28:ヘタレのエピローグ
ついに待ちに待った戦勝の宴の日である。
空も晴れ渡り雲ひとつ無く、天もこの日を歓迎しているかの様である。
もはや敵襲の心配のなくなったと判断したクリストフは数日を掛け念入りに準備をさせたのだ。
そしてその結果、例え王族を招いたとしても恥かしくないほどの装飾と、料理が用意され、その光景にクリストフは満足げに頷く。
しかも宴は昼間から行われ、舞や音楽、はては寸劇までが準備されて夜まで続く事になっている。
クリストフは宴の開始を今か今かと落ち着きが無い。
だが開始しようにも戦勝の功労者であるファーリスと愛しい一人娘のティーナの姿が見えないのだ。
ファーリスと愛しい娘の事を考えるとクリストフの胸中は複雑だった。
確かに今回の戦いにおいてのファーリスの働きには感謝はしている。
そしてそのファーリスと娘が、なにやら仲が良さそうな事も分かっている。
しかし、だからと言ってどこの馬の骨どころか、異世界の人間などに大事な一人娘をやるわけには行かないのである。
娘の親としては当然の考えだろう。
やはり、娘の婿には同じ貴族が良い。
現在、うやむやにはなっているが、今後の事も考えるとやはりティーナの結婚相手には、ヴィデンの跡取りが一番だろう。
だいたい一度は婚姻の約束を交わしているのだ。
むしろ、それを反故すれば今度はヴィデンに攻められかねないのである。
だが今はそれよりも宴である。
待ちきれなくなったクリストフは、痺れを切らして口を開いた。
「やむえん。宴を開始しようではないか」
だがさすがに近習の者達が止めに入る。
「最大の功労者であるファーリス殿と、ティーナお嬢様がまだいらっしゃいませんが……」
だがクリストフは「かまわん。かまわん」とグラスを高々と掲げた。
そうなると他の出席者達も領主に逆らう訳にもいかず、同じ様にグラスを掲げる。
だが、まさにクリストフが「乾杯」と宣言しようとした瞬間、ボルジが駆け込んできた。
「御領主様! 大変です。ティーナお嬢様とファーリスがどこにも居ません! 駆け落ちです!」
「なんじゃと!」
クリストフは絶叫してグラスを床に叩き付けた。
その光景を見ていたアルベルトとベムエルは互いに目を見合わせ、ベムエルはおどけた様に肩をすくめる。
そしてアルベルトも小さく微笑み、2人はクリストフから見えない様に、こっそりとグラスをカチリと合わせた。
ファーリスとティーナは、リクルハルド城を背にリリエル領外へと抜ける道を懸命に駆けていた。
だが不意にファーリスが立ち止まると、ティーナに話しかける。
「でも、本当に良かったの?」
ファーリスの声にティーナも立ち止まり振り返った。
「だって仕方ないじゃない。城にいたら私、ヴィデンの跡取りと結婚させられるわ」
「でも、ヴィデンの人達怒らない?」
ティーナは腰に手を当て、言い聞かす様に口を開く。
「大丈夫よ。他の男と駆け落ちしたなんて聞いたら、もう自分の所の跡取りと結婚させようとなんてしないわよ。もしかしたらお父様に慰めの使者を送ってくるかも「このたびは、ご愁傷様です」って」
「そうだと良いんだけど」
「それとも、城に戻って今度はヴィデンの軍勢と戦う?」
ティーナが「どうするの?」といった感じで首をかしげる。
ファーリスは少し肩をすくめて答えた。
「うーん。もう戦いはこりごりかな」
そのファーリスの言葉にティーナは笑い出し、ファーリスも釣られた様に笑い出した。
そして2人は手を取り合うと、笑い合いながら改めて領外へと走り出す。
2人の背にはリクルハルド城がそびえ、そして空は青く、どこまでも晴れ渡っていた。
FIN
これで完結です。
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