第一話「影二つ」
1
現在リン・キャリーベルは革命軍の基地にある自分の部屋にいた。彼は亡き王女からもらった写真付きのペンダントを見ながら彼女との日々を思いだしているうちに眠ってしまっていた。
彼は最初王から王女の付き人に任命された時はすごく混乱したが、王女はユイ・タナトスは案外話しやすい人だったから気軽に話していたことを鮮明に憶えている。
任命された日からは色々とあった。買い物に付き合わされたり、行く必要もないのに学校に通わされたり。
そして、最後に彼女と話しをしたのが学校で行われたダンスパーティーだった。
あの時はダンスが終わった後すぐに告白され、自分の思いが整理出来ていない状態だったから逃げてしまった。
ーああオレはどうしてあの時一時でも彼女を置いて逃げてしまったのだろうか……
彼の、リン・キャリーベルの後悔は生きているうちには消えないであろう。いつか彼が王女の仇を打つまでは。
2
ドアからノックする音が聞こえてくる。リンはその音で夢から醒める。
「誰だ?」
「俺だ〜。リン坊入っていいか〜?」
リンの部屋をノックしたのは無精髭が生えていてちょっと間延びが特徴的な話し方をしている男ライン・クローズだった。
ラインは普段からリンの部屋に足を踏み入れる。ラインは濃い顔に似合わず以外と積極的に話しかけてきてくれて人懐こい感じだ。始めてラインにあった時リンはとてもうっとおしいと思ったが、今では打ち解けたためかそういった感情はなかった。
「入っていいぞ。」
「ありがとよ〜。今日はこいつで乾杯しようぜ〜い」
ラインが取り出したのはウォッカという度数の高い酒だった。彼はこの飲み物が大好物なようで事あるごとにリンの部屋に持ってきて一緒に飲んでいる。
「で、今回はどういった用件だ?」
「用件って程ではないさ〜。ただ俺の気分が良いから飲みたい、それだけじゃ駄目かぃ?」
リンが苦笑しながら言ったのに対してラインは豪快に笑いながら理由を述べていた。
そんなラインを見てリンは思った。ラインは本当に自分と真逆な感じだなぁと。
「まぁいいさ。いつものことだからな」
リンはそう言うといつも通り氷入りのグラスを持ってくる。
「おぉ、いつも通り気がきくね〜」
「だろ?そういえば前にラインの部屋に行った時はオレのだけ氷が入ってなかったよな……」
「ぶぇくしょん!」
リンが遠い目をしてそう言った時にタイミング良くラインは大きなくしゃみをする。
その後二人はたわいもない会話を終わらせてラインは退室をしたのだが、最後に彼はこう言った。
ーあまり派手にやりすぎるなよ〜、まぁやるならアイリスには絶対にばれないようにするこった〜
これが意味する言葉をリンは分かっていた。普段ばれないようにやっていた王族への報復がラインにはばれていたみたいだ。
しかし、彼はやめるつもりはない。王族への報復はあの兵器を使うまでし続けるだろう。
3
薄暗闇の中一人の男が歩いている。男はこの道を歩いているとすごく良い気分になる。この道は彼が王女を殺す時に彼女が逃げるのに使ったルートだからだ。
「懐かしいな……あの手の感覚は今でも忘れられない……」
男は不気味な笑顔を顔に浮かべながら王女を殺した時のことを思いだしていた。そして、王女を殺した時に部屋にいた人物の顔を思いだしていた。
「あそこまで絶望的な顔は中々忘れられないな……」
ーリン・キャリーベル。お前は今何を思って、何を願って生きている?
不気味な笑顔を貼り付けたまま男はさらなる闇の中へと消える。
4
薄暗い夜の中リン・キャリーベルは何かを待っている。薄暗がりの中、馬車が走る音が聞こえてくる。良く聞いていないと聞こえないような小さな音だが彼にはとても近くで聞いているように聞こえていた。
「さぁて、やるか」
リンは一人呟くと木の上から馬車の上へと飛び乗る。
「何事だ!?」
中から声が聞こえてくる。リンは窓ガラスを割り、持っていた剣で中にいる男を刺す。手応えは十分だった。中を見ると断末魔さえあげることなく男は死んでいた。剣を引き抜いて剣に付いている大量の血を拭き取るとリンは逃げるようにその場から離れる。
その時リンは見逃していた。馬を動かしていた人を殺さずに生かしたということを。
「リ、リンだ……リン・キャリーベルが現れた……」
5
リンはいつも通り平然とした顔で革命軍の基地に戻っていた。ついさっき人を殺したものとは思えない程の穏やかな表情だった。おそらく王族の関係者をまた一人殺した事への愉悦感が彼にその表情をさせていたのだろう。
リンは部屋に戻るとペンダントを手に持ち写真を見ながら呟く。
「オレはまた殺したよ……君を殺した王族の関係者を……」
毎回部屋に戻ってこの言葉を呟く度、彼は自分の中に自分とは違う何かを飼っているような気分になる。
ーオレはいつかこの感情から解放される日が来るんだろうか……ユイ教えてくれ……
そして彼は遠き日の事を思いながらまた眠った。