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ヘタレな勇者  作者: 六三
9/28

9:ヘタレの戦い

 翌日、ムダルの軍勢を倒す為の作戦会議が行われた。


 とはいえ、作戦といってもティーナが襲われて滝に落ちた時の教訓から考えれば、結局ファーリスが1人で戦うのが一番良いのだ。


 他に人が居れば、ファーリスはその人を守らなくてはならなくなる。

 それに矢や槍などの敵の攻撃は、ファーリスの結界にはまったく歯が立たない。


 ファーリス1人が瞬間移動でムダルの軍勢のど真ん中に突っ込み、敵の攻撃を物ともせず、ファイヤーボールを撃ちまくる。

 これで勝負はつくのだ。


 こうして、ファーリスが1人で突っ込む。という作戦とも言えぬ作戦が実行される事となった。




 ムダル軍の参謀ザークは陣営にて司令官のディエゴに戦況を報告していた。


 ザークは黒く短い髪と同じ色の瞳を持った男だった。年のころは30を過ぎたぐらいだろうか。体格は武人としては大きい方とは言えないが、引き締まり鍛え上げられた印象を受ける。


「戦況はこちらに有利に進んでおります。ここ数日の戦績は3勝2敗。こちらの計画通りです」


 報告を受けてディエゴは渋い表情となった。

 ディエゴはザークよりも10歳ほど年下で、ザークよりも頭半分ほど背が高く体も一回り大きかったが、その体はどこか弛んだ印象を与えた。


「やはり全勝するわけには行かんのか?」


「はい。なまじすべて勝ってしまっては敵に警戒されます。そうなれば敵は早々に城に立て篭もりましょう」


 つまり、ティーナを初めとしたリリエル陣営では、勝ったり負けたりしながら少しずつ押されていると思っていたのだが、そもそもそれはムダル陣営の作戦だったのだ。


 しかしディエゴはザークの説明に納得しかねる様に口を開いた。


「だが、敵が城に立て篭もると言うなら、敵の食料を断ち、兵糧攻めにすれば良いではないか」


 ザークは頭を抱える思いだった。

 何度同じ説明をさせれば気が済むのか。

 この様な男など、もしムダルの跡取りでなければ、一軍の司令官どころか何の職にも、いや乞食すら務まらないだろう。


「確かに敵を城に押し込めれば兵糧攻めを行う事が出来ます。しかしその挙句最後の最後で敵が決死の攻撃を仕掛けてくればどうなりますか? 現在、我が軍は敵の3倍の兵力ですが、死を覚悟して向かってくる敵の力は侮れないもの。3倍の数とはいえ安心できません。野戦で出来るだけ消耗させるべきなのです」


「だが、負ければこちらも被害を受けて、敵も減る様にこちらも減るならば意味が無いではないか」


 駄目だ。こいつは底抜けの馬鹿なのだ。

 だが何度目になるかは分からないが、ザークはうんざりしながらも最早一言一句暗記している台詞を繰り返した。


「いいですか。初めは30対10で3倍でも、お互い5ずつ損害を受ければ、25対5で5倍となり、6ずつなら24対4で6倍。7ずつならば23対3で7倍以上。しかも実際は我々の損害は敵よりも少ないのです。敵がこちらの思惑通りに野戦に応じる限り、我々も野戦におびき出す様に動くべきなのです」


「だが、敵を兵糧攻めにするならば、敵を倒さず城に立て篭もる数を多くした方が良かろう」


 ディエゴの言葉に、ザークは改めて今回の戦いで一番困難な任務が何かという事を再認識した。

 それはこの馬鹿の御守をする事なのだ。

 並みの神経の持ち主ならば、既に任務を放棄し軍からも出奔しているだろう。


「城に立て篭もる人数など、敵が完全に篭城してから村々を襲い、その住民を、特に女子供を城に追い込めばいくらでも増やせるのです! 逃げてきた領内の民を追い返す訳には行かないのですからな。そして立て篭もらせるならば、兵士ではなく戦闘の役に立たない女子供の方が良いのです!」


「うむ。なるほどな」


 ディエゴはここまで説明されてやっと鷹揚に頷いた。


「ご理解ありがとう御座います」


 ザークは内心の「お前、三日前も同じ事を言ってただろ!」という言葉を飲み込み礼儀正しく一礼した。


 そして最早馬鹿の相手にしていられないと「では、各部隊の隊長と打ち合わせがありますので」と言い残し、その場に背を向けた。


 ザークはディエゴの「うむ。ご苦労」と言う言葉を背に受けながら、どうして今の台詞で「自分が軍議から除外されている」という事にすら気付かないのか、不思議でならなかった。


 そしてその後、ディエゴを除いたこのリリエル遠征軍の幕僚達を、ある天幕に招集して行われている軍議にて、ザークは数日前から気になっているある事について報告を受けていた。


 そのある事とは、リリエルに魔物が味方している。というものだ。


 勿論、ザークも初めはその様な事は信じなかった。

 だが複数の兵士が証言し、重ねて報告があるとさすがに信じないわけにも行かなくなったのだ。


「だが、今のところその魔物が戦闘に参加しているという報告は無いのだな?」


 本来司令官が座るべき場所に座りながらザークが問いかけると、幕僚の一人がそれに対して答えた。


「はい。その魔物はリリエルの領主クリストフの娘、ティーナの護衛をしていたらしいという事でしたが、戦場に出てきたという報告は届いておりません」


 ザークはその言葉に考え込んだ。


 どうして敵はその魔物を戦場に出さないのか?


