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ヘタレな勇者  作者: 六三
26/28

26:決戦前夜のヘタレ

 前回の出撃から数日が過ぎていた。

 その間もファーリスは村々を襲うムダル軍を追い払い続けたが、やはりすべてを追い払うのは難しく、城に避難する領民の数は増え続けていく。


 すでに食料は1ヶ月と持たない状況となった。


 だが明日もう一度ムダル軍に対して決戦を挑む事になっている。

 アルベルト、ベムエル、そしてファーリスが何日も頭を捻って考え抜いた作戦である。

 これで勝てないのならもはや勝機は無いであろう。


 そして司令部の執務室では、アルベルトとベムエルが明日の詳細を詰めていた。


「なんか、数打ちゃ当たるみたいな作戦ですね」

 計画書を見ながら、そうベムエルが口を開いた。


「言うな。私だって自覚している。だが数打つ事も重要な作戦の内なのだ」


 アルベルトの返答にベムエルは肩をすくめた。


 その様子を見てアルベルトが「ふ」と笑った。


「明日の決戦は負ける訳には行かないからな。必勝を期して出きるすべての手は打つ」


 ベムエルはその言葉にしばらく考え込んでいたが、不意に口を開いた。


「ファーリス殿には、この戦いで負ければ後は無いといいましたが、実はまだ逆転の手段はありますよね?」


「なんの事だ?」


 ベムエルはヴィデンの軍勢を呼寄せる事をアルベルトに提案するつもりだった。


 しかしそれにはティーナがヴィデンの跡取りの元に嫁ぐ必要がある。

 ファーリスとティーナの事は、そっとして置いてあげたかったが、負けてしまっては元も子もない。

 負ければ、ファーリスはともかくティーナの命も危険なのだ。


「あるじゃないですが、呼寄せられる戦力が「ヴィデン軍なら呼ばんぞ?」


 言いかけたベムエルの言葉をアルベルトが遮った。


「あ。お気付きでしたか?」


「当たり前だ。見くびるな」


 その言葉にベムエルは意外そうな表情をした。気付いているならばとっくの昔に呼寄せても良さそうなものなのだ。

 あることに気付いていなければ。


「ということは、ティーナお嬢様とファーリス殿の事もお見通しで?」


「ああ、ティーナお嬢様の事ならばずっと見ていたからな」

 そう言うとアルベルトはベムエルから視線を外した。


 ベムエルが「まずい事を聞いたかな?」という風に口を開く。

「これは……立ち入った事をお聞きして申し訳ありませでした」


「ふ。気にするな。まあ、ヴィデンの跡取りなどに嫁がせるくらいなら……」


 その言葉にベムエルが少しおどけた様に続ける。

「ファーリス殿の方がマシですか?」


「いや。ティーナお嬢様は、自分で選んだ相手と結ばれるのが一番良いのだ」

 アルベルトはそう言って少し寂しげに笑った。

 その相手とは自分ではないのだ。


 ベムエルは「これは失礼いたしました」と深々と頭を下げ、そして「では、ヴィデンの跡取りより何だったらマシなのでしょう?」と興味深げに問いかけた。


 その問いに対しアルベルトは静かに口を開く。

「知れたことだ。相打ちになってでもムダル軍を倒した方がマシだ」


 ベムエルはまた深々と頭を下げた。




 その頃、ファーリスはティーナの部屋に居た。


 前回の出撃の後、ファーリスは毎晩、ティーナの部屋に来るようになっていたのだ。

 もっとも結局、ティーナの言葉通り、膝枕をしてあげるだけに終っているのだが。


「明日、決戦ですって?」

 ベッドの上でファーリスに膝枕をしてあげているティーナが問いかけると、ティーナに金髪を玩ばれながらファーリスが「うん」と答えた。


「勝てるわよね?」


「うん。勝つよ」


 珍しく断言するファーリスにティーナは微笑んだ。


 そしてしばらく、ファーリスの頭を撫でていたティーナだったが、不意に口を開いた。


「元の世界に戻れるなら戻りたい?」


 ティーナの言葉にファーリスは驚いて、ティーナの膝の上で頭の向きを変えてティーナの顔を覗き込んだ。


「元の世界に戻ったら会えなくなっちゃうね」

 そう言いながら、ティーナはファーリスの頭を撫で続ける。


「ティーナは……それでも良いの?」


 ティーナは相変わらずファーリスの頭を撫で続ける。

「ちがうわ。ファーリス。私の事じゃないの。あなたの事よ?」

 そう言うと、ティーナはまるで、小さな子供を優しく叱り付けるかの様に微笑んだ。


「僕の?」


「あなたはどうしたいの?」


 ファーリスの心臓の鼓動が早くなる。

 その決断は家族との決別を意味するのだ。でも、ファーリスの気持ちはとっくの昔に決まっていた。

 単に今までその言葉を言う勇気が無かっただけの事なのだ。


「僕は……ティーナと離れたくないからこの世界に残るよ」


 ティーナはファーリスの頭を「良く出来ました」とでも言う風に抱きしめた。


「でも、御両親と会えなくなるわよ?」


「いいんだ。もう決めたんだ」

 実際よくは無いのだが、ティーナと離れる事などファーリスには最早考えられない事だった。


「じゃあ、私責任重大ね」

 そう言うと、ティーナはさらに強くファーリスを抱きしめた。


 そしてしばらくファーリスを抱きしめていたが、ティーナは不意に「ごろーん」と言いながら、そのまま後ろに倒れた。


「え?」

 ファーリスが驚き四つん這いで、ベッドに仰向けに寝そべるティーナに近づく。

 すると、ティーナはファーリスに手を差し伸べた。


「私を選んでくれてありがとう」

 そしてファーリスを見つめて微笑む。


「ティーナ……」


 ファーリスはその手に導かれる様に、ティーナの上に覆いかぶさった。


 こうしてファーリスは翌日の決戦に、ティーナの部屋から出陣する事になったのだった。

挿絵(By みてみん)


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