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一般人に勇者は務まりません!  作者: 奈宮 希
2/5

勇者の条件

ストック尽きてきてますが連載~。

もうチョイおつきあいくださいね~。

 

「準備の方は整いましたか」

凛とした声が響く。

部屋と呼ぶにはあまりに大きな空間。その中央に揺らめく、円周に沿うように配置された五本のロウソク。その灯に浮かび上がる円陣と、そこに配列されたものものしい文字。その中央に、三人の少女は立っていた。

「抜かりはありませんね」

 赤い宝石のちりばめられたティアラを付けた少女が、隣の長髪の少女に尋ねる。

「はい。召喚紋章に必要なものは、素材から厳選してきました。魔力触媒には朱雀様の血液を使用します。わが君のお力をもってすれば間違いなく成功するかと」

「へえー。どうやって朱雀様の血なんか手に入れたの? 」

 大きな瞳を輝かせ、栗色の髪の少女が聞く。

「私の爺さんが四十年前に運よく遭遇した時に……」

「した時に? 」

「土下座して、頂いたものを借りてきた」

「情けないよ⁉ 爺さん⁉ 」

「おしゃべりはその辺にしておきましょう」

「「はい」」

 一瞬緩んだ雰囲気が引き締まる。というのも、声の主の少女の緊張が、二人に伝わっているからだ。

「この国の興亡のかかった儀式なのです。もっと真剣になさい」

「それはその通りですが、わが君は少しばかり力が入りすぎておられるのです。心穏やかに、ごゆるりと構えていただかないと」

「そうだよ姫さま。あまり緊張すると朱雀様だってうまく呼べないんだからね」

 三人が立っているのは召喚陣の真上。アカノ国の次期王であるキリカ・ミラ・リランは、白虎王の侵略行為に対抗するための戦士を呼びだそうとしていた。違う空間にいる存在を呼びだすために、精霊に仲介を頼む。彼女らはその準備をしているのである。

 キリカは少しだけ頬を緩め、傍らの少女たちに笑いかける。

「ありがとう。シンシア。メイリイ。では始めましょうか」

「ええ。わが君」

「おっけーです姫さま! 」

 薄絹の衣をまとった三人の乙女が等間隔に距離を取り、両手を掲げ、瞳を閉じる。ロウソクの炎が揺れたなら、その音すら聞き取れるのではないかという静寂が、空間に満ちる。

 キリカ、シンシア、メイリイの目が同時に開かれる。

 バサッ!

開かれたのは少女たちの瞳だけではない。

 キリカの背から覗く、紅の翼。

 朱雀の加護を受ける、王族の証。

そして三人の瞑想への集中が極限まで高まった時、足元の陣が光を放ち始める。そのタイミングでキリカは近くに置いてあった朱雀の血が入った杯に右手を入れ、またもとのように頭上に戻す。キリカの柔肌を、血がすうっと滴る。

「我らの守護者、生命を司るものよ。伝う血の絆をたどり、我が声をお聞きください」

敬虔な信徒が祈りをささげる時のように、厳かな空気が流れる。

 すると魔法陣の輝きがみるみる増して、視界を奪ってしまうほどの眩い閃光となった。

「我が愛しい子供たちよ。その声に応えましょう」

 光がだんだんと形を成し、巨大な神鳥となる。優雅に羽をはためかせ、ふわりと着地する。

「その声と翼は……キリカですね。随分大きくなりましたね。シンシアとメイリイも。最近あまり呼んでくれなかったから寂しかったのですよ? 」

「昔のようには……お呼びすることは出来ません。私も立場ある人間であるということを自覚しましたから。でも……私もお会いしとうございました」

「メイリイもー! 」

「私もでございます、朱雀様」

「あら、昔のような呼び名で呼んでくれてもよいのに」

「ママー! 」

シンシアが朱雀に抱きつく。するとそれに合わせるように神鳥は姿を変えてゆく。二度目の閃光の後、その姿は女人の姿となる。

「甘えんぼさんはまだ直ってないのですね。ふふふ……」

そう言ってメイリイを抱きしめた。

「め、メイリイ! なんと恐れ多いことを……! 」

にわかにキリカとシンシアが慌てだす。親しみをもって接してきているとは言え、朱雀は聖霊獣であり、アカノ国の守り神なのだ。

「ほら、あなたたちもいらっしゃいな」

その心配を歯牙にもかけず、朱雀は二人をも抱き寄せた。

「あ……」

その温もりにふれ、二人は言葉を発することができない。自分たちを包み込む優しい手。キリカたちは、よそよそしく接することこそ、朱雀に対して失礼な態度だったのだと、その時理解した。