 以前、領主の娘のティーナを谷底に追い落とし命を奪ったという報告を受けたが、どうやってか、そのティーナは命を拾ったらしいという報告も受けている。

 その魔物はあくまでもティーナの護衛としてだけ存在しているのだろうか?

 そして今も戦場には出ずに、ティーナの護衛を続けているのだろうか?


 いや、その様な事は馬鹿馬鹿しい話だ。

 戦場に出せば勝つと分かっている戦力を、わざわざ出さずに居るなどあり得まい。


 では、その圧倒的な戦力を出さない理由とはなんだというのか?

 敵に何か策があるとでも言うのか?

 しかし、今までリリエル軍と戦ってきた感触からは、リリエル陣営に自分に悟られぬほどの策を立てられる者など居そうに無い。


 ザークは思案を重ねた。


 だがこのザークの長々とした思考は、まるっきり無駄だった。


 突然、軍議を行っている天幕の外で、ドゴン! という轟音が聞こえてきたと思うと、それに続いて兵士達の逃げ惑う悲鳴。

 そしてさらに続く轟音。


 ザークが「どうしてそれほどの戦力が戦場に出てこない?」と思っていたその戦力が今まさに攻めてきたのだ。


「まっ魔物です! 突如魔物が現れました!」


 天幕の外から兵士が転がり込んできた。


 ザークがその兵士の脇を駆け抜けて天幕の外に出ると、確かにその魔物が居た。



 ファーリスは、ムダル軍の本陣のど真ん中に瞬間移動で出現すると、とりあえず兵士達がたむろする付近の地面にファイヤーボールをぶっ放した。


 いきなり火の玉が目の前の地面に突き刺さり、轟音と共に舞い上がった地面の土を被った兵士達は悲鳴を上げて逃げ惑う。


「うっうわーー!」

「化け物だ!」


 他の兵士達がその轟音と悲鳴に何事かと思い集まってくると、ファーリスはその兵士達の足元の地面にもファイヤーボールをぶっ放した。

 そしてその兵士達も逃げ惑う。


 しかし、さすがに敵の本陣だけあった精鋭揃いなのか、なんとこの状況でもファーリスに攻撃を仕掛けてきた猛者がいた。


 だがこの猛者の勇気ある行動は、結局は味方をさらに怯えさせる結果しか生まなかった。


 渾身の力をこめて放たれたその猛者の槍による突きは、ファーリスの心臓の位置でガキンという金属音を鳴らし跳ね返された。

 そして次の瞬間、かざされたファーリスの手から放たれた火の玉により、その猛者は吹き飛んだ。


 その光景をみた兵士達が恐怖のあまり逃げ散った。

 そして逃げる兵士達を追い立てる様に、ファーリスのファイヤーボールが放たれる。


 結局その猛者の行動は、ファーリスの不死身ぶりとファイヤーボールの威力を改めて、兵士達に植え付ける事しか出来なかったのだ。


 いや、違った。

 この猛者の行動から一人だけあるヒントを得た人物がいた。

 他でもないザークである。


(あの魔物はもしや……)


 ザークは辺りを見回し、一頭の馬を見つけた。

 どうやらその馬の持ち主は地面に打ち込まれたファイヤーボールの轟音により棹立ちになった馬から振り落とされ、しかもその後徒歩で逃げ去ってしまった様である。


 ザークはその馬にまたがり、そしてなんと攻撃をまったく受け付けず、一撃で猛者を吹き飛ばす魔物に近寄って行ったのだ。


 その間にもファーリスの攻撃により、兵士達は逃げ惑いムダル軍本陣からはほとんど兵士が居なくなっている。

 勿論、ディエゴは真っ先に逃げ去っている。



 ファーリスは、ムダル軍兵士を追い払う為にファイヤーボールを連射していたが、視線の隅に馬に乗りこちらに近寄ってくる人物を捕らえた。


 その者へと手をかざし、ファイヤーボールをぶっ放す。

 ファイヤーボールはその者が乗る馬のすぐ近くの地面へと突き刺さり、轟音と土砂をその者に叩きつけた。


 だがなんとその者は、器用にも轟音に驚いて棹立ちになった馬から落馬せずに耐え切り、馬を押さえ込んだのだ。


 そしてファーリスを睨むと、ゆっくりと馬の歩を進めさせて、さらにファーリスへと近寄っていく。


 ファーリスもそれに対して、さらにファイヤーボールをぶっ放す。


 だがまたしてもその男は、棹立ちになる馬に耐え切った。


 そして今度はファーリスを睨むのではなく、にやりと笑ったのだ。

 その笑いはまるで何もかも見通している様だった。


 その笑いを見た瞬間、ファーリスの背中に冷たいものが流れた。


「うわーー!」


 ファーリスは反射的に叫び、そしてファイヤーボールを連射する。


 さしものその男も、そのファイヤーボールの連射には馬を抑えきれずに落馬した。


 そして、落馬した時にどこかを打ったらしく、危なげな足取りでゆっくりと立ち上がった。


 ファーリスは思わず身構えた。

 明らかに自分の方が強いのは分かっているにも関わらず、なぜか相手から恐怖を感じたのだ。


 だがその男は、立ち上がった後にファーリスを一瞥すると、ファーリスに背を向けて、やはり危なげな足取りで立ち去って行った。

 そして他の兵士達もすべて逃げ去った。


 こうしてファーリスの攻撃により、ムダル軍本陣は崩壊したのだった。



 だが、逃げ去る兵士達の群れに紛れ、落馬した時に打ち付けた体を引きずりながら、ザークはまたもやにやりと笑い、そして呟いた。


 「ヘタレか」


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