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祈りが最期に織り上げるのは  作者: 小織
1:わたしの難儀な日常
4/12

書類山脈の崩壊



 ありのままに今起こったことを話そう。

 わたしは執行部室に全力疾走で向かっていると思ったら、いつの間にか壁ドンされていた。

 何を言っているかわからないと思うけど……わたしもなにをされたか分からない。


 どうしてこうなった。


 わたしはあっけにとられて、わたしの身体を壁際へ拘束するやからを見上げた。

 学年主席のイケメンだった。

 生徒会長と同じく美優にぞっこんの彼は、常と変らず眠そうなまなこで私を見下ろしている。


「あ、あの……?」


 無言。


「な、なにかご用ですか……?」


 無言。


 彼はただ静かに感情の読めない視線を送るのみだ。

 なにがやりたいんだ天才よ。

 頭の中を大量のクエスチョンマークで埋め尽くしていると、彼の圧倒的美顔がゆっくりとわたしの目の前に近づいてきた。

 なんだなんだなんだ!?

 思わずのけぞるけれど、悲しきかな背後は壁。彼の顔が目と鼻の先にあるにもかかわらず、わたしはのっぴきならない状態で彼と見つめ合うしかなかった。


 それが続くこと数分。


「……どうしてきみなんだろう」


 そう言って彼は長い睫毛をそっと伏せた。

 そして、あっけにとられるわたしを置き捨ててふらふらとどこかへ行ってしまう。


「どうしてわたしなんだろう、って……」


 わたしがなにをしたっていうんだ!

 自分の与り知らぬところで何かが動いている予感がして、わたしは身体を震わせた。

 なにもないといいけど……。


 って、いけないいけない。早急に資料をつくらなければいけないんだった。

 我に返ったわたしは、すぐさま執行部室へと走り出した。





 

 一、二、三、四、五、六、七、トントン、パチン。

 一、二、三、四、五、六、七、トントン、パチン。

 一、二、三、四、五、六、七、トントン、パチン。


 昼休みの喧騒が遠くに響く執行部室で、わたしは一人、資料の山に囲まれながらもくもくと製本作りに勤しむ。

 今の時点で完成した資料は四十冊。あと残り九百十冊……気が遠くなりそうな冊数だ。

 本当に明日までに完成するんだろうか、と少し心配になってくる。

 たとえば、放課後に居残りして二百冊、家に持ち帰って五十冊、朝早く来て六十冊つくったとしても、未完成の資料は百単位で残ってしまう。


「こんなことなら会長に手伝ってもらえばよかったなあ……」


 そうしたら、芋づる方式で副会長二名もついてきたはず。

 四人でやれば作業効率はうんと上がるだろうに……惜しいことをしたものだ、とため息をつく。

 とりあえず今は一人で作業するとして、放課後になったら恥を忍んで会長にヘルプメールを送ろう。一緒に帰ろうとうるさい美優をどうやって一人で帰らせるかは、メールを送った後で考えればいい。

 たとえ会長が助っ人にきてくれたとしても、美優がついてきたらすべてパアだ。下手すると一から資料を印刷するはめになるかもしれない。それだけはなんとしてでも阻止しなければ。


「おつかいでも頼もうかな……お釣りで好きなお菓子買っていいよって言って……」


 そんなことを呟いていると、突如部室の扉が勢い良く開け放たれた。

 驚いて顔を上げると二つの仏頂面がわたしを見下ろしていた。

 サッカー部の部長さんと不良くんだ。

 今日はよくイケメンに遭遇する日だな、と思いつつホッチキスを鳴らす。


「何かご用ですか?」


 この台詞を投げかけるのも何度目だろうか。

 こんどはちゃんと答えが返ってくるといいけど。


「美優はどこだ?」


 部長さんが言った。

 この部屋のどこかにいると思っているのか、書類やダンボールの巣窟と化している執行部室のあちらこちらに忙しく視線をやっている。


「ここにはいませんよ」


 教室にいます、と言えば、二人ともそろって目を丸くした。

 何をそんなに驚いているんだと問うと、美優がわたしと離れて行動しているのが不思議らしい。

 なにはともあれ、美優がここにいないのだと知った二人は落胆した。


「ったく、お前だけなら来るんじゃなかった……」

「まったくだ。無駄足を踏んだ」


 酷い言われようである。

 わたしは黙ってホッチキスを鳴らした。よし、一冊完成。


「――で、お前は何やってんだ?」

「総会の資料の製本です。明日までに作らなくちゃいけなくて」

「は? 明日? ならどうしてお前一人でやってんだよ」

「会長に頼まれたので」


 会長という単語を出すと、二人はそれぞれ顔をゆがめた。

 イケメンたちは美優を取り合うという前提上仲がいいわけではないけれど、とりわけこの二人と会長の仲はすこぶる悪い。おおかた、あの腹黒鬼畜眼鏡に煮え湯を飲まされでもしたのだろう。


「なんであいつは来ねえんだ?」


 理不尽だろ、と不良くんが吐き捨てる。部長の方も、なにも言わないけれど同じ思いのようだった。

 たしかに事情を知らなければこの状況は理不尽に思えるかもしれない。

 ……でもまさか、この状況で「美優の面倒を見てもらってます」なんて言えるだろうか?

