッと立ち上がった。
「確かにそうだな。」
「そうね。私もそろそろ年越しの準備をしないと。」
「ちょっと! トウキ殿もエリカ殿も変わり身が早くないか!」
突然のことに英雄は混乱した!
「いやー。ルクレスに感謝してるのは事実だし最初はホントに接待してたんだけどな…。」
「その、そういえばルクレスってすぐ丸くなるのを思い出しちゃって。セリナやイスラちゃんに見せてあげようかなぁー、って。ごめんね。」
「うぎゃぁぁぁぁぁ! このオークレア王国第二王女にして英雄のルクレス・オークレアを謀ったな!」
そういいながら、ルクレスさんは手足をじたばたさせる。
おもちゃを買ってもらえない子供にしか見えない。
横でよだれを垂らして失神寸前の女については忘れよう。
うん。私は独りでワーガルに帰ってきたことにしよう。
「トウキ殿とエリカ殿でなければ打ち首にしてやるところだぞ!」
「いや、悪かったって。」
「ごめんね。」
なんとかルクレスさんを落ち着かせてみんなでお茶を飲んでいる。
「あ、御挨拶が遅くなり申し訳ありません。これからお世話になります。エレーラ男爵家のイスラ・エレーラです。」
「これはご丁寧に。エルス伯爵家の当主でセリナの母のエリカです。よろしくね。今回はちゃんと挨拶してくれたわね。」
「その節は失礼しました!」
「いいのよ。」
そういってお母さんはイスラに微笑む。
それを見てイスラはとても和やかな顔になる。
昔からお母さんの微笑みは不思議な魔力がある。
私もあの笑みを見ると昔から泣き止んだりしたそうだ。
「セリナの父のトウキです。いつも娘がお世話になっています。」
「いえ、こちらこそセリナにはいつもお世話になっています。名工のトウキさんに再びお会いできて光栄です。」
「ははは。そう言われると恥ずかしいな。」
「なに鼻の下伸ばしてるのよ。」
「イテテ! エリカ、耳を引っ張るな耳を!」
その歳で女学生に嫉妬しなくてもいいでしょ……。
「弟のコウキと言います。よろしくお願いします。」
「そういえばはじめましてだね。こちらこそよろしくね、コウキくん。」
そういえば去年の夏にイスラが来てた時期はコウキは冒険に出て居なかったっけ。
そして、我が弟よ。さっきからどこを見ているんだ。
そして、イスラよ。弟の教育のためにも胸元が強調される服を着ることは許さんからな。
「オークレア王国の第二王女、ルクレス・オークレアだ。セリナ殿とミアと仲良くしてくれてありがとう。」
「と、とんでもございません!」
「いや、なにさらっと我が家の一員みたいに自己紹介してるんですか。」
「なに。家族みたいなものだろう?」
「え、いや。まあ、ルクレスさんがそれでいいなら。それよりも、ミアが王家の用事があるって言ってましたけどルクレスさんは大丈夫なんですか?」
「なに。私の足と聖剣があればワーガル王都間なんぞすぐなのだ。」
「さすがルクレス様です!」
この人今の体形を忘れてるんじゃないのか……。
「どれ、よいしょっと。ふう。」
まじかー。
英雄が「よいしょ」って、まじかー
「では、そろそろ失礼させてもらうよ。」
「おお、ルクレス気をつけてなー。」
「ああ、トウキ殿もまた会おう。」
それだけ残ると、酒臭さを残しながら英雄は去って行った。