「それにしても、触媒に私の血を使うなんてあなたたちらしくないですね。私との魔力の絆があるのはキリカの翼も同じことでしょうに」

抱擁を解いて、朱雀はキリカに尋ねる。

「今はと戦時中で……魔力を温存しておかねばならなかったのです。シロノ国との戦争で……首都防衛は私が請け負っているのです」

「なるほど。それでシンシアのお爺さんの持っていた私の血を……」

「爺さまを憶えておいでなのですね」

シンシアが嬉しそうに笑う。

「ええ、久しぶりにこの国の様子を見に来た時にであったあの人の……素晴らしい速さで頭を垂れた懇願の姿勢に圧倒されましたから」

「情けない……」

 シンシアため息。

「でもこうして役に立ったのだから、不思議なものですね」

微笑する朱雀。その微笑みに安らぎを得ていることを、キリカは感じていた。

昔に帰ったようで落ち着く。

しかし、目下に迫っている危機を思い出し、目的を忘れてはならないと自らを叱咤する。

「ママ、今日はお願いがあってお呼びしたのです」

「どうしたの? 言ってごらんなさい」

「青龍、玄武、朱雀の三国間戦争で各国の援軍要請にも応じず、白虎は中立の立場をとっていました。しかし、どういう訳か中立協定を反故にして、三国に攻め込み始めたのです。長きにわたる戦の影響で、戦力の低下した国々には、それをはねのけるための力がありません。いまや軍隊も送れずに白虎に侵略され、三国は休戦せざるをえませんでした」

 悲痛な声でキリカは続ける。

「そして休戦の約定の中に世界を侵略せんとする白虎王を魔王と定め、これを討つための勇者を各国から集めるという極秘計画があったのですが……」

「朱雀王国にその戦力が残っていないのですね」

「お話が早くてたすかります」

そう言った後、キリカは唇をかみしめ、顔を伏せた。国力の不足を聖霊獣に頼ることは、あまりに為政者のはしくれとして情けない事態である。

彼女らは守り神であっても破壊神ではない。もともとは、それぞれに与えられた地に生きる者たちの守護をしていた存在なのだ。

人と同じく理性を持つ生き物であるが故、その力にすがることは出来るが、その強すぎる力をふるうことは忌避されてきた。朱雀では国土の四分の一を焼け野原にした過去があり、青龍は守護竜の暴走で敵味方構わず壊滅したこともある。

そのほかも似たようなもので、人の手に負えるものではない。ゆえに、各国との取り決めで、軍事目的に聖霊獣の力を借りることを禁じている。大量破壊兵器である四大国の秘宝と同じ扱いなのである。

「キリカ。あなたが何を考えているかは何となく察しがつきます。私にとってもつらい過去です。だからこそあなた方は勇者の招集などという回りくどいやり方を取ったのでしょう? 」

「ママ……」

「力を使うのに、召喚の形を取るならばうまく行くでしょう。悲しそうな顔をしないで頂戴?」

 そう言って一呼吸おき、朱雀は改めて三人と向かい合う。

 その瞳に宿っていたのは先ほどまでの母性的な光ではなく、朱雀にある生きとし生けるすべてを守るべく、敵対するすべてを焼き尽くさんとする意思のぎらつきだった。

「では、あなた方に問います。勇者に必要なものとは何ですか? 」

 朱雀の纏う空気が変わる。キリカたちは大気がじりじりと身を焼くような熱を持ち始めたのを感じ、朱雀が魔力を解放し始めたのを知覚した。

「正しさ、心の在り様であると思います。力とは守るためのものであり、壊すためのものではありません」

「王女らしい誠実な答えですね。ありがとうキリカ。シンシア、答えなさい」

「強さ、敵を砕く力であると思います。力とは手の中にあってはじめて役に立ち、それなくして何も始まりません」

「昔からあなたは現実がよく見えていますね。最後は……メイリイ。あなたの答えを聞かせてくれるかしら? 」

「面白さ! だって力がある人って怖い人ばっかりだもん! あたしはともかく姫さまやシンシア姉さまが怖い思いするのはいやだなぁ」

「あなたらしい優しさあふれる答えですね」

三人が答え終わり、朱雀は背中の翼をおおきく揺らめかせる。 

一……二……三回目で先ほどまでとは違う紅色の光がその羽から発せられる。

そして瞳を閉じ、祈るように詠唱する。

 

