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ヘタレな勇者  作者: 六三
6/28

6:出番の無いヘタレ

 ティーナは目を覚ました。

 どうやら、あのまままた眠ってしまったらしい。


 しかもファーリスは、まだティーナの上に覆いかぶさったままだ。


 よく貧弱とはいえ、男の子1人を自分の体の上に乗せたまま眠れるものだが、ファーリスに傷を治してもらったとはいえ、大量に出血をしていたティーナも、かなり衰弱していたらしい。


 だが、ティーナ自身がファーリスを自分の体の上に乗せて抱きしめたまま眠ってしまった事に苦笑していると、不意にファーリスの体が冷たいのに気付いた。


 その冷たさに、ドクンとティーナの心臓が一つ大きくなった。

 背筋が凍りつく。

 そして「ファーリスが死んでしまったのかも」と思った。

 頭で考えるより前に体が反応したのだ。


 ティーナは慌てて、滲む視界でファーリスの服の上からファーリスの心臓の場所に手を当てた。


(だめ……聞こえない)


 ティーナは急いで、ファーリスの服の前のボタンを外そうと、ファーリスの服に手をかけたが、目がよく見えず、焦るばかりで中々ボタンは外れない。


 ブチッ! ブチッブチッ!


 ティーナはファーリスの服のボタンを力ずくで引きちぎると、服の中に手を差し込み、ファーリスの肌に直接手をかざした。


 そこは小さいながらも、確かにトクントクンという音をティーナの手に伝えた。


(ファーリス……)


 ティーナはファーリスを抱きしめた。


 気付くと頬に涙が流れていた。


(自分はいつから泣いていたのだろう)


 ファーリスの心臓の音が聞こえなかった時にだろか?

 ファーリスの心臓の音が聞こえた時にだろか?


 でも、そんな事はどうでも良い事だった。

 なにせファーリスが生きているのだから。


 だが、このままファーリスの体が冷え続ければ危険だろう。


 ティーナはファーリスの体をさらに強く抱きしめた。


 眠れば人の体は冷える。


 さっきまではティーナも寝てしまっていたので抱きしめながらもファーリスの体が冷えてしまったが、起きている今なら抱きしめてファーリスの体を温めることが出きるはずだ。


 相変わらずファーリスの体はティーナの体の上にあった。


 さすがに貧弱とはいえ男の子一人をずっと自分の体の上に乗せていてはティーナの負担も大きい。

 しかも石だらけの川原にだ。

 ティーナの背中に石が当たりティーナを責め続けた。

 でも、衰弱したファーリスの体を冷たい川原の上に横たわらせられる訳が無い。


 ティーナはファーリスの体を自分の上で抱きしめながら、色々と考えていた。


 そういえばファーリスはいくつなのだろう?

 ちゃんと年を聞いた事はなかった。


 多分自分より5つくらいは歳下なのではないか? ティーナはそう思ったが、本当は、ファーリスは17歳で、そしてティーナは20歳だったので3歳差なのだ。

 だが、貧弱なファーリスはティーナには実際の年齢よりも若く見えたのだ。


(5歳だと、結構離れてるわね……)


 だが不意にティーナは赤面した。

 お互いの歳が近かろうが、離れていようがどうだというのか。


 ティーナは別の事を考える事にした。


 早く、ファーリスをリリエルまで連れて行かなくてはならない。


 今はこうやって抱きしめて暖めているが、それにも限度がある。

 ここには火を熾す道具すらないのだ。


 ファーリスをちゃんと温かいベッドに寝かせて休ませないといけない。


 だが、自分は動けない。


 城にはまだまだ先だが、すでに自分の生まれ住んだ領地内だ。自分が今いる場所は大体分かっている。

 城まで辿り着く事は出きるだろう。


 だがさすがにファーリスを担いでいくという事が現実的で無い事ぐらいは分かる。


 そして、ファーリスをこの場において急いで城まで行って応援を呼んできたとしても、丸一日以上かかるだろうという事も。


(どうすれば良いんだろう……)


 ティーナはファーリスを強く抱きしめた。


 このまま自分の上でファーリスが衰弱していくのを見守るしかないのだろうか?

