#9
イルザがお手洗いからヴィンセントのところに戻ってきた時には、すでにパソコンの電源は消され、閉じられていた。
「あれ、その紙は?」
彼女は彼が見ている紙を指差す。
ヴィンセントはそれに気づき、「あぁ、これですか?」と答えた。
「先ほど、アスタキ裁判所長から正規の地図が届きましたので、間違いのものは返却しました。それと、パソコンの電源も落としておきました。きちんと画面が消えているか確認してくださいね」
「……あ、ありがとう……」
「イルザ探偵、何か言いましたか?」
「……な、なんでもない……」
「顔が赤くなってますよー」
「だから、なんでもないと言っている!」
彼女が頬を赤くし、恥ずかしそうにしている中、彼はそんな相棒であるイルザが可愛いと感じていた。
これは「仕事上の関係」ということもあり、今のヴィンセントにとっては「恋愛感情」というものはないに等しい。
彼がイルザと組み始めてからまだ日は浅いが、「イルザ=ツンデレ」という方程式が生まれている。
それくらい、ヴィンセントの中には彼女のギャップが魅力的だということなのかもしれない。
「ところで、早くしないと暗くなってしまいますよ」
「むぅ……分かった」
彼女はしぶしぶとパソコンの画面が消えているかの確認を終え、トランクにパソコンをしまい、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
†
喫茶店を出た彼らは2人並んで正規の地図を片手にマンションへ向かって歩いている。
「やはり、先ほどの地図は間違っていたようだな」
「そのようですね。確かにコンビニエンスストアがありますね。その信号を右に曲がって……」
イルザは地図を見ながら、首を傾げていた。
一方のヴィンセントは地図を見て、「なるほど」と言う。
「なぜ、地図を見たらすぐに分かる? ミッドフォード裁判官は私より先に人間界を下見してきたのか?」
「いや、俺はこの地にきたのは、はじめてですよ? 地図を見たら、結構すんなり行けることがあるのです」
「地理に強いタイプだな。私は地図を見てもあまりよく分からずに通行人や相棒に頼ってしまうことが多いからな……」
「意外ですね。探偵って地理に強いイメージがあったので」
彼がそう言うと、彼女は「残念ながら私は地理に疎いのだよ」と肩を竦めながら、苦笑を浮かべる。
「イルザ探偵は可愛いですね」
「いや、そうでもない。む、むしろ恥ずかしい、ではないか……」
彼らは少し恥ずかしながら、マンションへ歩を進めるのであった。
2016/11/27 本投稿




