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化け猫  作者: 志摩
プロローグ
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プロローグ

猫を保護してきなさい

 



  人混みの中は嫌いだ。

  音が、匂いが。

  色々なものが混ざり合って気持ちが悪い。


  駅前の通り、サラリーマンと学生と、浮浪者と。

  携帯を見てみると午後三時を過ぎていた。この時刻でも人が絶えることがない。一体何をしているのだろうか、仕事は、学校は。

  まあ、猫を探して来いというそれだけの命令でここにきている私が言えることは何もないのだが。


  それにしても暑い、九月も半ばなのに今日は夏日。日差しが容赦なく、もやしの私を焦がす。伸ばしっぱなしの長い髪が首に張り付いて鬱陶しかった。


  喉が渇き、ポケットに手を突っ込んでみるが何もない。お金を使わないようにと、財布を置いてきた事を頭のどこかに追いやっていた。

  近くの公園にでも行って水でも飲もう。金もなく、脱水で倒れるなんて情けなさすぎる。

  ふらふらとしたまま、情けなさすぎてそっと歩き出した。



 〉〉

「お尻にハート模様のある猫を保護してほしい」

  情報はそれのみ、何色なのか、どんな種類なのか、一切説明はなく。ただ思い出したように言ったのは、隣駅で見た人がいるみたい、という根も葉もない噂。


  自分は忙しいから、代わりに探してきてほしい。父にそう言われ、断るすべもなく家を出た。

  現在の職業、自宅警備員の私には、家の主人である父の命令は絶対なのである。



  猫が好きそうな場所など特に思いつかず、ただ駅まで行って聞き込みをして、路地裏をふらふらして。

  探そうと思うと見つからないものだ。今日は一日猫の一匹も見ていない。

 〈〈


 

  人っ子一人いない公園、日陰を探すも自分の身体全てを隠してくれそうな影はなく。

  とりあえず水道水の蛇口をひっくり返し、全身に水を浴びた。喉を鳴らしてお腹いっぱいに水を飲み、流しっぱなしの水を眺めた。

  小さな虹が出来ている、虹を見たのはいつぶりだろう。仕事に追われていた時も、このところ引きこもっていた間も、周りの世界などあってないようなものだった。

  雨が降れば鬱陶しい、天気が良ければ暑くて嫌だと。悪いことしか思わず。

  この公園だって、小さい頃父とよく遊びに来たのに。ずっと忘れていた。

  図らずも、良い気分転換になっていた。

 

「にゃー」

  ねこの鳴き声がした。

  今日の目的までも忘れかけていた。


  何処だろう、猫が鳴いたのは。辺りを見回してみるが特に猫は見つからず、相変わらず人の影もなく。

  溜息をつき、また虹を探していると、水たまりの傍に猫がいた。思ったよりも近くにいて見えなかったようだ。

  今日初めて見る猫に感動し、抱きかかえようとすると、どうしてか暴れた。


「ごめん、暴れないで。お尻が見たいだけだから」


  危ない発言だが本当にただそれだけなのだ。

  猫をなんとか捕まえてようとするが、どうにもにらみ合いが続く。せめて逃げ出してくれればお尻が見えるのに。その場合探している猫なら、捕まえるために追いかける必要が出てくるのだが。


