3:ヘタレ発覚
「あのー。敵は逃げた見たいですけど……」
ファーリスは、馬車の中で最早これまでと、身を縮ませていたティーナとボルジに声をかけた。
「敵が逃げたですって!」
ティーナが驚いて馬車から出ると、たしかに敵は跡形も無く消えている。
ディエクをはじめ負傷した者達を、負傷していない者達が支えながら逃げ去ったのである。
「どういう事なの?」
「僕がやっつけました!」
そう言ってファーリスは胸を張った。
ファーリスは有頂天になっていた。
今まで劣等性として過ごし、活躍するという事などなかったファーリスだ。
それが貴族のお嬢様を助けたのだ。御伽噺の王子様みたいじゃないか!
「どうやら……本当に追い払ってくれたみたいね。でもどうやって追い払ったの?」
ティーナはそう言って、怪訝そうにファーリスを見つめた。
途中で拾ったこの男の子は、とてもではないが、数十人の騎士達を追い払えるほどの歴戦の勇者には見えない。
若い天才剣士というわけでもないだろう。
そもそも武器らしい物をまったく手にしていないのだ。
「魔法で追い払いました!」
ファーリスはさらに胸を張って答えたが、ティーナにとっては「何言ってるの? まだ頭が混乱してるの?」だ。
ティーナはさらに怪訝そうな表情になり、数度瞬きをすると改めてファーリスを見つめて問いかけた。
「魔法ってなんなのよ?」
ティーナにとっては当然の質問だが、ファーリスにとっては当たり前すぎて説明するのが難しい。
まるで「空気ってなんなのよ?」と聞かれている様だ。
「えーと。生命力を魔力に変換してね。それを放出して魔法にするんですよ」
「魔力ってなんなのよ?」
ティーナの質問にファーリスは頭を抱えたが、はたと気付いた。
そしておもむろに、少し離れたところにある岩に手をかざした。
ティーナが「なに?」と思っていると、突然ファーリスの手から火の玉が打ち出され、岩に当たってはじけ飛んだ。
だがその岩の表面は焼け爛れていた。
ファーリスは、説明するよりも実際に見せた方が早いと思ったのだ。
(あれ。かっこよくファイヤーボールで、岩を砕いて見せたかったのに、僕の魔力じゃ弱すぎて、岩が砕けないや)
だが魔法を知らない者にとっては、岩の表面を焼け爛らせるだけでも十分恐るべき威力だ。
ティーナもボルジも目を見開いて驚き、そしてまさに恐る恐るという感じでファーリスに視線を移した。
(あれ? 怖がらせちゃったのかな?)
2人の反応に焦った、ファーリスが「いえ。大丈夫ですよ」と近づこうとすると、2人は脅えた様に後ずさった。
「いやいや、大丈夫です! 僕御2人になにかしようなんて考えてないです!」
「本当なの?」
だが、そう言いながらも、その表情は相変わらず脅えたままだ。
ファーリスは、うんうんと頷きながら「本当です。本当です」と一生懸命に同意する。
「本当だなんて言っても、信用できないわ!」
ファーリスは「本当なの?」と聞いたのはそっちじゃないかと思ったが、口には出さずどうにか信用して貰おうと、必死で何度も説明を繰り返した。
なにせ、魔法では食べる物は用意できない。
是が非でも、彼らと一緒に連れて行ってもらって、食べ物を貰わなくてはならないのだ。
ファーリスが、自分は別の世界からなぜかこの世界に飛ばされたらしい事や、魔法にはどの様な物があるかを洗いざらい喋った。
焦った様に喋るファーリスを見て、逆に2人は落ち着いてきた様だが、やはりまだファーリスを信用はしきれないのか、中々ファーリスに近寄ろうとまではしない。
だがファーリスがさらに喋っていると、今までファーリスの話を聞きながら考え込んでいる様だったボルジがファーリスの話を遮った。
「ちょっとここで待っていなさい。お嬢様と2人きりで話がある」
そしてファーリスから離れたところで2人で話しはじめたのだ。
(ちゃんと連れて行って貰えるかな……)
ファーリスは不安げに、相談しているらしき2人を眺めた。
ファーリスが2人を見ていると、ボルジの話している事に、ときおりティーナが驚いている様だった。
そしてしばらくすると2人は戻ってきて、そしてティーナは口を開いた。
「まあ、仕方が無いわね。一緒に来なさい」
「本当! ありがとう!」
「でも、馬車がダメになってしまったのでディエクには向かわず、リリエルに戻るわよ。良いわね?」
そういわれてもファーリスにとっては、どちらでも一緒の事だ。うんうん。と頷いた。
そして馬車に積んでいた食料などの荷物を、ボルジとファーリスで背負って、リリエルへと戻る事になった。
とは言っても、貧弱なファーリスには沢山の荷物を持つ事が出来ず、ほとんどをボルジが持つ事になったが。
ちなみにボルジはティーナと2人きりで話した時に、ボルジはティーナにこう言ったのだ。
「あれほどの力があるならば、その力でわれわれを脅す事が出来るはずです。きっとあの男の子は底抜けのヘタレなのでしょう。ですがここで断っては、さすがにヘタレでも逆上しかねません。何かの役に立つかも知れませんし、とりあえずここは連れて行きましょう」