貴族学校
王立貴族学校。
ここは18歳になった貴族の子どもが通う学校である。
もちろん強制ではないが、後継ぎとなる者は通うのが通例である。
エルス伯爵家の長女、セリナ・エルスも18歳となった去年からここに通っている。
彼女としては弟が行くものと思っていたのだが、弟が15歳になるや否や、冒険者ギルドに登録してとっとと逃げたため彼女が後継ぎ候補として入学した。
彼女としては弟の夢を壊すつもりはなかったのでそれほどの文句はなかった。
貴族学校では全員が学ぶ一般教養以外に各自が専門知識を学び、4年後に卒業することとなる。
さらにここで構築した人脈が後の貴族社会において重要になってくるため、学生たちは授業以外の余暇も力を入れて活動するものが多い。
あるいは、王都にあるもう一つの学校である王立学院の優秀な平民と仲良くする者もいる。
将来の家臣とするためである。
が、セリナはそんなこととは無縁であった。
まず、エルス家は貴族としては弱小もいいところである。
加えて、エルス家は家臣など必要としていない。
よって彼女には2人しか友人がいなかったが、本人はしがらみが無くていいと気にしていない。
そして、彼女がこの学校に来て、すでに1年とちょっとが過ぎていた。
―――――――
「あっ!」
閑散とした教室に入るなりイスラが声を上げる。
「どうした?」
「しまった…。課題をしてくるの忘れちゃった…。」
「はあ。またか。」
ミアは頭を抱えている。
イスラは課題を良く忘れる。
それもこの授業に限って。
「うぅ…。どうしよう…。ホルスト先生って厳しいんだよねぇ…。」
次の授業は一般教養科目としての鍛冶学の授業だ。
貴族学校では一般教養科目として、様々な職業に関係する基本的な知識について幅広く授業が用意されている。
鍛冶、接客、会計、戦闘、法律、医学などなど多岐に渡る。
そしてその中から各自3年生になったときに専門的に学ぶ分野を決める。
もちろん、一般教養科目にない学問でも構わないのだが、私を含め普通の学生はそんなことはしない。
鍛冶学の担当は一般教養、専門科目ともにホルスト先生が担当している。
鍛冶学は貴族学校で一番不人気の授業である。
別にホルスト先生が悪いわけではない。
単純にこの国では鍛冶屋は儲からないのだ。
学問として興味のない限り履修はしない。
私は得意だから、ミアは興味があるから、イスラは私たちが受講しているからという理由で鍛冶学を履修している。
「まあ、あきらめなさいよ。」
「そんな! セリナはホルスト先生の知り合いなんでしょ! 助けて!」
「あのね。いくら知り合いでもそんなことできるわけないでしょ。」
「そんなぁ…。」
そのとき、教室のドアが開く音がする。
そして入ってきた金髪の男性が教壇に立つと第一声。
「それでは課題を後ろから回収して提出しなさい。忘れた者は前に来て申告するように。」
イスラはその言葉に反応して、トボトボと教壇に向かって歩いて行く。
いや、そんな恨めしそうな目で私を見られても困る。
やらかしたのはあなたでしょうが。
「ふむ。イスラ・エレーラ。また君か。」
「はい。」
「君は私になにか恨みでもあるのかね?」
「いえ。別に恨みは。」
「聞けば他の科目の課題はこなしているようではないか。」
「なぜか先生の課題は忘れちゃうんですよね…。」
「朝一番からこんなに不快な思いをさせられるとは。」
ホルスト先生は額をぴくぴくさせている。
「ホルスト殿、その辺りにしてやってはくれないか? 私たちも早く授業を受けたい。」
ミアが立ち上がり、ホルスト先生に話しかける。
ミアは先生を全員『殿』と呼んでいる。
イスラは輝くような目でミアを見ている。
まるで女神を崇めるかのような目である。
「ミア様がそうおっしゃるなら。」
「ありがとう。その者の説教は授業が終わったあと存分にするといい。」
「そうさせていただきます。イスラ君、席に戻るといい。」
先ほどまでは打って変り、親の仇のような目でミアをみながらイスラはこちらに戻ってくるのであった。
―――――――
「ぶはぁ…。ホルスト先生の説教長かった…。追加の課題も出されちゃったし…。」
2限目以降は履修している科目が異なるため、私たちは昼休みに食堂で集まっていた。
イスラは空きコマにしていた2限目はずっとホルスト先生に拘束されていたみたいだ。
「それはイスラが悪いんだろ。」
「なんで私を見捨てたのよ! ミアの薄情者!」
「いや、早く授業受けたかったし。」
「私もミアに賛成ね。」
「うぅ…。ていうか、セリナはこれ受ける必要ないんじゃないの?」
「確かに。今日返却された小テストでもセリナは満点だったな。」
「うんうん。返却するときのホルスト先生の顔、最高だったね。『くっ、またしてもしてやられた!』って顔だったね。」
「あのね。私はイスラの溜飲を下げるために満点を取っているわけじゃないのよ?」
「まあまあ。それより早く食べよう。あのガミガミじじいの説教でお腹ペコペコよ。」
このとき、私とミアは目線で合図したのだが、イスラには気付いてもらえなかったようだ。
「ほう。誰がガミガミじじいなのだ。イスラ君。」
「しょ、しょれは!」
イスラは絶望の色を隠せない顔のまま、静かに振り向く。
そこには件の金髪先生が立っていた。
「うぎゃぁぁぁぁ!」
むなしい叫びが食堂に響いた。