27:ヘタレ勇者
アルベルトが率いるリリエル軍とファーリスは、夜も明けきらぬ内に城を出発し敵の第1、2、3、4陣を大きく迂回し第5陣へと向かっていた。
奇襲を行う為である。
さらに時を同じくして、ファーリスには第4陣に飛んで貰い、第4陣を攻撃して貰う予定だ。
これにより、敵は第1から第4陣までの戦力が本陣への救援にこれなくなるはずである。
そして第5陣を攻略した後は、敵の本陣を突くのだ。
もっとも、アルベルトは未だ見破っていなかったが、はじめに攻める第5陣こそが敵の本当の本陣なのであるが。
敵の第5陣の前まで来るとアルベルトがファーリスに声をかけた。
「では、ファーリス殿お願いします」
「はい。分かりました」
ファーリスはそう返事したかと思うと姿を消す。敵の第4陣へと向かったのだ。
「突撃!」
そしてアルベルトの号令の元、リリエル軍が第5陣へと突撃を開始した。
だが第5陣の柵の前まで進んだ彼らに、柵の内側から矢が雨の様に飛んでくる。
ベムエルは大きく舌打ちをすると、アルベルトに近寄る。
「やっぱり、見破られていました!」
アルベルトは内心(やっぱりと言うな!)と思ったが表情には出さず、ファーリスへ合図の狼煙を上げるように指示した。
かねてから打ち合わせていた「失敗の合図」である。
狼煙の白い煙は夜でも第4陣を攻撃していたファーリスにも良く見えた。
そしてその瞬間姿を消す。
そしてアルベルト達の前に姿を現すと早速口を開いた。
「早いね」
アルベルトは内心(早いと言うな!)と思った当然表情には出さない。
「敵本陣までは行けるかと思いましたが、この第5陣は厳重に警戒されていた様です。もしかしたらそもそもこの第5陣こそが敵の本陣なのかも知れません」
「じゃあ、計画はこのまま続けるの?」
「はい。続けます」
ファーリスの声にアルベルトは頷いた。
その頃ムダル軍の方では、ザークが追撃を命じていた。
「数名は先行して敵の伏兵の有無を確認せよ。残りは俺に続け!」
敵がどの様な策で来ようと見破ってみせる。
むしろこの様な策に出たのは、敵が全山焼き尽くせば勝てるという事にやはり気付いていない証拠ではないか。
だが全山焼き尽くせば勝てる事を、敵がいつ気付くとも限らない。何せ奴らは気付かないと思わせておいて、後々になってから気付く無能者揃いなのだ。
ザークはここで勝負を決めるべくリリエル軍への追撃を開始した。
アルベルト達は後退を続け、左右を林に挟まれた細い道に差し掛かった。
リリエル軍はその細い道を我先にと進んでいく。
そしてリリエル軍を追うムダル軍からもその光景は見えた。
ザークは地形を調べさせている幕僚を呼寄せて問いかける。
「あの林は迂回できるか?」
その幕僚は必死に記憶を手繰りその情報を探り当てた。
「北側の道を進めば迂回できます」
「よし。では北側の道を通るぞ」
こうしてムダル軍はリリエル軍を真っ直ぐには追いかけず、北側の道へと向かったのだった。
この光景を見ていたファーリスがアルベルトに声をかけた。
「あ。僕、北側に居る人達を呼んでくるね」
こうしてアルベルトの、ムダル軍を林に挟まれた道に誘い込み、ファーリスのファイヤーボールで火計にし、北側の道に置いた伏兵で攻撃するという作戦もあっさりと破られたのだった。
そしてファーリスは、北側の伏兵に「こっち敵が来るから逃げた方が良いですよ」と言いに行ったのである。
「また見破られましたね」
アルベルトはそう言うベムエルに内心(またって言うな!)と思いながら、目を合わせず「次だ。次!」と叫び、馬を走らせ続ける。
ベムエルは(そうは言っても、次で最後でしょう)と思いながらその後に続く。
こうして北の軍勢も合流したリリエル軍はある窪地に辿り着き、そしてその窪地も過ぎて小高い丘の上に上った。
そこで向きを変えてムダル軍を迎え撃つべく待ち構える。
そこへムダル軍も追いつき、ザークは丘に登ったリリエル軍を見上げ眉をひそめた。
(軍勢は高所を占めた方が有利と言うが、それだけで2倍以上の戦力差を覆せるつもりか?)
