ダメなサー子の蘇生の義⑥
かわいい旅人がさらに3人も増えて、今日だけは本当ににぎやかなガルブ・フォンテーヌの名もなき酒場です。
「フォンテーヌ市は月に金貨を百万枚も稼いでる!」
旅人ふうの男はレルマに飲まされて気分は上々のようです。
その政治批判にも歯止めがきかなくなってきました。
「で、フォンデンブルグのじいさんと執行官ドラヴァヒが指揮できるのは、最低限治安を守れるほどの兵士300人ほどしかないのさ! 笑えるよな!」
レルマを中心にまわりの酒飲みたちを巻き込んで笑い声が起こります。
「執行官ドラヴァヒ? なんの話かしら?」
聞きなじみのある名前がカウンターから聞こえてきましたので、サー子たち3人もホットココアをオーダーしつつカウンター近くの席に座ります。
レルマは楽しんでいる様子を見せて、だれへともなく言いました。
「フォンテンブルグはゲオルクにいいように利用されて、それはもう不本意なんだろうね?」
「そりゃあそうさ!」
いつの間にか数人の男たちも話の輪に入っていました。
「せっかくの収入がゲオルクの大きな浪費に使われているとありゃあ!」
わいわいとちょっとした騒ぎになっています。
「そしてその立場は、名ばかりの大臣職だ。普通なら大臣は王都にデーンとかまえて国家全体の政策に関わる職務につくが、アレじゃただのいち行政官だ」
レルマは満足げにうなづいています。
「このまえのおばけダコ騒ぎだって、軍はちっとも役に立たなかったっていうぜ?」
だりきゃは、おばけダコと聞いて口をはさみます。
「…はっ、ちがいないね。おばけダコの時に役に立ったのは海軍じゃあなかった」
レルマと男たちはその赤い髪の女の子のたくましげな物言いに、耳と目を向けました。
「やたら綺麗な女エルフが指揮する軍の大きな盾と」
だりきゃはサー子の方に手のひらを向けて言いました。
「この子の、黒魔法のおかげなんだぜ!」
ほうう…っと酒場全体から感嘆の声と視線がサー子のキュートでかよわい胸に刺さります。
はわわわ。っと何もいえない当の本人は、うろたるばかりでした。
「へえ…みかけないコらだね?」
レルマはかわいい旅人たちに夕食をごちそうするように店のマスターに言いました。
「わたしはレルマ、黒い森の旅人さ」
「サッっていいます、あの、みんなはサー子って呼びます」
「ぷーんよ」
「だりきゃっていうんだ。あたしらは黒い森の黒の女王に会いに行くのさ」
レルマは、はっ?という顔をしました。
「黒の女王は黒い森のどこにいるのかな?」
だりきゃは繰り返してたずねます。
…あっはっはっは!とレルマは笑い出します。
男たちもつられて笑い出します。
「あっあななたち、なんで黒の女王に会いたいのよ?」
笑いながらレルマは聞き返します。
少しムッとしたぷーんがそれに答えます。
「わたしたちはフォンテーヌ伯フォンデンブルグ大臣の使節なの!」
…それは笑いたくなるのもわかります。
だってあなた、14・5歳ぐらいの女の子3人がいきなりやってきて。
「あなたたちの総理大臣にあわせろ」とか言われたら、どう思いますか?
