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祈りが最期に織り上げるのは  作者: 小織
2:運命の姫君
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圏外の神殿

 急落下の終わりはあっけなく、まるで身体に羽根が生えたかのようにふんわりと、重力をまるで無視した軽やかさで、わたしたちは着地した。

 おそるおそる開いた目に美優の間抜け面が映る。

 無事でよかった。

 お互いにぴんぴんしていることを確認して肩の力を抜く。


 安堵するわたしとは対照的に、美優は困惑しているようだった。視線の先でくりっくりのお目目が不安げに揺れている。

 能天気な美優の曇った表情はとてもめずらしい。

 明日は雪でも降るのだろうか。

 そんな失礼なことを考えつつ、「どうしたの」と尋ねようと口を開いた――その矢先。


 歓喜のざわめきがあたりに広がった。


 美優が肩を震わせ、わたしは驚いて振り返る。

 目に飛び込んだのは、あたり一面の白。

 白い床。白い壁。白い天井。白い柱。白い階段。

 一点の曇りもない純白が、圧倒的な質量をもって視界に押し寄せてくる。


 この白い空間は――いったいなに?


 なだらかに続く階段の下に視線をやれば、建物と同じ色の長衣を着た人々がひしめいている。

 隊列を組んで並ぶ彼らは、喜びの声を上げながら次々に跪いて、組んだ手を高く伸ばし祈っていた。

 まるで某聖地の巡礼風景みたいだ。


「雪ちゃん……なんかここ変だよ……」


 怯えと困惑で震える美優の声に深く頷く。

 本当にその通りだと思う。

 まるで日本じゃないところに紛れ込んでしまったかのようだ。

 なんだかこわい。ぞわり、と肌が泡立つ。

 夢だったらいいのに。

 そんな願望を込めて、わたしの腕をがっちりホールドしている美優の頬を軽くつねってみる。


「痛っ! 雪ちゃんひどいよぉ、なにするのぉ!」

「ごめんごめん」


 おざなりに謝罪し、やんわりと美優の腕を外す。

 美優が反応するってことは、夢じゃないんだ……。

 心臓がいやな感じに高鳴った。


 再び前を向くと、目の前の階段を誰かが昇ってくるようすが見えた。

 階段の下で祈る人たちの代表だろうかと見当をつける。

 丈の長いゆったりとした白いチュニックを着ているのは一緒だけど、下で控える人たちよりも心なし装飾が多く、きらきらしていたからだ。

 代表らしき人はあっという間にわたしたちの前までやってきた。

 近くで見ると、とても綺麗な人だと分かった。

 顔立ちは西洋のそれで、肌がぬけるように白い。月光を細く長く伸ばしたような髪や、ゆったりとした衣服の上から見てもなお線の細い身体はまったく性を感じさせないけれど、仰ぎ見るほどに高い身長を鑑みるに、男の人だろうか。ならば相当の美男子ということになる。


 イケメンか……嫌な予感がする。

 性懲りもなく腕にひっついてきた美優を覗き見てそう思った。

 『イケメンホイホイ』『逆ハー製造機』の異名を持つ歩くトラブルメーカー美優と絶世のイケメンがはち合わせると、必ずといっていいほどわたしの頭痛が酷くなる。

 またなにかはじまるぞ、と第六感が警鐘を鳴らしていた。

 どうか厄介事じゃありませんように!

 心の中で祈った途端、イケメンが動いた。


「お待ちしておりました、我らを救い給いし運命の姫君プリンセス・ディスティニアよ」


 ぷりんせすでぃすてぃあ?

 何そのファンタジーな名前。


 聞き慣れぬ言葉にきょとんとするわたしの前で、イケメンは一瞬のうちに美優と距離をつめ、その足元にぬかづいた。跪く、なんてレベルじゃない。ほぼ土下座だ。

 しかもその次には、美優の靴に恭しく口付けるし!

 目を瞠るわたしと、足元のイケメンに視線をロックして固まる美優。

 態度は違えど、おそらく思っていることは同じはず。

 すなわち――ドン引き。

 そりゃまあ、いきなり土下座されたら距離をとりたくなるってものだ。しかも靴にキスのオプションまでついている。尋常じゃない状況だよね、これ。

 わたしは咄嗟にケータイを取り出し、ボタンを三回プッシュした。1、1、0。

 だけどいくら待っても繋がるようすはない。

 仕事してよおまわりさん! と若干キレ気味に液晶画面を睨むとそこには――圏外の表示。

 おいおいおいおい、ちょっと待て。まってください。

 最近では地下鉄の中でも電波が通じるのに、こんな開けた場所で電波が繋がらないってどういうことなの。

 ケータイ片手に愕然と立ちすくむわたしの前で、イケメンが土下座から立て膝へと体制移行する。

 さらにはごく自然に美優の手をとってぎゅっと握りしめているし。

 何このイケメン、ちょっと展開早くない?

 美優の縋りつくような視線を無視し、わたしは恍惚と美優を見上げるイケメンから距離をとった。

 あいつからはヤバいにおいがする。イケメンこわい。


「あの、ちょっと……」


 わたしの助けは望めないと判断した美優が、ものすごーく嫌そうな顔でイケメンを見下ろした。

 対して美優のお声を賜ったイケメンはヤバめの笑みを尚更深くして嬉しそうに答える。


「なんでございましょう、姫君」


 あ、やっぱりさっきの運命の姫君プリンセス・ディスティニアは空耳じゃなんだ。

 美優をふたたび姫君と呼んだことで確信する。


「その姫君っていうの、やめてよ。あたし別にお姫様じゃないし……ていうか、なんか気持ち悪いし」

「ああ、突然のお呼びたてに混乱なさっておられるのですね。配慮が至らず申し訳ございません」

「え、いや、」

「どうかお心を乱されませんよう。このリエナが一からご説明いたします」

「雪ちゃんやばい、こいつ話通じないよぉ!!」


 わたしに振るな、ばか!

 巻き込まれたくない一心で美優の涙目を無視した。

 ごめん美優……!

 だけどわたしが今ここで口を開いたら、リエナさんの後ろに控える剣をもったナイスガイたちに切り刻まれてしまう気がするんだ。

 今は耐えてくれ、わたしも耐える。

 リエナさんが真面目な表情で『異世界』『召喚』『魔物』『救世主』なんてファンタジックな用語を連発しようとも、突っ込まないで話を聞くのを頑張る。

 だから美優、お願いだから泣きだしたりしないでね!!

 仰々しく『姫君』って呼ばれて敬われているあんたがわたしの名前を呼んで泣きだしたら、不敬罪で殺される予感しかしないんだもん!!


「ふええ、雪ちゃあああん……」


 泣きたいのはこっちだっつーの!!

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