お風呂場の悲劇
…
雨が降っている。
傘をさしていないので、肌にあたる冷たさが痛いほど感じられた。
水の音が聞こえる。そうか、川の音もするんだ。
また(・・)この場所にいるのか。
瞼を閉じているのに、不思議と脳裏に情景が浮かぶ。私は訪れたことがないはずなのに、誰かの記憶が混ざり混んでいるかのよう。
そうだ僕はここで、君と一緒に飛び込んだんだ。君に連れられて、落ちたんだ。
◎
目を覚ました、と思ったら自分の家のお風呂場だった。服を着たまま浴槽に入れられていて、体がぽかぽかとしてきて少し心地よかった。
「起きたのか」
戸を開けっぱなしにして座っていたのは真紅と呼ばれた男だった。
「……えっと、何がなんだか説明してもらえるのかな?」
「全て話すよ、聞きたいことは。まずは風呂から出て飯を食ってからだけどな」
そう言うと彼はタオルと着替えを指差して出て行った。
言われるがままに湯から上がり、濡れて重くなった服を脱いで絞った。待てよ、なぜ私の着替えを持ってきてあるんだ。
かねやんがいた気がするから、かねやんが用意したのだろうか。いやそんなまさか。バスタオルで髪の毛をがっと拭き、いらぬ思考は捨て去ってしまおう。
がらりと、戸が空いた。
「あかり、かねやんがラーメン作ってる。味噌か醤油かどっちがいいって聞かれた」
脱衣所の扉が開いて、真紅が顔を出した。
「え? ラーメン? なら、味噌?」
「味噌ね、了解」
それだけいって何もなかったかのように出て行った。待って、裸を見られた私は一体どうすれば。叫ぶにも叫べず、出なかった声が溜息となって消えた。
着替えもいつもきているパジャマだった。これはもしかしてもしかするのかもしれない。
リビングに行くと、かねやんと真紅が先にラーメンを食べていた。
「早くしないと伸びるよー」
かねやんが煽ってくるのでそそくさと座って食べ始める。
「いただきます」
温かい食べ物にほっとしたのも束の間、目の前に座るかねやんの箸が私に向けられた。
「ここにきたら誰もいなくて焦ったわー。誰も連絡つかないし、来いって言われたのになんてことって思ったよ」
父がいなかったのは私のせいではないのだけれど、結果的にかねやんが来なければ私は探してもらえなかったのでかねやん様さまであった。ここは穏便に事を運びたい。
「とりあえず、すみませんでした」
私が直ぐに謝ると、かねやんの箸は隣にいた真紅に向けられる。
「そして真紅。なぜあかりのそばにいなかったの」
真紅は私の方を一瞥すると、かねやんの方に向き直り溜息をついた。
「別のお仕事に行ってましたけど」
「じゃあ渡さんまでいないのはなんで!」
また私に箸が向けられた、渡とは父の名前だ。
「特に聞いてないけど……」
「あの人がいなくなるのはいつもの事ですよね! 私が来るのが遅かったのがいけなかったのね!」
かねやんは大声で一気にそう吐き出して、箸をラーメンに戻した。眉間にしわを寄せて深呼吸して、大きな溜息。なんだかすごいテンポで食べた。
みんなで溜息を吐いて落ち込んでいるが、まず私は状況がよく分からない。
「あの、とりあえず、二人がうちにいて、と言うかこの男が誰でとか、今日起きたことの説明を……」
かねやんを細くした目でそっと見つめると、彼女はそのまま何もなかったかのようにまたラーメンをすすった。そしてただ一言。
「真紅」
そう言われた真紅の方を見つめると、また溜息を吐かれた。
「俺とかねやん、ついでに親父さんは同じ仕事をしている。今日起きたことから分かるように、ちょっと普通ではない仕事だ。本当はこうなる予定ではなかったんだが、結果的にこうなってしまった」
「私以外のみんなは同じ仕事をしていて、私だけその仕事について、知らなかったの?」
「そうだな、親父さんはほとんどここでやる仕事だし、俺は外、かねやんは自分の店。みんなそれぞれやってる事は違うけど、連絡は取りながら進めたりもする」
私だけ蚊帳の外だった。私が家を出て、ここに戻ってくるまでの間にいろんなことが起きていたらしい。いやそうではない、父は昔からやっていることは変わっていないはずだ。と言うことはかねやんと真紅は最近一緒になったということだろうか。
「ごめん、まだよくわかってないんだけど。さっきのあれは幽霊? なのかな、それが仕事なの?」
「まあそんなところだな」
「いつから?」
「親父さんは昔から、俺も昔からだけどここにきたのは最近」
真紅がかねやんの方に視線を向けたので、私もそっちに向き直る。
「私はうちのじじいが辞めてからだよ、あんたが戻ってくるより結構前だね」
かねやんがじじいと呼ぶのはかねやんのお父さんだった。
「そっか。昔から私は知らなかったのね」
今度は私が溜息を吐く番だった。父は昔からこんな仕事をしていて、そして私には噓を吐いていたということになる。




