第一話『ツギハギの世界』1
それは、初夏の風が少しの熱と新しい季節の予感を運んでくる、そんなある日の朝。
街を見下ろす丘の上で、朝日の様な髪の色をした少年が一人、芝生に腰を下ろしてじっとその風景を見つめていた。
『おばあちゃん、この街の夏もグラナダと同じ様にとても暑いです。勿論、景色も流れる空気も違うけれど、それでも今日みたいな日に吹く風は、何故だかあのアルハンブラを思い出させてくれます』
風がその足跡を付ける様に草木をそっと波打たせる度に赤毛と半袖のシャツも緩やかに揺れ、サーっという心地良い風の足音だけが響くその場所で、少年はただじっと世界を見つめていた。
『こんな日には朝から何だか予感がしていつもより早く目が覚めるから、母さんに少し無理を言って朝食を早めに済ませて、そしてこの場所であの日おばあちゃんが連れていってくれたアルハンブラを心に思い浮かべます。僕と同じツギハギで出来たあの宮殿の様に、僕も丘の上から世界を見つめてみるんです。そうすると、世界の扉が開いていくのが分かるんです。あの時と同じ様に・・・』
少年の名前は山羊原トーマ。スペイン人の母と日本人の父を持つ彼はずっとスペインで暮らしていたが、父親の仕事の都合で半年程前に日本へ移住し、ここ鈴ヶ台へやってきた。そしてそのまま地元の鈴ヶ台高校へ進学して以来、トーマは時々この丘でこうしてただ世界を見つめながら、心の中で遠くスペインに居る祖母へ語り掛けたりして過ごしている。
それは、人より少しだけ違う世界が見えるトーマにとって、自分の今居る場所を確認する為の大切な時間となっていた。