プロローグ
プロローグです。
メグの家の玄関は引き戸式で、小さな土間がある。そして、土間と家の内の床との間には、腰かけるのに丁度いい高さの上がり框がある。
昼下がり、Tシャツ・ハーフパンツ姿のメグはそこに腰かけ、戸を開けっ放しにした玄関の外の景色を眺めている。隣にはグラスに汗をかいた冷たいお茶。季節は恐らく夏。
「どうなってんだろ~、これ。あれなの?小説とかでよくあるあれなのかな…?」
ボーっと眺めていた彼女はブツブツと呟く。
というのも玄関の外に見える景色、庭はいつも通りである。
しかし、昨日までの景色とは決定的に違う部分があるのだ。
始まりは今朝だった。
大学二年生の夏休みで、二日前から実家に帰省してのんびり過ごしていた八月上旬の土曜日、メグは偶々いつもより朝早く目が覚めた。
すっきりと目が覚めたので二度寝をすることもなくベットから起き出し、そのまま自室のある二階から階段を下り、一階の台所に行く。
すると、母や兄はいつものことながら一番早起きの父が居なかった。そのかわり祖母が起きてきていて、定位置の椅子に座ってのんびりしていた。いつもよりなんだか元気そうである。
「おはよー、おばあちゃん。」
「おはよう、メグ」
メグが挨拶をすると、祖母もにっこりと挨拶をかえした。
「あれ、父さん起きてない?」
「今日はまだ下りてきてないみたいだよ。おじいちゃんならもうすぐ出て来るんじゃないかねえ?」
父がいないので聞いてみると、まだ二階の寝室から降りてきていないらしい。めずらしい、仕事で疲れたのかな、とメグは思いつつ朝食の準備を始める。背中の半ばまである髪は邪魔になるので、ねじってバンスで挟んで纏めておく。
メグの家庭の朝食は簡単なものをそれぞれ準備して食べる、朝食の趣向が同じなら一緒に準備して食べる、といったスタイルだ。
祖母に朝食を済ましているのか訊くとまだだったので、祖父母の朝食もかねて味噌汁を作り、自分用に目玉焼きを焼く。祖父母は自家製の漬物などを朝食で食べるので、それらを冷蔵庫から出してテーブルに出す。そして祖父はまだ来ていないので器のみ準備し、二人分のご飯とみそ汁を器についで並べる。
いただきます、と言ってメグと祖母が朝食を食べ始めて少しして、祖父が台所に出てきた。
朝の挨拶をし、準備していた器にご飯と味噌汁をつぎ、祖父も朝食に加わる。
「お祖父ちゃんもお祖母ちゃんもなんか今日は調子よさそうだね」
「そうだなぁ、確かに今日は調子がいいような気がするのぅ」
「目が覚めた時からなんだか体の調子がいい気がするわね」
「そうなんだ、私も今日はすっきり目が覚めたんだよね~」
そして談笑しつつ朝食を食べ終わった後、メグはリオにも餌をやらねばと思い、
「ごちそうさま、リオにご飯あげてくる!」
と言いながら席を立つ。
外でリオがやけに吠えていているのが聞こえて来るので、今日は随分お腹が空いているのかなとメグは思った。
リオは家の外で飼っている体高50cm程の焦げ茶色の毛並みをした二歳の雌犬だ。雑種だがハスキーの血が四分の一混じっており、きりっとした顔立ちの美人さんだ。
「じゃあ、食器は洗っておくから行っておいで」
祖母がそう言ったのでお礼をいい、食器を流しに持っていく。リオ用の器にドックフードを入れ、それを持って台所を出て玄関へ。
そして玄関の戸を開いて外に出た時、メグは「あれ?」と思った。何か視界に違和感がある。
違和感に首を傾げ、しかしすぐにその正体に気が付き固まった。
実家のある場所は田舎である。谷に挟まれた十数件の集落で、スーパーへ行くのに車で三十分、バスは一応通っているが一日二本と、車が無いと不便な所だ。そして谷の奥、山の方を向いて家は建てられているため、玄関から外に出ても、庭を挟んだ正面にある、農機具などの入った倉庫とその向こうの山、家の脇の道路と道路沿いの川しか見えない。
そう、庭の向こうには見慣れた山があるはずで、家の脇には道路があるはずなのだ。
そのはずが、見慣れた山はなくなっており、道路があった場所も含め、家の敷地の外が見える限り全て知らない森になっていた。
固まりから溶けたメグが混乱しつつ家の中に戻ろうと振り返ると玄関は消えていた、なんてことはなく普通に家ごと存在していた。
祖父母も居た。
しかし、急いで起こしに行ってみても、部屋で寝ていると思っていた他の家族は何処にも居なかった、というわけである。
ちなみにその後リオのもとに餌を持って行くと、リオは小屋の外でソワソワと動き回りながら吠えていて、メグを見ると駆け寄ってきてピッタリとくっつきながら震え、暫く離れなかった。
どうやらメグこと谷守恵美は何故か祖父母、愛犬のリオと一緒にトリップしてしまったようだ。