ザークは「ふ」と鼻で笑うと、全軍に突撃を命じた。
ムダル軍がこちらに向かって進撃を開始する。その為には、当然一旦窪地を通る事になる。
アルベルトが手を上げると、その場にあるロープが引かれた。
そのロープはこの場所から数百メートル離れたところにある堤防に続いており、そしてロープが引かれると堤防側に付けられている大きな鈴がなる仕組みである。
勿論風で鳴ったのと間違えない様に鳴らす数は決められている。
3回鳴らした後、1回鳴らし、最後にさらに4回。
その合図で、その堤防の堰が切って落され、堰き止めれていた水が勢い良く吹きだす。
濁流が木々をなぎ倒し、猛スピードで戦場へと迫る。この水の巨竜によりムダル軍は一溜まりも無いはずだ。
だがその巨竜が咆哮を上げたすぐその後に、その堤防の方角に狼煙が上がるのが見えた。
アルベルトの背に冷たいものが奔る。
自分にはその様な合図する指示をした覚えは無い。
そしてムダル軍は、その狼煙を合図に騎士は馬首を、歩兵は踵を返し元来た道を戻って行く。
アルベルト必勝の水の巨竜は、虚しく誰も居ない窪地を水浸しにしただけに終ったのである。
ザークにはこの程度の策、児戯に等しかった。
敵は、兵力では明らかに劣勢であり、しかも頼みの綱の手から火の玉を出す魔物も、今ではほとんど役に立たない。
だが敵が戦いを挑んでくるのなら、何かしらの勝算を持って挑んでくるのは当たり前の話である。
そして魔物が当てにならず、それでも少ない兵力で勝利を望むなら、奇襲するなり、伏兵を置くなり、火攻めなり、水攻めなりの策を相手が弄してくるであろう事など、考えるまでも無く当然の事なのだ。
そして奇襲に備え、伏兵の有無を入念に偵察させ、火攻めも警戒し、水攻めを行うならこの堤防を使うであろうと、見張りを置いていたのである。
アルベルトの渾身の策もザークにとって見ればそれだけの事だったのだ。
ザークは水が通り過ぎ、軍勢が渡れそうな程度に水が引くと改めて進撃を命じた。
「敵にはもはや策は無い! 押し潰せ!」
ザークの激に敵兵達も「おおー!!」と叫んで応じ我先にと進撃を開始する。
そしてこの光景を目の当たりにしたアルベルトは、俯いて目を瞑り力なく口を開いた。
「これで決められるなら決めたかったのですが、やはり私の策では歯が立たなかった様です」
そして顔を上げると力なく笑い、ファーリスに向かって肩をすくめた。
ファーリスもそれに対して少し笑って肩をすくめ、次の瞬間その姿は消えた。
瞬間移動で姿を現したファーリスの前に、水が通り過ぎた後に改めて進撃してくる敵軍の姿が見えた。
彼らは水しぶきを上げながら、雄たけびを上げて向かってくる。
すでに勝利を確信しているのだ。
そしてその先頭にあの時の、一番初めにファーリスがムダル本陣を攻めた時にファーリスに向かってきた男の姿があった。
そしてファーリスはやっぱりこの男だったかと思った。
その男もファーリスに気付いたらしく、ファーリスに向かって大声を発した。
「は。ヘタレが! お前はそこで何も出来ず味方がやられるのを見ておれ!」
その男の言葉にファーリスは自嘲気味に呟いた。
「そうだね。僕はヘタレだね……」
(あなたはすごいね。アルベルトさんの作戦をすべて見破り、この世界では無敵と思っていた僕の魔法もあなたには役に立たなかった)
ファーリスの右腕に魔力が集中する。
限界を超えての魔力の集中にファーリスの足元がふらついた。
「でも、どんなにすごくても、知らない事はどうしようもないよね?」
魔力が弱く技術もないファーリスは、敵と戦う時ずっと使い勝手の良いファイヤーボールのみを使っていた。
だが、ファーリスが使える魔法は後2つある。
1つは、魔力が弱くて威力の弱いブリザード。
そしてもう1つは、ファイヤーボールよりも威力は強いが、技術が無いのでどこに飛ぶか分からないサンダーボルト。
