4:ヘタレの活躍
3人は、リリエルへと向かっていたが、リリエルはそれほど遠くはないらしい。
というよりも、リリエルからそれほど離れていなかったからこそ、リリエルを攻めるムダルの兵士に見つかったのだ。
「ティーナ。あとどれくらいなの?」
「リリエルを馬車で出発して、丸1日ぐらいの所で襲撃されたから、歩いて戻るなら5日くらいかしら?」
「えー5日も歩くの?」
「がまんしなさい!」
ファーリスはティーナにタメ口で喋っていた。
ティーナの事を「ティーナさん」と呼ぶファーリスに、ティーナが「ティーナで良いわよ」と言ったからだ。
普通だったらそれでも、遠慮して断るところだが素直なファーリスは、素直にティーナの言う事に従った。
そして名前を呼び捨てに呼ぶのに敬語はおかしいと、タメ口になったのだ。
そして「えー。でもー」と再度不満の声を上げたファーリスにボルジが「ファーリス、文句ばかり言うんじゃない!」と怒鳴り声を上げた。
「……すみません」
しかられたファーリスはそう言うと、しょぼくれた様にうな垂れた。
さきほどからファーリスに対して、ティーナとボルジが少し偉そう気味に喋っているのには訳があった。
ボルジがティーナにこう提案したのだ。
「彼の力は強大です。逆らわれては大変です。ですが幸いな事に彼はヘタレです。ヘタレにいう事を利かせるには、高圧的な態度に出るのが一番なのです」
この人生経験豊富なボルジの提案により、ティーナとボルジはファーリスに対して偉そうにする事にしたのだ。
こうしてティーナとボルジにやいのやいの言われながらもファーリスはがんばって歩き続けた。
そして日も暮れたころ、ボルジが口を開いた。
「では、日も暮れてきたところですし、今日はここいらで泊まる事に致しましょう」
そう言って、道を少しそれた草むらに荷を降ろし、ファーリスもそれに倣って荷物を置く。
(疲れた……。まさかこんなに歩かされるなんて……。明日も同じくらい歩かされるのかな……)
だが、ファーリスが荷物を降ろしその場に座ってやれやれと思っていると、またもやボルジが怒鳴った。
「ファーリス! 何をやっとる。かまどを作るのを手伝わんか!」
「あ。はい!」
ファーリスが慌ててボルジの傍によると、ボルジは手の平ぐらいの大きさの石を積んで、かまどを作っていた。
「これと同じくらいの大きさの石をもっと拾ってくるんじゃ」
その言葉にファーリスは「はーい」と返事をして、言うとおりに石を拾う。
そしてあらかた石を拾い終わると、今度は木の枝を拾ってくるように言われたので、また素直に「はーい」と返事をして木の枝を拾ってきた。
「では、ファーリス火を点けなさい」
出来上がったかまどを指差しボルジがファーリスにそう命じた。
「え? これに火を点けるんですか?」
「そうじゃ。出きるのじゃろう?」
「でもー」
ファーリスは言いよどんだが、ティーナが手を叩いて「まぁそれは便利ね!」と言うので、ファーリスはしぶしぶ極力威力を抑えてかまどに向かってファイヤーボールを放った。
そしてかまどを吹っ飛ばした。
例えば、ボールを20メートル「ぐらい」で止まる様に蹴る事は出きるだろう、10メートル「ぐらい」で止まる様に蹴る事も簡単だ。
しかしボールを1センチ「ぴったり」で止まる様に蹴るのは至難の業だ。
そして当然ファーリスに、その様な至難の業ができる筈も無かったのだ。
「……」
「……」
「ファーリス!!」
呆然としていたティーナとボルジが、我に返ると同時にファーリスをそう怒鳴りつけた。
2人の怒鳴り声にファーリスは「え。だってやれって……」と、不満の声を上げたが、ボルジの怒声が再度響いた。
「誰がかまどをふっ飛ばせと言うたか!」
だが、その怒鳴り声は、そもそも自分がファーリスに火を点けろと言ったのを、誤魔化す為かの様に、不自然に大きかった。
「すみません……」
そこへ、ティーナがため息をつきながら、口を挟んだ。
