娘の願い
さてさて、そろそろ帰省した本来の目的を果たしますかね。
私は一階の工房スペースでコウキの槍をメンテナンスしているお父さんに話しかける。
「ねえ、お父さん。」
「お、なんだ? お小遣いか? 仕方ないなぁ。エリカには内緒だぞ。」
「いや、違います。というより、まるで父親にいつも小遣いせびってる娘みたいにしないでよ。」
「それともあれか? お風呂になにか付けてほしい能力でもあるのか? 能力によっては素材の研究とかで時間が掛かるかもしれないけど。大丈夫、こっちもエリカには内緒にしてやるから。」
「それも違う!」
正直、ちょっと興味があるが。
「ふむ。まあ、冗談だよ。それで、そんな真面目な顔してどうしたんだ。」
「うっ。なんか恥ずかしくなってきた。」
「おいおい。リラックスできるようにネタを挟んだお父さんの優しさを無駄にするのか?」
「は?」
「おお…。なんだかだんだんエリカに似てきたな…。」
「はあ。あのね。」
「うん。」
「私に鍛冶を教え直してくれないかな?」
「ふぉぉぉぉぉぉぉ!」
そう叫ぶとお父さんは立ち上がって走り去って行った。
なんなんだ…。
どうやらお母さんのところに行ったようだ。
「エリカ! エリカ!」
「なによ、うるさいわね。」
「聞いてくれ!」
「いや、聞こえてるわよ。」
「セリナが俺に鍛冶を教えて欲しいって!」
「はいはい。妄想を聞かされる奥さんの身にもなってくださいね。」
「いや、ホントなんだよ!」
それを聞いて今度はドタドタ言わせながらお母さんが工房に入ってくる。
「セリナ! どうしたの! 頭でも打ったの!」
「いやいや。大丈夫だから。」
「トウキに教えを乞うたってのはホントなの!?」
「う、うん。」
「ほぉぉぉぉぉ!」
今度はお母さんが寄生を上げ始めた。
だからなんなんだ。
―――――――
「良かったわねトウキ。」
「ああ、本当だなエリカ。」
今両親は私の前で手を握り合って涙を流している。
なんて忙しい夫婦なんだ…。
「これでこの鍛冶屋を閉ざさなくて済むわ!」
「ああ、まさかセリナが後継者になってくれるなんて!」
「本当に良かったわね。」
「いや、私鍛冶屋を継ぐとは言ってないけど…。」
「「えっ。」」
急に夫婦そろって真顔でこっちを見るんじゃない。
心臓に悪いわ。
「じゃ、じゃあなんで鍛冶を学びたいんだ?」
「いやー、学校でさ。」
「うん。」
「お父さんの製品使えなくなっちゃったんだよね。」
「なんで!?」
「私が禁止しました。」
「なっ!」
そこから、両親にこれまでの経緯を離した。
クロト先輩が決闘を申し込んできた下りのときにはお父さんがコウキを連れてカフン邸に乗り込もうとして大変だった。
「というわけで、私の周りをガッチリ固めるために装備を作りたいなぁと思いまして…。」
「うむ…。確かに貴族学校の鍛冶場が全く使われてないのは俺も悲しいなぁ。」
「でしょ?」
「ただ約束だ。途中で投げ出すんじゃないぞ?」
「はい。わかっています。」
「ここを継げるくらいの勢いでやるぞ?」
「はい。みっちりお願いします。」
「じゃあ、明日から始めよう。今日は最後の夏休みだと思ってくつろぎなさい。」
それだけ言うとお父さんは槍のメンテナンスに戻ってしまった。
その背中はなんだか嬉しそうだった。
―――――――
セリナが鍛冶を教えてほしいと言ってきた夜、寝室でエリカに話をした。
「いやー、今日はびっくりしたよ。」
「そうねぇ。まさかセリナが自分からトウキに教えてくれって言うとはねぇ。」
「本当にな。」
子どものときからセリナは俺の手伝いをしてくれていた。
その流れで鍛冶についても教えていた。
同じころの俺よりも筋が良く、将来がとても楽しみだった。
けど、まあ年頃になるとさすがに女の子なので工房での作業はしなくなった。
「セリナが継いでくれたら嬉しいんだけどなぁ。もちろん、自分のしたい仕事をしてくれるのが一番嬉しいから、この鍛冶屋は俺で終わりでもいいんだけどね。」
「そうだね。コウキも冒険者をしてるんだからね。」
「さてさて、明日からみっちりしごいてやりますかな。」
「今まで以上に嫌われても知らないわよ?」
「え、待って。俺ってセリナに嫌われてるのか?」
「じゃあ、おやすみ。」
「ちょっと待って! ねぇ! エリカさーん!」
「うるさい。」
「ひどい!」