  何か猫を捕まえるものはあっただろうか。マタタビなんて持ってないし、何かおもちゃになるようなものも、。

  あてもなくペンダントを外してみて、猫の方に向けて振ってみた。左右に、ゆっくりと。

  猫の目は釘付けになり、顔を左右に振っていた。今にも飛びつきそうに身構えている。


  かかった、これならもう少しでこっちに来るだろう。


  ペンダントをだんだんと私の方へ持ってくると、猫は少しずつ歩み寄ってきて、最終的にペンダントへ飛んできた。

  なんとか猫ごと捕まえて、お尻を見ると、ハートのような、丸が二つ繋がったような模様があった。

  なんとか写真を撮って父にメール、確認しよう。

  探していた猫なのか判断ができない。取り敢えずこいつだということにすれば、言われたお仕事は果たしたことになる。

  思ったよりも早く片付いた。さっさと帰ろう、エアコンの部屋に。ペンダントとじゃれている猫は、私のお腹に乗っていることなど忘れているように無邪気だ。

  このままなら家に連れて行けそうだ。

  頭を撫でようとすると、私に気がついたようでじっと見つめてきた。

  猫の相手なんて初めてで、どうすればいいのか分からない。


「にゃあ?」


  猫の手のポーズ付きでやってみたが特に反応はなく、諦めて手を伸ばすと、ペンダントを咥えたまま走り去ってしまう。

  せっかく見つけたのに逃げられるわけにはいかない。捕まえて家に帰らないと、こんな役立たずは家に置いておけないと言われても何の文句も言えない。

  それに、あのペンダントは……。


「待て!バカ猫!」


  お母さんの形見なんだから。







  追いかけっこを続け、なんと三時間。その間になんとなく仲良くなったのだろう。猫が逃げることはなくなった。今では腕の中にすっぽり収まっている。


  ペンダントは無事に回収し、追いかけっこの最中、公園で発見したのがこの猫のものらしい首輪。置いていこうとするとそこに戻るので、多分愛着があるのだろうと思う。

  首輪のある 飼い猫なら家出猫ということになる。父はどうしてこの猫を探してこいと言ったのだろうか。

  そういえば、この猫を必死で追い回していたが本当にあっているのか。

  携帯を見ても、返信はなかった。


  もう諦めて家に帰ろう。


  暴れられても困るので歩いて帰るしかない。

  もう疲労度合いが頂点に達している。頑張って帰らないと。






  連れてきたのは良いものの、家に上げても良いのか、玄関先で迷っていると、中からドアが開いた。


「あれ、もう見つけてきたの」


  出迎えた父が不思議そうな顔をしていた。


「え、探して来いって話でしょ?」


  私の質問には興味がないようで、直ぐに中に行ってしまう。

  どうしろというのだ、猫を抱えたまま仁王立ちである。頭を撫でてやると身を細め笑う。思ったより可愛いやつだ。


「どうしようね、君」


  暗くなってきた空、少し風が出てきて秋らしい温度になってきた。水を浴びて濡れている私には少し冷える。


「早く上がりなさーい!」


  中から大きな声で呼ばれ、迷いながら猫を抱えたまま上がりこむ。

  足跡を廊下につけながらリビングに行くと、父がキッチンで何かを作っていた。甘い匂いがする。


「お風呂入ってきな、風邪ひくから。あとその猫も一緒に洗ってあげて」


  猫が風呂に入るという話は聞かないが、汚れているのも確か。このままにしておくわけにもいかないので洗ってこよう。


  お湯をためている間に身体を流していると、猫はびっくりするほどおとなしかった。泡でいっぱいになっても暴れることもなく、くすぐったそうに声を漏らしていた。

  桶に湯をはって、猫を入れてみたら気持ちよさそうに浸かっている。なんとも人間のような猫だ。

  私もゆっくりお湯に浸かると、今日の疲れが滲み出てきた。元々デスク仕事ばかりだった事もあり、一日中外を歩き回るなんて、足が持たないはずだ。


  キッチンにいる父を見たのも久々だが、面と向かって話したのも久々のような気がする。

  一緒に家にいても会話は少ない、私はテレビを見ながら今後の事を悩んでいて、父は自分のパソコンの前からほぼ動かない。同じ部屋、二メートルくらいの距離でも。

  ずっと家にいる父を、私が小さい頃は嬉しく思っていた。行ってらっしゃい、おかえりなさい。いつでも側にいたから。それが不思議と嫌になるのが娘というもので。家で仕事という父の言葉も、いつの間にか信用できなくなって。雑誌の編集、情報収集だから家でやれるようにしてもらっている。君は小さくて寂しがり屋だったから。そんな父は次第に重くなっていた。



