ダメなサー子の蘇生の義④
フォンテーヌの丘の上にあるひときわおおきな領主の城砦。
白黒のチェスタイルが特徴の大広間は豪華な調度品でキラキラしていました。
そこの主はもちろん、フォンテーヌ市の領主「フォンテーヌ伯フォンデンブルグ大臣」です。
おばけダコをやっつけてから特急で復興にあたり、数日がたちました。
今ではすっかり機能を取り戻したフォンテーヌ市はひと段落できたのです。
牛をまるごと焼いたような大きな肉のかたまり。果物。手間のかかる料理。
フォンデンブルグ大臣はフォンテーヌを救ったあまりにもかわいい英雄たちをねぎらいました。
領主だけではなく高級貴族たちや勲爵士、騎士、僧正、司祭、各種学院長などフォンテーヌの名士が一堂に会しての祝賀会です。
でもサー子は御馳走や数々の賛辞にかすかに微笑んで返答するだけで。
どうみても心から喜んでいるとはおもえません。
「なぁ、サー子さぁ。そういうの、あんま気にすんなよな」
だりきゃは、おおきなあぶり肉を豪快にがぶりとやりながら言いました。
「そうよ、結果としてフォンテーヌの破産をすくったのだもの」
ぷーんも普段食べれないような御馳走に夢中になりながらも言いました。
サー子が感じていたのは、敬意というよりも畏怖です。
おびえられて、怖がられて。
意思や意見はだれでも大方きいてくれるようになったでしょう。
けれども、対等に会話できるような仲間と呼べる人はどこにもいません。
それが、とてもいやだったのです。
おかずを作ってちょっとたいへんだけど笑顔で暮らす日常は、もうないかもしれないのです。
街にでれば黒の子の本当の実力を見てしまったフォンテーヌの人々から、怖がられ避けられるようになってしまったのです。
バンダナ亭のおかみと、市場の外れの子供たちだけはいままでどおりでしたが。
あとはもう陰口をいわれて怖がられて避けられる毎日でした。
ところでおばけダコを一瞬にして倒したパーティとして市から報奨金として金貨を100枚ずつもらいました。
これは労働に従事する人々の年収の約半分ぐらいです。
サー子もぷーんもだりきゃも、半分を地元の学校組織に寄付しました。
そして残りのほとんどを市場の子供たちのために使いました。
それぞれの親たちもこころよくそれを許可しました。
なので3人はまたいつものように細々と働いて暮らしています。
そして「おばけダコスレイヤー」の称号と、地元の学校組織の「幹事」の肩書をもらいました。
かわいそうな子供たちは少しだけ生活が改善されて食事にはしばらく困らなくなりましたので、子供たちは「幹事」という肩書に敬意を表して「なんかちょっといい人」を「幹事」と呼ぶようになったほどです。「あの兄さん、いい幹事だな!」というふうに。
「おばけダコスレイヤーどの、」
フォンデンブルグ大臣は年老いた白いひげをさわりながら、かすれた声でサー子たちに声をかけました。
今回のことは本当に感謝したい。報奨金の使い道についても聞いております。
実に素晴らしい。
そこでこの老人の頼みを是非きいていただきたいのです。
「はいい?」
フォンデンブルグ大臣からの依頼を聞いた3人は、びっくりしてあぜんとしています。
「黒い森との黒い子たちとは、ぜひとも友好を深めなくてはならないと考えております」
黒い森の女王にお願いしてフォンテーヌ市に数人の魔導士を駐在させてほしいということでした。
その使節をサー子たちにお願いしたい、というのです。
名だたるフォンテーヌ市の正の使節ということになれば、これはもうけっこうなすごいことです。
それは大抜擢でもあり、またフォンテーヌ市の防衛にも重要なことに思えました。
それはそうなのですが…。
ぷーんとだりきゃは、いっせいにサー子を見ます。
「ええええ…」
サー子はとてつもない環境の変化に困惑してしまいました。
サー子はこのことをおかあさんに相談しました。
黒い子が黒魔法でどんなに苦しんでいるか、わかっているうえで相談したのです。
そしてなんでほかに黒い子がフォンテーヌにいないのか。
わたしじゃなくて他の人がこの役目を代わりにできないかとも。
サー子のおかあさんは内職ですっかり荒れてしまった手をさすりながら、申し訳なさそうに言ったのです。
「サッ。あんたに言わなければならないことがあるんだよ」
サー子のおとうさんがいないのは、どうしてか。
おとうさんはいないのではなくて。
おとうさんは。
「天使なんだよ」
あ、
え。
「てててん氏?! なにそれよくわかりません」
黒魔法をつかうわたしのおとうさんが天使!
「だから、あたしらは黒の森を追い出された」
「え、え、じゃあおとうさんはいまどこに?!」
「天に帰るっていって…帰ってこないんだ」
黒い子と天使族が子供をつくるって…どういうことなんだろう。
おかあさん、おかあさん!
サー子の心は叫び続けているものの、いっこうに声になりませんでした。
天使族なんてそう簡単に会えるものではありません。
架空の生き物かと思っていたぐらいですから。
それが父とか。笑。
「そんなわけで、あたしらは黒い森とか黒の女王からしたら裏切り者なのさ」
闇と光の戦いは、民族紛争の歴史に宗教色をつけられたものでした。
闇由来の民族黒い子と光由来の民族白い子はつねに対極にあって対立してきていたのです。
なんでかっていうと、昔からそうだからです。
祈り方の違いとか、言葉の違いとか、マナーの違いとか。
もっといえばしょうゆ派かソース派か、木綿豆腐か絹ごしかとかの違いです。
「なのであたしは黒い森にはいけないし、黒い魔法もつかえなくなったのさ」
天使と結婚すると黒い子としての力が失われてしまうようです。
おかあさんは魔法もつかえずただただ地道に働いて夫を待つように暮らしてきたのでした。
サー子は自分のもともとの故郷に興味がわいてきました。
黒魔法を使ったおかげで人々から怖がられてしまったけれど、黒い子ってどういう人たちなんだろうっていう興味です。
そして毎日の平穏がもう失われてしまったこともあって、サー子は使節を受けることにしました。
フォンデンブルグ大臣は喜んで親書をサー子たちに持たせて、いろいろな装備や費用について執行官ドラヴァヒに指示を出しました。
当面の生活や必要なものには事欠かないようになりました。
おかあさんも支度金や支援金が市から支給されたので、ほっとしています。
その代わりサー子とぷーん、だりきゃの3人は黒い森に赴かなくてはなりませんでした。
「ね、みてみて! このローブと杖どう、どう?」
サー子はうれしそうにだぶだぶのローブと杖をくるりと回りながらぷーんに見せます。
「まぁ、いいんじゃない?」
ぷーんも水の魔導士としてかなり高品質な杖と服を身に着けています。
だりきゃは杖の他にバスタードソードとショートソードを身に着け、戦士ばりの装備になっています。
一時は護衛の人たちも雇おうと思いましたが行き先が黒い森ですし、だりきゃの威風堂々とした姿を見てものすごい安心感がありましたので身軽に3人で行くことにしました。
「いざとなればだりきゃ姉の1火パワーでダンパッチ君を呼べばいいことだわね」
「あれはあれでかわいいところもあるんだぞ」
フォンテーヌから黒い森があるあたりは、ここから王都ポーディッドに行くよりも近くそう長い行程ではないようです。
すぐに3人はフォンテーヌを旅立つことにしました。
※カルベルシュタイン王国の全体図です。