 答えは否だ。言ったら最後、どうしてお前はあいつの抜け駆けを許したと二人が逆ギレするかもしれないし。

 こういうときは当たり障りのないことを言ってお茶を濁すに限る。


「会長は会長で忙しいんじゃないでしょうか」


 嘘は言っていない。

 雪ちゃん雪ちゃんとうるさい美優をなだめるのは相当に面倒らしいし。

 うまくやってくれてるといいんだけどなあ。

 そう願った矢先、ケータイが鳴る。噂をすれば影、着信相手は会長だ。

 嫌な予感をひしひしと感じつつ電話を受けると、めずらしく焦っている会長の声が耳朶を打つ。


『まずい、美優が逃げた。たぶん、いまそっちに向かってると思う』


 嫌な予感、的中である。

 わたしはホッチキスをパチンと鳴らし、硬直した。


「それ、いつのことですか?」

『わからない。でも、俺が教師に呼び出されてた間のことだろうから……多分、十分くらい前かな』


 やばいぞ、と本能が警鐘を鳴らす。

 十分あれば教室からここまで移動できる。

 それはつまり、会長の目を盗んで逃走した美優がもうすぐここに辿りつくということで。


「不良さんっ、早く部室の扉を閉めてください!」

「はあ!? オレの名前は不良じゃねえ、いぬいだ!」

「そんなこといいからっ! 鍵もかけて、今すぐに!!」


 わたしがあんまり切羽詰まって叫んだせいか、常ならばわたしのいうことに耳を貸さない不良くんも、「意味分かんねえ……」と文句を言いつつ不承不承で従ってくれる。

 ――でも、その行動はすでに遅かった。


 たったったっ。

 軽快な足音が近づいてきて――あっと思ったときにはもう、美優は扉を閉めようとしていた不良くんの前までやってきていた。

 彼の背中に見え隠れする美優は、部屋の奥にいたわたしを見つけるとにっこりと笑う。


「もう雪ちゃん、あたしを置いていくなんてひどいよっ!」


 そう言って部室に入ろうとして。

 扉の前の、わずかな凹凸に足をひっかけ。


「おいっ!?」

「美優っ!?」

「ばかっ!!」


 三者三様の悲鳴が上がるなか、盛大にコケた。

 小走りでかけてきたときの勢いを殺しきれず、あっというまに華奢な身体は前に傾く。

 しかし、幸いにも不良くんが持ち前の反射神経で美優の身体を抱きとめたから、美優が転んでけがをすることはなかった。

 安堵の息を吐くわたしと部長さん。これでもう大丈夫だ、と誰もが思った。

 でもまあ、トラブルメーカーの美優がいる空間で、そう簡単に収まりがつくはずもなく。


「ちょっ、美優、おまっ、え、うわ、えっ!?」


 美優を抱きとめた不良くんが顔を真っ赤にする。

 そう言えば彼、無駄にうぶだって会長が言ってなあ……。

 生ぬるい視線を向けるわたしの前で、彼は慌てふためき、美優を引き離そうとしたのか身をのけぞらせる。


 彼の背中でガコッと嫌な音がした。


 それは、不良くんの背後に重ねてあった段ボールの山が、突然の衝撃に耐えきれず崩壊を始める音だった。――近くにそびえたつ、生徒総会の未完成資料の山脈を巻き添えにして。


 ガコガコガタガタッ、ドスッ、ドサドサドサッ!!


 ……あっけないおわりだった。

 白い山脈はかすかに震えたのをきっかけに大規模な雪崩を起こし、瞬く間に崩壊する。

 背の高い障害物が消えた部室に、ひらひらといくつもの白い紙が舞い、巻き上がった埃が午後のうららかな光を受けてきらきら輝く。

 そんな景色の中で、誰もが唖然と口を閉ざしていた。


「ああ、遅かったか……」


 一足遅れて到着した会長が、深いため息をつく。


 事は、深刻だった。

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