  大学は一人暮らしをするから、一人で決めて家を出た。就職も事後報告だった。でも父はただ、何かあれば帰ってきなさい。それだけ。

  都合が悪くなって帰ってきて、それでも迎えてもらって。いい年して甘えてごろごろしているが、この生活ももう一年。本当になんとかしないと。




  「にゃあ」


  猫が鳴いた、そろそろ出ようとでも言うように。満足そうに桶から抜け出そうとする猫はやっぱり人のよう。


  気のせいか今尻尾が二股に割れていたような。

  桶がひっくり返り、猫はようやく出られたドアの方に進んだ。引っかかれても困るので開けてやらないと。

  抱き上げてやってドアを開けた。よく見てみてたがやはり尻尾は分かれていない。疲れているせいか、気のせいだったのだろう。

  よく拭いてやると、見違えるほど綺麗な猫だった。黒っぽいような、光に当たると赤のような不思議な毛色。凛々しい顔をしていて、猫の世界ではさぞイケメンなのだろうと言った程。

  見つめていると恥ずかしかったのか、手をすり抜け、リビングの方へと行ってしまう。

  私も行こう、なんだか父が待っているような。そんな気がした。


  リビングでは、いつもデスクで仕事をしている父が珍しくテレビの前にいた。猫を抱えてごろごろしている。


「その猫、どうするの?」


「どうする?」

  その質問の意味がわからないようだった。

「飼い主はどこにいるの?」

「ああ、僕、ですかね」

  なんだか話が噛み合っていないのだが。

  ここ一年、私もここに住んでいたが猫なんて見なかったのに。なんてことを言い出しているのか。

「からかってる?」

「大真面目です」

  ごろごろと一緒にだらけている猫は、確かに父と仲が良さそうに見える。うちの猫でしたが家出していました。そう言われれば納得するだろうが、それは他所の人が見れば。だが、私はここに住んでいたのに知らなかったのである。納得できない。


「名前は?」

「んー」

「ないの?」


  父は答えずただ唸っている。何が本当で何が嘘なのか怪しいものだ。

「とりあえず夕ご飯作って欲しいんだ。でも冷蔵庫に何も食べものなかった」

  テーブルにあったのはチョコのケーキと、紅茶だった。父は何故か料理が上手い、でもほとんどしない。気まぐれでこうしてお菓子を作っているくらい。

「今度は買い出しに行かされるのですか、私は」

  父は起き上がるとテーブルの方に来て用意してあった紅茶をすすった。

  私のために用意したものではないのは分かりきっていたが、少し頭にくる。


「『お尻にハート模様のある猫を保護してほしい』って言わなかった?」

「言われました」

  父はくすっと意地悪く笑うと、お財布を取り出す。

「この子はうちで保護ということで。安いご飯は食べないので、良いもの買ってきて」

  父は私よりも猫がかわいいのだろうか、そうとも感じられるこの対応。なんだか怒りを超え悲しくなってくる。

  財布をもぎ取って部屋を出ようとすると、呼び止められた。


「食べてから行きなよ、お腹空いてるでしょ?」

  新しくいれた紅茶を渡してくれ、ケーキまで取り分けてくれた。確かにご飯も食べずに走り回っていたせいでお腹は減っている。

  公園の水しか飲んでいない私には、今日のご褒美です、と言わんばかりである。

  なんの裏があるのかと食べられずにいると、猫がテーブルに上がってきて、私のケーキを狙っていた。


「いただきます」


  食べられる前に口に閉まってしまおう。

  むしゃむしゃ食べると父が目を細めた。

「ご苦労様でした、たまには外でないと息詰まるでしょ?」

「自分だって家から出てないでしょう」

「僕は働いてますから」

  嫌味なところは相変わらず、でも少し昔に戻った気がした。

  うちは父と二人家族、母はいない。私には記憶もない、小さい頃に亡くなったそう。

  ここしばらく家族らしい生活はしていなかった。けれどこれからは変われるのかもしれない。そう思えた。



「しんちゃん。君の新しい飼い主、宮野あかりです。いい子にするのですよ」

この猫はしんちゃん、らしい。そして新しい飼い主として指をさされた私。

「私が飼うの?」

「もちろん」


  父はやっぱり相変わらずです。







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