鳴かぬなら……(前編)(Taverna la bianca)
今、レクサント家(実家)のあたしたちの寝室には半径10cm位の丸い穴が開いている。別に夫婦喧嘩した訳じゃない。『レクサント家にはものすごく希少な剣があるらしい』という噂を聞きつけたこそ泥が菊宗正を盗みに入ったのだ。
だけど、こそ泥が菊宗正を掴んだ途端、こそ泥の身体が勝手に動き出し、辺り構わず切りつけてその一太刀が寝室の壁に。そしてできた穴がコレ。ちなみに件のこそ泥は、あたしたちが帰ってきたとき菊宗正を振り回し(いや菊宗正に振り回され)続けてヘロヘロしながら、
「頼む、助けてくれ!」
とあたしに向かって叫んだ。身体が勝手に動く時点でヤバいっと思って離そうとしたけど、一度握ると手から離れなかったらしい。あたしが菊宗正を持った途端、簡単に離れたけどね。それを見てこそ泥は意味分からんって顔で呆然としていた。
オービルがそんな放心状態になっているこそ泥を騎士団に連れて行った後、一人になったあたしは、できあがってしまった穴を見た。あちゃー、派手にやってくれちゃってと、菊宗正を見る。菊宗正はバツが悪いのかだんまりを決め込んでいる。
だけどそのとき、どこからかピッと電子音がした。えっ? なぜに電子音?? このアルスタットに電気で動く物なんて存在しないんだけどなと思ってると、次に聞こえてきたのが男の人二人の声。次いでわっと大げさな爆笑が入る。これって……
「テレビ!?」
そう、テレビよ! テレビのお笑い番組だ。それが今、ぽっかりと開いた穴から聞こえているのだ。
んで、改めて穴を覗いてみると、真っ暗だった穴の中が明るくなっている。しかも、穴の向こう側は見慣れたレクサント家の廊下ではなく、テレビがあってソファーとローテーブルの置かれた、別の意味で意味で見慣れた一般的な日本のリビングの風景。
「日本!? 日本とつながった?」
懐かしい日本の風景にあたしは思わず手を伸ばす。だけどあたしの手は開いているはずの穴の中に入れず、ビリっと弾かれた。
『無駄だ。完全に開いておるわけではない。此度は空間の薄皮を剥いたに過ぎぬ』
すると、すかさず菊宗正がそう言った。なによぉ、『見てるだけぇ~』? まったく相変わらず中途半端にチートなんだから、こいつは。ちゃんと開いてるんならこの穴広げちゃえば日本に帰れるのに。
ま、でもまだアルスタットの食改革プロジェクトも終わってないし、オービルも悲しむだろうし、何よりこの穴の先って、たぶんウチじゃないんだよね。ソファーもローテーブルもどう見てもウチのじゃないし、ウチはリビングにパソコンなんかおいてない。壁壊して異世界から人が乱入したら……やっぱ迷惑だよね。
とまれ、あたしはそれ以来、ぽっかりと浮かび上がった異世界(いや、あたしにとってはここが異世界か)の風景を堪能するのが日課になった。どうやらあっちからはこっちのことは見えてないみたいだし、ならわざわざ塞ぐことはないかなって。寝室とかならアレだけど、リビングだし、何よりテレビが見られるのはオイシすぎる。ただ、番組も時間帯も選べないのが玉に瑕だけどね。
あと、コマーシャルも困る。だって、どんなに美味しそうだと思っても、逆立ちしても買いに行けないもん。ああ、コンビニスイーツ食いてぇ、特にあの……初恋ショコラ! 見るからにうまそうなんだよね。今ブレイク中の韓流アイドルグループが、
『ケーキとボクのキス、どっちが好き?』
とちょっと舌っ足らずな日本語で言うのを食い入るように見てたら、オービルの背中に黒い羽が生えていたときには慌てたけど。言っとくけど、あたしはイケメンアイドルを見てたんじゃなくて、初恋ショコラを見てたんだからね。
ホント食いてぇ! 食べられないと思うと余計に。
こう言うの、蛇の生殺しって言うんだよね。
説明することが多すぎて……
なので、後編に続きます。