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化け猫  作者: 志摩
私と我が家の事情
7/25

たばこやのかねやん

 

 たばこやはうちの近くの駅の、一本裏の通りにある。

 少し距離があるのが残念なところだ。


 たばこやに着いたのは、八時を回る頃だった。

 お店に入ると客はなく、カウンター席に座り煙草をふかしている女がいた。


「かねやん、お待たせ」


 声をかけると、ゆっくりとした動作でこちらを見て、眉間に皺を寄せていた。

「いらっしゃいませ、と一応言っておこうかな」

 律儀に立ち上がり、私を出迎えてくれる。片手に煙草を持ったままだが。

 後ろにある座敷のテーブルの真ん中を指差し、座れという指示をする。

 テーブルには、四品ほどお皿が乗っていた。

「今日の残り食べに来た、でしょ?」

「流石です」

 何も言っていなくてもご飯を用意して待っていてくれる、頼もしい店主である。

 私は早速席に座り、いただきますと手を合わせた。

 煮物が二種類と焼き魚、ポテトサラダがあった。箸立てから割り箸取り、真っ先に煮物に手をつける。かねやんの煮物は最高である。

「今日はお父さんいないの?」

 小、中学校が同じで仲が良かったかねやんは、我が家の事情をよく知っている。そして私の事情もよく知っている。

「分かんない」

「あっそ」


 かねやんは煙草を吸い終えたのか、カウンターの内側の方へ入って行く。キッチン側に入るということは、ちゃんとご飯も出してくれそうだ。

「私も一緒に食べるから、少しゆっくり食べなさい」

「はーい」

 かねやんは高校を卒業してからすぐ料亭に入って勉強して、今年この店を出した。たばこやという名前は、以前ここがたばこ屋だったから。かねやんのお父さんがやっていた店を色々直して使っていると言っていた。それにしては少し広すぎる気がして、真偽は定かでないのだが。

 夜九時には閉店、暇な日はもっと早い時間に閉まってしまうので、私は急いで来たというわけだ。

 とりあえず箸を置いて、カウンター側に行ってみた。どうやら唐揚げを揚げてくれるらしい様子が見えた。


「お土産に持っていけるように多めに揚げとくよ」

「ありがとう」

 この気配りの良さ、そして私のような面倒な客も迎えてくれる優しさもあり、このお店はそれなりに人気である。

 店主のかねやんは真っ赤な髪の姫カットという謎の髪型で、そしておまけに美人とくる。最初は物見遊山な客が多かったが、料理の腕は確かでそのうち味の虜となった常連さんが多くいる。



 じっと見つめていると、かねやんは溜息をつき口元だけ音もなく笑った。


「シンクみたいだね」


「そんな! 私はなんでも美味しくいただきます!」


 かねやんはしんちゃんのことを、シンクと呼ぶ。

 シンクのシンを取ってしんちゃんなのかもしれないが、私はよく分からないのでしんちゃんと呼んでいる。

 一度連れて来ただけなのだが、既に知り合いだったらしく、かねやんに懐いていた。まだ私に懐く前だったので少々悲しかった事は内緒だ。

「うちの料理は美味いだろ、不味いみたいに言わないでおくれよ」

 冗談交じりに笑う、こういうちょっとした仕草が絵になる。

 もっと普通にしていれば良いのにと思う。全身黒の服を着ていることを含め、かねやんは少々変わっていると思う。

「はい、美味しいです。いつもありがとうございます」

 ご飯が食べられなくなるのは嫌なので、私はかねやんに逆らえないのもいつものこと。

 確かにしんちゃんも美味しそうにここのご飯をいただいたことがある。本当に美味しいのだ。

 かねやん曰く、しんちゃんのように物欲しそうに待っている私の前に、お盆に乗ったご飯と味噌汁が二つずつ置かれた。

 私はそれをテーブルまで運び、かねやんを待った。かねやんは唐揚げを持って私の対面に座る。

 二人していただきますをして、食べ始めた。

「あんた仕事はどうしたの?」

「まだ探してない」

「前も言ったけど、お父さん手伝えばいいでしょ」

 私は唐揚げに伸ばしかけた箸を止めるほど動揺した。そして一度深呼吸して、しっかり唐揚げを挟み口に運ぶ。

「それはまだ考え中。だって何やってるか分からないんだもん」

「あんたが聞かないからでしょ」

 彼女は少なくとも私よりは、父の仕事について知っているようだ。



「あんたは向いてるはずなんだけどね、興味を持てれば」



 目を細めて言うあたり、難しいと思っているのだろう。

 私自身興味を持てないでいるのだから、やっぱり難しい。父の仕事というだけでなんだかざわざわした気持ちになるのに、興味の持てないことという追加要素まで付くとなると、益々。

「とりあえず、興味持てるように手伝いでもしてみれば」

「そうだねぇ」

 その返事にかねやんは何を思ったのか小さか笑った。

「そう言うはっきりしないところはそっくりなのにね」

 私と父のことだろう。

 なんとも恥ずかしい話だが、よく言われるから事実である。

 今の父のように荒れ放題部屋を散らかすのも、私はやった記憶がある。一人暮らしを始め仕事で覚えることが山積みになった時。これを覚える、あれを勉強すると色々手をつけていて、結果的に。

 あんな才能はいらない、部屋を散らかすの才能なんて。

 今日のご飯の時間は、かねやんからの少し手痛いお話が続く事になりそうだ。

 私は美味しいご飯と、心の痛みを天秤にかけてみて、あっさりご飯を取った。身体は正直なのである。

「さて、今日もただ飯なんだから、片付けくらい手伝うよね?」

 苦い顔をしている私の心境を悟ったのか、すかさず追い討ちをかけてくる。

 同い年なのにお姉さんのような、小言を言うあたりお母さんのような、なんとも頼もしい友なのである。





「なんでもやらせてください、お金ないので」




 私は困り顔からの無理やり笑顔を作り出した。





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