傾く世界の中心で嘆く

守るために得た力が握った君の手を砕き

喜びをもたらすはずだったものは

 恐怖の対象となるばかり

 罪を重ね心は祈ることすら臆病になる

 それでも心臓は願いを刻み続ける

 ああ 世界よ

その者に癒しを

 光に満ちた安らぎを

 

 短い文言を唱え終え、朱雀は少女たちを見ながら問う。

「勇者は男の子がいいですか? 女の子がいいですか? 」

 キリカは一瞬考え込んだ。

 私たちは三人とも女の子で、他に友達もなく育ったし、殿方よりも、やはり同性の方がいろいろと苦労が少な……

「男の子がいいな! 」

「ええっ⁉ 」

 メイリイ! なんで間髪入れずにその結論に⁉

「どんな絵本でも魔王を倒した勇者はお姫様と結婚するんだもん! 」

「ま、待ってください! その理論で考えると私は召喚された殿方と……」

「いいですね。わが君もそろそろ婿殿を迎えてもよろしいでしょうし」

「あら。キリカの子供は私も見たいです」

「えええええっ⁉ 」

 会話がどんどんあらぬ方向に! まずい。非常にまずい。

「ママ……お戯れはこれまでにして……」

 最後の希望にすがるように懇願する。すると朱雀は母性あふれる笑顔でキリカを見つめ返した。

「キリカちゃん。私に孫の顔を見せて頂戴」

いやーーーー! 

 と絶叫するキリカを尻目に、朱雀は召喚ゲートを開いた。円陣の淵にあったロウソクの火が形を変え、一気に燃え上がり、中空に別種の召喚陣が形成される。と同時に。


「ほわあぁぁーーーーー! 」


 という叫び声とともに小柄でショートカットの少年が降ってきた。大量の水とともに下の石で出来た床に嫌というほど叩きつけられる。

「ぎにゃあああ! 尻が割れるゥううううう! 」

 臀部から落下し、ただでさえ割れている尻の割れ目がさらに追加されそうな激痛に涙目になりながら、玲雄斗は、はいつくばって苦痛に吠えた。

「風呂の底が⁉ なぜこんな急にっ…………」

 そこで初めて視線をあげる。

 怪しげな模様の円陣の上にへたり込む自分を囲む少女たち。そしてきれいな女の人。そのうちの二人には紅の翼が見て取れる。

「天使? 」

 新しい世界の扉が風呂の底だったことなど思いもよらず、いまいち状況についていけない脳みそをフル稼働して、今日のリベンジアイテムが、天使のコスプレだったことを思い出す。

コスプレどころか本物の天使だというなら、ご利益も折り紙つき……だよね。

その加護にあずかるべく、膝を折り、指を組んで、懺悔を始めよう。と思った矢先。

「きゃああああああ! 」

 少女たちが悲鳴を上げる。視線はまっすぐ自分に向けられている。天使だってこんな声を出すことがあるんだと新鮮な気持ちになりつつ、自らの体を見てみると。

 

玲雄斗は生まれたままの姿だった。


「ひゃわあああああ! 」

 少女たちにも負けない絶叫とともに即座に土下寝の姿勢。隠すものを隠すためにすべての移動・行動の機能を捨て、床と一体化する。

「ごめんなさい! 怪しい者ではないんです! どなたか服を恵んでください! 」

 うわあ~。こういうセリフって怪しい人しか言わないよね。

 脳内でセルフツッコミを入れてみるも、置かれたシチュエーションが過酷すぎて、全然笑えない!

 どうする! このままでは変質者の誹りを免れないのだけれども!

「あっははははは! ほんとーに面白い人が出てきた! にゃははははは! 」

 そう言って栗色の髪の少女は俺の尻っぺたをぺちぺち叩いてきた。

 何? なんですかこの羞恥は! 

「あ! お尻に真っ赤な手形が! あははは!」

「やめてえええええぇぇぇええええええ!!!!!!!!」

 情けなさすぎる絶叫とともに、俺は人間の尊厳は愚か、男の尊厳を失ったことを理解した。


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