「ボルジ、もういいわ。怒鳴っていても仕方がないわ。もう一度かまどを作りましょう」
さすがにお嬢様に言われてはと、ボルジも「うーん……。まぁ仕方が無い。早く石を集めるんじゃ」と矛を収める。
そしてファーリスはボルジに言われたとおり、自分が吹き飛ばした石を再度拾い集めだした。
そして視線を感じてティーナの方を見ると、果たしてティーナもファーリスの方を見ていて、一瞬目が合った。
だが、ティーナは目が合ったのに気付くと、プイっと目を逸らした。
ファーリスは(嫌われちゃったかな……)とため息をついて、石を拾い続けた。
そしてファーリスが石をあらかた拾い終わり、ボルジがかまどを組みなおしているところに置いた。
(次は、木の枝を集めないとね)
そう思って木の枝を拾おうかと、辺りを見渡すとティーナが近寄ってきた。
そして「はい。これ」とティーナがファーリスに差し出したのは、両腕一杯の木の枝だった。
「あ。ありがとう」
ファーリスが喜んでティーナにそう言うと、ティーナはまた目を逸らした。
「もうお腹すいちゃったのよ。早くしてね」
だがそう言うティーナの頬は少し赤かった。もう日が暮れてしまっていて、ファーリスがその事に気づく事はなかったのだが。
その後、かまどとは全然別の所に数本の木の枝を置いて、ファーリスがそこにファイヤーボールを放ち、それで燃えた木の枝をかまどにくべて火を熾した。
こうしてやっと食事にあり付いた3人は、この日は色々とあった事もあり疲れ果て、食事の後はすぐに休んだ。
翌日、ファーリスは疲れない移動方法を思いついた。
(瞬間移動の魔法なら歩くよりは疲れないからね!)
だが、瞬間移動でティーナとボルジを連れて飛ぶ事は、ファーリスの魔力では出来ない。
だからボルジとティーナに先行してもらいある程度離れたら、瞬間移動で2人に追いつく。という方法を思いついたのだ。
勿論ファーリスは道を知らないので、先頭をいくボルジの前に出現する事は出来ない為、ファーリスはボルジとティーナの間に瞬間移動する事にしたのだった。
ティーナが、道端にちょこんと座るファーリスを歩いて追い抜いた。
しばらくすると、またティーナが、道端にちょこんと座るファーリスを歩いて追い抜いた。
また、しばらくすると、またティーナが、道端にちょこんと座るファーリスを歩いて追い抜いた。
そして、またまた……。
「ファーリス!」
突然、ティーナが怒鳴った。
「え? なに?」
突然のティーナの剣幕に、ティーナの前の道端に座りながら出現したファーリスが飛び上がった。
「あんた、ちゃんと歩きなさいよ!」
「え? どうして?」
「なんかむかつくのよ!」
ティーナが腰に手をあて、ファーリスを睨みつける。
「えー。でもー荷物も重たいし……」
ファーリスの言葉にティーナはしばらくファーリスを睨んでいたが、不意に「貸しなさい!」と言うと、ファーリスが持っていた荷物の半分を奪い取ってしまった。
そしてファーリスをその場に残して、すたすたと歩き出し、しばらく歩いた後ファーリスに振り返った。
「あなたも歩きなさいよ!」
そう言うと、荷物を抱えたまま、また前を向いてある出だす。
「あ。うん」
だが、こうしてリリエルを目指していた3人に、前回追い返した騎士達からの報告を受けたらしい、100騎以上の騎士達が彼らの前方からやって来た。
前回数十人の騎士が追い返されたという事で、兵を増強している様である。
ちなみに前回追い返された兵士達は、敵に魔物が居ると口を揃えて訴えたが、それは負けた言い訳なのだろうと無視された。
だが、前回で敵の攻撃が自分には効かない事を知っているファーリスにとっては、数が増え様が同じ事だ。
敵から受けるダメージが0な以上、0にいくら掛けても0なのだ。
ファーリスは、普段は自分の体ぴったりに張っている結界を広げた。
伝説の大魔法使いは防御結界で町一つを囲い、大天災から町を守ったというが、ファーリスには、精々いつもの倍程度が限界なのだった。