 また涙が頬を伝った。


 だがティーナがそう悲嘆にくれていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「お嬢様ー」


 間違いないボルジの声だ。

 そして他の声も聞こえてくる。


「ティーナ様。どこでございますか!」


 ムダルの軍勢にティーナが谷底に落された時、その軍勢に無視されたボルジが、あれから急いで城まで戻り、救援を呼んできたのだ。


 しかもムダルの軍勢に襲われても大丈夫な様に、大部隊を派遣してきていた。

 ヴィデンまでは派遣できなくても、城のすぐ近くであるここまでなら大部隊を派遣しても何の問題も無い。


 ティーナは神に感謝した。

 だがこの事が例え神の御蔭ではなく、悪魔の御蔭だったとしても、ティーナは感謝しただろう。

 ファーリスが助かるなら、誰の御蔭だろうと対した問題ではない。


 ティーナは、ゆっくりとファーリスト体を入れ替えて、慎重にファーリスの体を横たえ、頬を伝っていた涙を拭うと大声で叫んだ。


「ここに居るわ! ファーリスも一緒よ!」


 そしてその声に反応して、ボルジと兵士達がティーナに近づいてきた。


 ティーナを見つけたボルジが喜びの声を上げる。

「おお! お嬢様! よくぞご無事で」


「ファーリスが助けてくれたの」

 そのティーナの言葉に、隊長らしき男が口を開いた。


「ボルジ殿から聞いております。なにやら不思議な力を持っている少年らしいですな」


「ええ。でも今はとても衰弱しているわ。ゆっくりと城まで運んであげて」


 ティーナの言葉に隊長が後ろの兵士に合図すると、兵士はすぐに担架を持ってきて、ティーナが心配そうに見守る中ファーリスを横たえた。


 こうしてファーリスは慎重に運ばれ、ティーナとファーリスは城に辿り着く事が出来たのである。


「おお! ティーナ! 心配したぞ」

 城に着くとティーナの父である、リリエル領主のクリストフが、娘が無事なのに喜び、娘を抱きしめようと大きく手を広げて出迎えた。


 妻が亡くなってから大事に育てた一人娘だ。

 クリストフは、愛する娘が谷から落ちたと聞き、昨晩の内に救援の部隊を派遣してから一睡もしていなかったのだ。


 娘も生きて父と再会できたのが嬉しいのか、足早に近づいてくる。


 そして間近まで近寄った娘に、クリストフはさらに大きく腕を広げた。


 だが、その目に入れても痛くない可愛い娘は、クリストフの手を振り払い「じゃまです。お父様」と目もあわせず言うと、足早にクリストフの傍を通り過ぎた。


 あまりの事にクリストフが唖然として娘の後姿を見送っていると、娘は振り返った。


(おお。通り過ぎたのは冗談であったか。なんとお茶目な娘なのだろうか)


 クリストフは再度笑顔で両手を広げ、お茶目な娘がその胸に飛び込んでくるのをまった。


 ドカッ!


「おわっ!」


「りょ領主様! 申し訳御座いません!」


 後ろから突き飛ばされたクリストフが、起き上がりながら振り返って見ると、兵士2人が担架を担いで人を運んでいる。

 担架の先頭の者は後ろ向きに進んでいたので、クリストフが見えなかったのだ。


「ばか者! 良く見んか! ワシを誰だと思っ「そんな事どうでも良いからいいから早くしてちょうだい!」


 クリストフの怒鳴り声にうわっかぶせしたのは当然ティーナだ。


 そしてさらにティーナは「こっちよ!」と先に進みだした。


 担架を担ぐ兵士はティーナの剣幕に押され、足早にティーナを追っていく。


 その場には、最愛の娘に「そんな事」呼ばわりされた未だ突き飛ばされた体勢のままのクリストフが、呆然と残されたのだった。


 そしてファーリスを乗せた担架を担ぐ兵士達に、ティーナが「ここよ」と案内した部屋は、最上級の賓客の為に用意された部屋だった。


「あの。よろしいのですか?」

 担架を運ぶ兵士が恐る恐るティーナの問いかけた。


「なにがよ?」


「ですがこの部屋は……」


 兵士が戸惑うのも無理は無い。

 最上級の賓客の為とは、リリエルの領主であるクリストフ以上の貴族の為、つまりは公爵家や、万一にも王が泊まる事があればと用意された部屋なのだ。


 だが戸惑いながら問いかける兵士に、ティーナは当たり前の事を言う様に答えた。


「ここの部屋のベッドが一番暖かいの」

 そして懇願する様に兵士達を見つめた。


 そう、別にティーナは「自分の命の恩人なのだから最高級の持成しをしよう!」と考えた訳ではなかった。

 ファーリスを暖めてあげなくてはいけない。それだけを考え、城で一番暖かいベッドがある部屋に連れて来ただけに過ぎない。

 もし、この城で一番暖かいベッドが召使の部屋にあったなら、ティーナはまっすぐにその召使の部屋に向かっただろう。


「……わかりました」


 担架を担ぐ2人の兵士のうち、後ろの方を担いでいた兵士が答えた。

 前の方を担いでいた兵士が後ろの兵士に「おい。大丈夫かよ?」と小声で話しかけると、後ろの兵士も小声で「しょうがないだろ」と答える。


 兵士達は、ゆっくりとファーリスをベッドに寝かせると、部屋を出た。


 兵士達が扉を閉める時に閉じていく扉の隙間から部屋の中を覗くと、ファーリスの顔を心配そうに覗き込むティーナの姿が見えた。


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