笑うしかないでしょう。
ぷーんの使節である、という一言がさらに笑いに拍車をかけてしまったのもこれはもう、しょうがないことなのです。
つまり、よりいっそう爆笑が響いたのです。
…ひとしきりの爆笑がやむのを待ちまして。
神妙に待っていた3人でしたが、サー子が頃合いを見てレルマに言いました。
「あの…わたしは黒い子で…。でもフォンテーヌに住んでて。タコをやっつけてしまったことで黒の女王にお願いしなければならないんです…」
そのくだりをきいたレルマが顔色を変えました。
「あなた…黒い子なのね?」
黒魔法でタコをやっつけた話も信じてもらえないようでしたが、魔法の匂いでその人の出身がわかるともいいます。
サー子もレルマと名乗るムッチムチの女性が、ただの黒い子だけではなく相当の黒魔法の使い手だと感じていました。
旅人風の男はついに酔いつぶれたようでカウンターにつっぷして寝てしまっています。
レルマとサー子たちは隅のテーブルに移って食事をごちそうになりながら話します。
こんな場末の酒場で提供される食事はじゃがいもとにんじんのゆでたやつが、量だけは山盛りでした。
それでもここに来るまでに2日がかりでしたので、昨日の携帯食なんかよりはよっぽどましでした。
固く焼しめたパンとがちがちの干し肉よりは、あったかくてゆでたての野菜がサー子たちのお腹にしみます。
「あたしも最初に遠出した時はちょうどあなたたちぐらいのときだったね」
レルマは慈しみをこめた瞳で、ポテトをがふがふとした3人の食べっぷりを眺めています。
フォンテーヌであったことを包み隠さずに、サー子は話しました。
「ふーん…?」
レルマは気に入らない様子でうなずきます。
「あたしら黒い子は、黒い子でない連中の命をうばってしまったりするから、外にはでていきたがらないし、そもそも黒い子ってのはナイーブで内気な民族なんだ」
ため息まじりに、そのおおきなおむねをゆらして言います。
「ましてやフォンテーヌや王都ポーディッドみたいなにぎやかで人目につくところなんか、とても暮らしていけないとおもうね」
「えっ、そういういのってサー子だけじゃなくて? 黒の子はみんなそうなの?」
ぷーんはそれにおどろいて言います。
「サー子のおかーさんを見てると、あたしみたいにサバサバしてるしな」
だりきゃもレルマにおとらないプロポーションだなあと無意識に確認してしまうサー子とぷーんです。
「れ…レルマさんは、黒の女王とあったことはありますか?」
ふぅ、と食べ終わってまんぷくな一息をついたサー子が尋ねます。
「黒の女王は黒い森の奥深くの、黒い沼のそばの居城にいるはずなんだけどね」
「いるはずなんだけど…?」と3人は思わず声をあげます。
レルマはこう言い切りました。
「女王は政務がお嫌いなようでね、サボってお城にはいないのさ」
そんなんで、国家は運営できるのでしょうか?
黒の女王の領地とカルベルシュタイン王国の国境線は決まっていませんでした。
フォンテーヌの北西にある黒い森を中心に、小さい集落があつまってなんとなく一つの共同体が存在するような、そんなハッキリしないもやもやした国家です。
なんせ国名すらありません。
黒い森をさらに奥にいくとエルフの住む森がありますが、そこも名もなき国のエルフの女王がいるといわれています。
その政治体制は、なりゆきとか流れとか雰囲気とかノリとか、あるいは昔からの慣習とか風習で成り立っているようです。
「黒い子もエルフも、まあ希少種族ってやつの土地なんてのは大体そんなもんさ」
レルマはあっはっはと高笑いします。
そのとんでもなく適当な政治体系にあぜんとしていた3人ですが、こまったのは黒の女王の居城の場所と謁見するための方法です。
3人はなんとしてもフォンデンブルグ大臣からの親書だけは、手渡さないといけないからです。
できれば返書も持って帰りたいと思っています。
「…あたしが案内してもいい」
なにか考えついたようにレルマは言います。
「赤の子と水の子の魔法か。いいかもしれないね…!」
3人はレルマを信用していいかどうか少し迷いましたが、なにも手掛かりがなさすぎますので、ちょっと仕方なくレルマの話を聞くことにしました。
「ただし、黒い森を荒らす連中を退治できたら、女王にあわせてやる」
っていう条件つきのようです。
※レルマです。なんて雰囲気のある女性でしょうか。