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キミの手に赤い林檎を

作者: 光雪 彼方


 中学生だった頃の私は絵を描くのが苦手だった。

 だから学校の美術の時間はとても辛いものだ。

 先月から新しい美術の先生が来てからというもの、授業の難しさが上がったような気さえしてしまう。

 きっとそんなことはないはずなのに。

「はい。それでは本日から1週間は、目の前にあるリンゴの模写をして貰います」

 先生はひとりひとりにリンゴを配っていく。

 私の目の前にもリンゴが置かれる。

 それはとても真っ赤な色をしたリンゴだった。

「ただ模写と言ってもこの教室内で描く必要はありません」

「先生どういうことですか?」

「リンゴを自分が好きな場所に置いて、その周りの風景も含めて描いてください」

「えぇー、前の授業じゃ彫刻刀で木彫だって……」

「普通に描くより難しいよ先生!」

「ごめんなさいね。だから1週間と言ったのよ。普通の模写なら2時間分の授業で足りてしまうから」

 先生も困った顔をしていた。

 それもそのはずで、前任の先生は急な病気で数ヶ月も入院することになった。

 急に引き継いだ形の先生は、きっと授業の進め方というのにも直ぐに馴染めなかったのだろう。

「なので、この時間は学校の敷地内のどこに行っても構わないから、まずは描く場所を決めてきてね」


 それからはみんな思い思いの場所へとリンゴを持って向かっていった。

 正直に言って、私の力ではどこで描こうと同じだと思った。

 だから、友達も一緒に行こうと誘ってくれたけど、下手な絵を書いてるところを見られたくなくて断ってしまった。

 私と先生だけが残ったところで、先生に話しかけた。

「先生。この美術室で描いてもいいですか?」

「えっと……あなたがここが良いのならそれでも大丈夫よ」

「じゃあ、ただ机の上に置いた風景だとすぐ終わってしまうかもしれないので」

 私は立ち上がると、窓際の席へと移動する。

 そして窓枠にリンゴを置いた。

「ここから見える風景で」

 窓の向こうは校舎の外で、一本だけ綺麗な桜の木が見える場所。

 描くならここが良いと思っていた。

 先生が私に近づき、窓の外を確認して頷く。

「それじゃあ頑張ってね。先生は教卓にいるから、何かあったら声をかけて」

「分かりました」


 授業が終わるまで私は鉛筆を走らせた。

 先生からは声をかけられなかったからただ黙々と。

 ただでさえ絵を描くのは苦手なのだ、集中出来る時に頑張る。


 みんなが教室に帰ってきて再び先生が話し始める。

「また皆さんにお知らせがあります。一週間後描き終えたらその絵に絵の具で色を塗ります」

「えー! それ大変だよ先生!」

「皆の下書きを見てたら、色がついたものが見たくなったの。それが終わったら彫刻刀で木彫ね」

 教室中から色々意見が出ていたけど、決まってしまえば私達はそれに従っていくのだ。

「それじゃあ今日は終わり。早く次の授業へ行くのよ」

 先生が教室を出たことでみんなも次々といなくなっていく。

 絵の具で色をか……。

 窓際にしたさっきの自分を少し恨んだ。


 一週間はあっという間に過ぎてしまい、一応は私の絵も色を塗る所までは出来ていた。

 しかし、色塗りだけは外の色々な景色のせいでどうしても時間がかかってしまう。

 次の提出までに間に合わないと思った私は、先生に時間が欲しいと頼んでみた。

「あぁ……あなたの絵はそうよね。どうしようかしら」

 小首を傾げて悩む先生に無理かもしれないけどもう一つお願いをしてみる。

「先生。出来れば絵を家に持って帰らせてもらえませんか?」

「そうねぇ。他の子達も時間が足りないのも可哀想だから、提出日まで家でも描いて良いようにしましょう」

 先生からそのことを伝えられて安堵をした子も結構多いみたいだった。

 私だけじゃなくて良かった。


 家に持ち帰った絵に早速私は色を加えていった。

 風景にした関係で色々な色を使う。

 足りなくなった色は買い足したりしてどんどん進めていった。

 青色。緑色。白色。黒色。黄色に赤色。

 そして私の絵は完成した。

 リンゴと満開の桜の木の絵。

 以外にも自分が描いたにしては上手いと思った。

 自画自賛だと分かってはいたけど。


 次の美術の時間。

 完成した絵を提出し、先生は教室の外にみんなの絵を貼っていった。

「みんなとても上手いわ!」

「先生ありがとう!」

「私はこのリンゴと桜の絵、色使いも綺麗で素敵だと思う」

 みんなが私の絵を褒めてくれた。

 とても嬉しかった。


「では、次の時間から彫刻刀で木彫を行います。彫刻刀が無い人はいますか?」

「先生! 彫刻刀は入学した時にみんな持ってます!」

「そうなの? じゃあ――」

 私は手を上げた。

「先生、私の妹が丁度彫刻刀を使う授業をしていて出来れば貸してもらえませんか?」

「あーもしかして家族で共有すればっていう親御さんの考え方?」

「そうなんです」

「先生にもそういうことあったから良く分かるわ。じゃあ次の授業の時に貸しますね」

「ありがとうございます」

 これで大丈夫。次の授業が楽しみだ。

 よく家で木彫をするし、彫刻刀を使うのは慣れているから。


「先生うちのクラスの子達の絵はこれですか?」

「あぁ担任の先生ですよね。はい、こちらになりますよ」

「おぉーみんな良く出来てますね」

「そうなんですよ。特にこのリンゴと桜の絵綺麗じゃないですか?」

「あぁーそうです……」

「特にこのリンゴの赤色と桜の木のピンク色と赤色が混ざった色合いが良くて。後は地面へと散っていく桜にもピンクと赤色がもうとても綺麗なんです」

「……何故この子は桜に赤色を?」

「なんでも桜にはピンク色と赤色があって、この桜はピンク色しか咲かないけどアレンジですって」

「そうですか。……とても綺麗ですね」

「えぇ。そういえば彫刻刀ってどちらにあるか分かりますか?」

「確か職員室の隣にある用具室に保管してありますが、どうかしたんですか?」

「この絵を描いた子が彫刻刀を妹に貸しているから無いとかで」

「なるほど」

「今日の午後にも授業がありますので、早めに取ってきます。教えて下さってありがとうございます」

「いえいえ」


 用具室へと向かっていく美術の先生を見送った担任の先生へと、私は近づいて話しかける。

「先生。とても綺麗でしょ?」

「あぁやっぱり君だったか。……リンゴと桜の赤色違う絵の具でしょ?」

「リンゴに使いきってしまって。最後まで塗れたから良かったけど」

「そうかいそうかい次は木彫か……当分困らないかな。あぁ――それにしても綺麗な赤色のリンゴだね」

「うん。とても綺麗」

「ところで君さ」

「はい」

「一人っ子だよね」

 ニヤリと笑う担任の先生。

 私はにっこりと微笑んだ。


―了―

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