だがそれでもティーナとボルジの2人を背に隠すには十分だ。
「僕の後ろに隠れて!」
ファーリスが荷物を降ろしてそう叫んだ。
「貴方の後ろなんかに隠れても無駄に決まってるじゃない!」
「魔法で守るから大丈夫だよ!」
魔法といわれ、2人は荷物をほおりだし、慌ててファーリスの後ろに隠れた。
魔法という物がどういう物かはまだよく分からないが、今はその言葉を信じるしかない。
こうしてる間にも、騎士達はどんどんと彼らに近づき、お互いの顔がはっきりと分かる距離で止まった。
そしてさらにその騎士の一団から一人の騎士がゆっくりと馬を進ませ、前に出た。
この部隊の隊長らしく、一際装飾も見事な鎧を身に着けている。
「リリエルのティーナ殿とお見受けいたす。出来れば手荒な事はしたくはありません。素直に投降して頂けますかな?」
「投降なんてするわけ無いでしょ! 馬鹿にしないで」
ティーナがファーリスの背に隠れながらその騎士にそう怒鳴って言い返した。
「しかし、どうやらそちらの頼みの綱は、その男の子1人の様ではないですか。その様なひ弱な男の子の命を奪うなど、不憫でなりません。早く投降なさいなさい」
先頭の騎士が肩をすくませながらそう言うと、後ろに控えている他の騎士達から笑い声が上がった。
その様子を見ていたティーナは小さい声でファーリスに話しかけた。
「何やってるのよ?」
「え? なに?」
「あなた馬鹿にされてるのよ? 悔しくないの?」
「え? そうなの?」
元の世界で散々、ひ弱と言われてきたファーリスは、ひ弱と言われる事に慣れていて、馬鹿にされているという事に気付いていなかったのだ。
「いいから、やっちゃいなさい!」
「あ。うん」
ファーリスがそういった次の瞬間、ファーリスの手からファイヤーボールが乱れ飛んだ。
とはいっても、騎士達の足元の地面に向かってだ。
魔法の授業で生徒同士魔法を撃ち合う事が多く、ヘタレのファーリスと言えど人に向かって魔法を撃つのは慣れているのだが、さすがに相手には防御結界がなく撃てば大怪我をさせると分かっていては躊躇する。
「なんだこれは!」
「火の玉だ!」
「もしや敵に魔物が居ると言う報告は本当だったか!」
地面に撃たれたファイヤーボールは轟音と共に土煙を撒き散らし、馬達は皆棹立ちとなって数人の騎士が落馬した。
大混乱となった騎士達だったが、さすがにはじめの騎士達と違い精鋭ぞろいなのか、ファーリスの攻撃を受けてもなお反撃してくる。
とはいえ、さすがにファーリスに近寄ろうとはせず、遠巻きに矢を放ってきたのだ。
だが、その矢は全てファーリスの結界にカンカンと弾き飛ばされ地に落ちた。
騎士達が攻撃を仕掛けて来た事により、さすがにこうなっては自分の攻撃も相手に当てなければ成らないかと、ファーリスは身構えた。
(もしかしたら、ティーナやボルジさんにも当たってたのかも知れないしね)
だが、ファーリスが新たな攻撃を仕掛けるまでも無く騎士達は、
「なに! こちらの矢が効かんぞ!」
「ダメだ、やはり魔物なのだ!」
と口々に怯えの言葉を吐き、こうして騎士達はファーリスに手も足も出ず慌てて引き上げていたのである。
「どう? すごいでしょ?」
前回に続いて、またもや逞しい騎士達を追い払いファーリスは前回にもまして有頂天になった。
「次にきても、守ってあげるからね!」
ファーリスはそう言って胸を張った。
だが、敵を追い払って得意げにしているファーリスの態度に、ティーナはむかつきを覚えて怒鳴った。
「調子に乗るんじゃないわよ!」
そしてティーナは、ファーリスの頭を脇に抱えてその首を絞めた。
「くっくるしいよ。ティーナ!」
だがティーナはファーリスを放さない。
そしてファーリスの首を絞めながら思った。
自分にもファーリスの言う魔法という物が使えれば良いのに!
そうすれば、自分で敵を追い払う事が出来るのに!