第一話『ツギハギの世界』2
「よく飽きないな。別に何もない街なのに」
不意に背後から掛けられた、その知った声にトーマが振り向くとそこには案の定、朝比奈駆馬が立っていた。
鈴ヶ台は三方を山々に囲まれた台地で、東には丘陵地が広がっている。その一帯は鈴ヶ丘と呼ばれ、今トーマ達がいる自然公園の草原や森があり、街を見下ろせるなだらかな丘を越えていくと海に出た。
その鈴ヶ丘の森にある鈴生神社の宮司の息子である駆馬は、トーマのクラスメートで一番の友人だった。
トーマが日本に来たのは年明け早々で、鈴ヶ台中学へ編入した時には当然周りは入試モード一色だったので、クラスメート達と親交を深め合う様な余裕もなく、勉強に関しては日本語も含め大きな問題はなかったトーマだが、学校生活では戸惑うことも多かった。
そんな時、何かとトーマを世話をしていたのが駆馬だ。
彼は決して社交的な人間ではない。駆馬が他人と意識的に距離を置こうとしているのはトーマにもすぐに分かった。けれど、トーマが独りで困っている時、そしてそのことを誰も気付いていない時、そこには必ず駆馬が居てくれた。
親切な言葉は何もなく、ただ手を貸してくれる。そして用が済むと、うっかりすればお礼すら言わせてくれないで離れていく。
そんな駆馬と同じ高校の同じクラスになった時、トーマは素直に嬉しかったし、迷わず真っ先に声を掛けた。駆馬は相変わらず無愛想な対応でろくに会話も成り立たなかったが、それ以来二人は自然と一緒にいるようになった。
「駆馬」
「お前の母さんに、またここだって聞いて」
トーマの驚きと少しの嬉しさが込もった呼び掛けをいつもの様にスルーして、駆馬は淡々と言葉を続ける。
「あ、ごめん・・・」
「別にお前が謝ることじゃないさ」
確かに一緒に学校に行くことを約束している訳ではない。駆馬は約束事を嫌っていた。迎えに来てくれるなら予め言ってくれれば良いのにとトーマはいつも思うが、言っても駆馬は何も答えないだろうことも知っている。
「それに、俺も今日はここかもって気がしてたし」
「エヘヘ」
淡々とした駆馬の言葉にトーマが照れ笑いで応えると、ふと会話が途切れた。
海から丘を登ってくる南東の風が2人を追い越して夏の匂いを街へと運ぶ。
街を囲む山々がまるで大きな指の様で、きっと神様がそっと両手で掬ったこの街にフーっと息を吹き掛けて季節を夏へと変えようとしているんだ、そんな風に思えてトーマは心地良さそうに目を閉じた。
「行くぞ。遅刻する」
「うん」
駆馬の言葉に応えて立ち上がりながら、トーマは駆馬の目にはこの街の景色はどんな風に映っているんだろうと思った。