発現する光
周囲に重い咆哮がこだまする。この声の主を見て、俺はその場から動けずにいた。
それは普通では存在しない生物。アニメや漫画、映画の中でしか見たことのない存在が自分の前にいることに戸惑わずにはいられなかった。
そりゃそうだ、ゴブリンだけでも十分なインパクトを与えてくれたというのに、今度は翼竜だって?
俺の知っているのが正しければ、そんじゃそこらの魔物じゃ歯がたたないような上位の化け物だぞ・・・・。
ゲームならレベルやプレイヤースキルがあれば問題ないし、死んでもまた生き返ることができる。しかしここはプログラムで構成された世界じゃない・・・紛れもなく〝現実〟だ。
傷を負えば出血するし、状況によっては死亡してしまう。俺はそんな世界に来てしまっているのだ。
そこで出くわしたのが竜って・・・どんだけ運が悪いんだよ、俺は・・・。
「こんなところにワイバーンなんて物騒になってきたわね・・・。この人数でギリギリ勝てるかどうかってところかしら?」
ミツキは苦虫を噛み潰したような顔で口にする。他のイクスの様子も見る限り、ワイバーンがいるのが信じられないのだろう。
「あれはアースド・ワイバーンですね。さっきのゴブリンといい、両方とも渓谷や山岳にしか生息していない種類です。攻撃力はそれほど高くありませんが、変わりに防御力が高い。通常時のラグナでは傷ひとつ負わせられない」
「はぁ!?じゃあどうすんだよ!その言い分じゃ、あいつを倒すことが出来ないってことじゃねぇか!」
「私は〝傷を負わせられない〟とはいいましたが〝倒すことが出来ない〟とは言っていません。それに〝通常時のラグナでは〟といったんです」
「へ?それって・・・あ!」
思い出した。
俺を助けてくれたときに数人のイクスが叫んでいた言葉がある。その声に応えるようにラグナが光を放っていた。
(そうだ、あの時。確か・・・覚醒って・・・)
「相手はワイバーン。遠慮はいらないわ!いくわよ!」
「「「「了解!!」」」」
イクス全体が一声を上げて、自らのラグナを構える。
その雰囲気を感じ取ったのかワイバーンは咆哮を上げ、風を起こし吹き飛ばそうとしてくる。
強力な風圧に押されそうになるが、すんでのところで踏みとどまった。
「あぶねっ!吹き飛ばされるとこだった!こんなんに近づけるのか?」
なんとか耐えたとはいえ、それで精一杯だ。近づくには相手の死角をつかなければならない。そのため一方向からの攻撃は難しい。
ここは無難に挟撃するのがいいんだろうが、民間人の俺がいってもどうにもならないのは目に見えている。
それにいま目の前にいる人達は戦いのプロだ。いくら相手が強力とはいえ、戦い方なんて言わずもがな知っているだろう。
「ここは二手に分かれて挟撃します!私たちが囮になるから、他部隊は隙を突いて攻撃を!」
ミツキの言葉に、全員が周囲にバラけ行動に出る。
その様子に何も出来ないというもどかしさを感じつつ、俺は静観する他なかった・・・。
◇◆◇◆◇◆◇
グォォォォォォ!!
ワイバーンが咆哮と共に体を大きく回転させる。全身を使った尾での薙ぎ払いが数人のイクスに命中し、攻撃を受けた者たちはなすすべもなく吹き飛ばされてしまう。
翼竜の体は硬い鱗で覆われており、遠心力からの一撃はとてつもない破壊力を持っている。そんな攻撃を人間が受けたら骨の一、二本はもっていかれてしまうだろう・・・。
さらには重い一撃で意識が遠のき、気を失っていく者も少なくない。
「覚悟はしてたけど、予想以上に強力ね・・・。20人近くいても、互角とはほど遠いなんて――」
「やはり全員がアウェイク状態でかつ、全力開放していないと深手を負わせるのは難しいですね」
ミツキの部隊の副隊長であろうクールビューティーが鋭い目つきでワイバーンを見る。
そういえばミツキの部隊員とは顔を合わせたばかりだな・・・。こんなに人がいたら誰が部隊員なのか分かんないから、あとで紹介してもらわないと!
