久しぶり
夏季休暇が終わり、いよいよ貴族学校の後期授業が開始される。
といっても初日は特に授業もない、集合日というものになっている。
私はこれから本格的に始まる学生長としての仕事に備えるべく、事務作業をしていた。
「セリナ、居るか?」
ミアがドアを少し開けて学生長室の中を窺いながら尋ねてくる。
「居るわよ。」
私の声に反応してミアが入ってくる。
その後ろにはイスラも居た。
「ミア、イスラ。久しぶりね。」
「ああ、叔母上を追掛けて以来だな。」
「私は、前期ぶりだね。」
「ふう。せっかくだし、少し私も休憩にしようかな。」
「すまない。邪魔をしてしまったかな。」
「うんん。夏休みの話をしたいと思ってたし。」
―――――――
二人にお茶を出した私はまず気になっていたことを聞く。
「それで、ミアはどうだったの?」
「それそれ。私も気になってた。ていうか王国全土を使った鬼ごっこって規模が大きすぎない?」
「ああ。大変だったが、とても充実した鍛錬だったよ。おかげでグンッと成長できたぞ。」
「それはよかったわね。それで、ルクレスさんを捕まえることはできたの?」
「叔母上は偉大だったよ。」
そう言ってミアは窓の外を見上げる。
その目は遠くを見つめていた。
「つまりダメだったのね。」
「ああ。そうだ。」
「で、一日メイドはどうだった?」
「え、なにそれ!」
「ミアが負けたときは、ミアがルクレスさんの一日メイドをすることになっていたのよ。」
「ほほう。それはそれは。」
イスラは面白いおもちゃを見つけた子どものような顔をしている。
「それで、ミアは何をしたのかな? ん?」
「朝はルクレスお嬢様を起してお食事のお手伝い、お昼はルクレスお嬢様に納得して頂けるまでお茶をお出しして、夜は一緒に…一緒に…。」
ミアはプルプルと震えだす。
顔は真っ赤だ。
ここぞとばかりにイスラは追撃する。
「一緒に何かな?」
「一緒にお風呂に入らせていただきました。もうこれ以上は思い出したくない!」
そう言って顔を手で覆うと、のたうち回る。
ああ、ルクレスさんのことだから、きっとここぞとばかりにおもちゃにされたんだろうなぁ。
「あらら、ミアがあっちの世界に行っちゃった。」
「それでイスラはどうだったの? 旅行に行ってたんだよね?」
「うん。家族でエシラン共和国に行ってたの。」
「共和国に?」
「そうそう。この前の通商条約とルクレス様の大陸一周以来、共和国旅行がブームになってるでしょ?」
「そうなの?」
「なんでそこまで流行に疎いのよ…。」
「共和国ってやっぱり王国とは違った?」
「全然ちがったわ。料理も建物も文化も!」
「へぇー。」
「セリナもいつか行ってみなさいよ。」
「そうね。機会が有ればね。」
そのあたりで、お茶のお代わりを淹れる。
ミアも現世に帰ってきたようだ。
「セリナはこの夏をどう過ごしていたのだ?」
「ワーガルに帰ってたんだっけ?」
「ええ、そうよ。」
そう言って少し胸を張ってみる。
「セリナ。そんなに威張らなくて大丈夫だぞ。」
「いや、そうじゃなくてね。私も成長したんだよ?」
「もしかして!」
さすがイスラだ。
こういうことには気が付いてくれる。
ミアとは違うのだよ、ミアとは。
「お父様に鍛冶を教えてもらったんでしょ!」
「そうなんだけど、ちがーう!」
「ええ…。なんで正解したのに怒られてるの…。」
「もっとこう見た目的なものがあるでしょ!」
「ミア、わかる?」
「イスラにわからないのに私にわかるわけないだろう?」
「胸が大きくなったのよ!」
「「お、おう。」」
なんなのよその微妙な反応は。
私のこの夏最大のニュースなのに。
「もういいわ。それで、なにか考えて来てくれた?」
「「あっ。」」
「まさかその反応は…。」
「すまない。叔母上を捕まえるのに夢中で…。」
「旅行が楽しすぎて…。」
「はぁ…。」
新学期初日に大きなため息をつく私であった。