ファーリスが水浸しの地面に拳を突き立てると、電撃が水を伝いまずムダル軍の歩兵が悲鳴を上げる間もなくバタバタと気を失い倒れる、そしてそれと同時に騎士が乗っていた馬が棹立ちになり、騎士達も地面に投げ落とされた。
そしてその騎士達も水浸しの地面に落ちた瞬間、ビクンと体を痙攣させたかと思うと、すぐに動かなくなる。
アルベルトの見破られるという前提の作戦と、ファーリスの今まで見せた事の無い魔法での唯一の勝機だった。
だが、地面に拳を突き立て、俯いていたファーリスの耳に聞こえるはずの無い声が聞こえた。
「この……魔物が……」
ファーリスが拳を突き立てたまま顔を上げると、そこには電撃を食らいながらも、危なげな足取りではあるが、一歩一歩こちらへと近づいてくるザークの姿があった。
ファーリスはさらに魔力を右腕に込める。
すでに魔力は限界を超えており、さらなる魔力の放出にファーリスの膝が崩れた。
それでもファーリスはザークから目を離さない。
そして、そのザークもファーリスを睨みながらさらに数歩進むのが限界で、遂には膝を付き前のめりに倒れたのだった。
ファーリスはそれを見届けると、そのまま仰向けに倒れた。
この様子を見守っていたアルベルトは全軍に指示を出す。
「敵を全員捕縛し、武装解除せよ!」
この命令の元一斉に進撃するリリエル軍の前に、後方にいて助かった僅かばかりのムダル軍将兵は蜘蛛の子を散らす様に逃げさる。
そしてアルベルトとベムエルはファーリスに向かって馬を走らせた。
「ファーリス殿、大丈夫ですか!」
ファーリスはその声に応えて、仰向けに寝転がったまま、右の拳を天に突き上げた。
その泥だらけの拳は、ヘタレにしては力強く感じられた。
ムダル軍の大半は捕らえられ、武装解除されて捕縛された。
そして雑兵及び比較的身分の低い者達は、ムダル領へ辿り着けるだけの食料を持たされ開放される事になった。
さすがに皆殺しなどは出来ず、ずっと捕まえて置く訳にも行かないのである。
だが、身分の高い者、軍首脳部は遠い異国へ奴隷として売られるという。
ファーリスは「いくらなんでも奴隷って……」と眉をひそめたが、アルベルトの「彼らの所為で領内の多くの人間が亡くなったのです。殺されないだけマシと思って貰わないと」という言葉に、二の句が継げず黙り込むしかなかった。
だがその中でも司令官であり、ムダル領主の跡取りであるディエゴは返される事となった、司令官ならば一番の責任者でありどうして? とも思われるが、領主の跡取りを奴隷に売ったり、処刑したりすれば、ムダル領主は逆恨みをし何度でもリリエルに侵攻を繰り返すかも知れないのだ。
しかもこのディエゴは、ファーリスに怯える事はなはだしく、ムダル領をディエゴに継がせれば、二度とリリエルには手を出さないだろうと思われたのである。
さらにディエゴを開放する条件に、ムダル領主から多額の金銭を要求する予定だという。
「身代金と言えば聞こえは悪いですが、まあムダル軍によって損害を受けた領内の損害賠償金というところでしょうか」
アルベルトはファーリスにそう説明した。
「そう言えば、あの人は? 確かザークっていうんだっけ?」
アルベルトはその名を聞いたとたん眉をひそめた。
「あの男も勿論奴隷として異国に売り払います。しかも出きるだけ遠くに」
「そう……」
「興味が御ありですか?」
ファーリスは首を振る。
「ううん。ちょっと気になったから」
「まあ、会わない方が良いでしょうな。今、あの男は口枷も付けられておりますし」
「口枷?」
アルベルトは、少し俯いて目を瞑り首を振りながら答えた。
「ええ。数日前に、看守を言葉巧みにたらし込み、脱獄をしようとしたのです」
「そうか……」
ファーリスは複雑な表情で呟いた。
そして全ての処理も終わり、こうしてムダル軍によるリリエル侵攻の戦いは終わりを告げたのだった。