まあ、生きてたらの話だけどね・・・。
そんなことを言っていると、何やら細長い黒い影が頬をかすめていく。同時にチクっとした痛みが感じられた。
何かと思い頬に手をやると、少量の血が指に付着している。
「はい・・・?」
恐る恐る黒い物体が飛んでいった方に目をやると、そこにはボロボロの矢が地面に突き刺さっていた。
自分の顔が真っ青になるのがよく分かる。というかこの矢はどこから飛んできたんだ?
「おい、あれ!?」
イクスの一人がワイバーンとは別の方向を指さした。そこにはさらなるゴブリン族がこちらに向かって迫ってきていたのである。
(おいおい、マジかよ!?ワイバーンだけで手一杯だっていうのに、さらにゴブリンまで追加とか・・・。えーい!どうにでもなれ!!)
地面に落ちていた剣を拾い上げ、ゴブリンたちへ向かって走りだす。自分でもなんでこんな行動に出たのかよく分かっていない・・・。武器の扱いも戦い方も何も知らない、ただの学生に過ぎない。
魔物も何もいない平和な世界で笑って、泣いて、怒って、勉強して、遊んで、めんどくさがって・・・。そんな風に気ままに生活してたやつが、今は変な異世界に飛ばされて、劣勢を強いられている人たちを見て自分の無力さに腹立たしさを感じ、しまいに剣を握って魔物に向かって走ってる。
「こんなの持って俺に何ができる?」そう思いながらも体が勝手に動いた――。
――もう、止められない。
瞬間、持っていた翡翠色の石がほのかな光を放った。同時に何やら妙な感覚を覚える。何かが頭に入ってくるような感じ、何故かは分からないが不思議と恐れを感じない。
ゴブリンの持つ刃が目の前に迫っている、今も――。
「はぁああああーーーーーーーー!!!」
無意識に体が動き、魔物の攻撃をするりとかわす。そのままの勢いで上体を捻り、瞬時に回転させて剣を振り上げる。
振り上げた刃が敵を切り裂く。ゴブリンは悲痛な声を上げ蒸発した。
その光景を見てミツキたちは呆気にとられていた。それはイクスだけではなく、そのような動きをした本人である俺でさえ驚いている。
「なんだいまの!?なんかすっげぇ動いたんだけど!?これが異世界のパワーみたいなもんなのか?」
(彼のあの動き・・・そういえばあいつ、翡翠色の能力石を持ってた。それが発動した?でもあれはイクスの素養があるものにしか扱えないはず・・・。能力石が使えたということは――)
ミツキは少し考え、一か八かの策にでた。普通ならば違反行為になるのだが、今はそんなことを気にしている時ではない。
「秋七!あんたが持ってる石を思いっきり握りしめなさい!そして手に意識を集中させるの!」
「石!?石って・・・」
ミツキの言葉にポケットに突っ込んでいた翡翠色の石を取り出してみると、それは俺に何かを伝えているかのように明滅を繰り返していた。
(これに意識を集中!?こっちは超展開についていけてないっていうのに、まだなんかあんのかよ!!ああ、もう!やってやるよーーーーーー!!!)
ミツキに言われたとおり、手の中に意識を集中させる。すると光がどんどん大きくなり周囲を照らしていく。
次の瞬間だった――。
辺りに突風が吹き荒び、風の轟音が鳴り響く。ゴブリンたちはあまりの強風に上空へと吹き飛ばされ姿を消していく。
「こ、これって・・・」
ミツキの目線の先・・・そこにはガラスのように透きとおった翡翠色の一太刀を持つ秋七の姿が見て取れた――。