24:ヘタレの甘い日々
「やはり敵は撤退せんか……」
リリエル軍司令部の執務室でアルベルトは力なく呟いた。
ファーリスによるムダル本陣への襲撃から数日が経っていた。
それにも関わらず敵が撤退しないとなれば、敵はやはり本陣にも物資を蓄積していなかったという事を意味する。
とはいえ、物資がどこにも存在しないなどという事はありえない。おそらく敵は物資を山中に隠しているのだろう、と考えられる。
だが、山中のどこかなどという事までは分かり様がないのだ。
だが手をこまねいてばかりは居られない。
城内に避難して来る領民達は日々増えていっているのである。
先日半年は持つと報告された城内の食料も、現在ではいつまで持つのか。4ヶ月か、いやもはや3ヶ月程度か。
こうなれば敵に決戦を挑むしかない。
だが戦力は向こうが上、まともに戦っては勝算は低い。ならばやはりファーリスにも参戦してもらい、敵を混乱させつつ戦うしかないだろう。
だが敵がその決戦に乗ってくるだろうか?
以前の様にこちらが攻めては引き、こちらが引いては攻めてきて、足止めを食らうだけなのではないか?
いや、敵が逃げても、こちらは敵陣を次々と攻めていけば良いのだ。
前回敵陣を攻めた時は、運搬部隊も引き連れていて敵中奥深く攻めるのは危険だったので第4陣を攻めずに引き返したが、次は第4陣どころかすべての陣を攻めるつもりで攻めれば、敵も放置は出来まい。
「ベムエル。ファーリス殿を呼んできてくれ」
「は。かしこまりました」
アルベルトの命に、ベムエルはそう言って、即座に執務室の外へと通じに扉へと向かう。
だが立ち去るベムエルの背を眺めながらアルベルトは、ベムエルに気付かれない様に小さくため息を着いた。
この作戦も敵には読まれているのではないか? そう思えてならないアルベルトだったのである。
「膝枕をして欲しくないかしら?」
少し上ずった声でティーナがそう言った。
ファーリスとティーナは、2人きりになれる塔の螺旋階段に座りながらいつもどおり、他愛のない会話を楽しんでいたのだ。
「膝枕?」
ファーリスはそう言いながら首を傾げてティーナを見つめる。
「えーと。ほら、ここに座ってお話するのも良いけど、ずっと膝枕してないでしょ? 前はよくしてたのに」
「あ。そうだね。して欲しいかな」
そう言うとファーリスは微笑んだが、次の瞬間その微笑を収めてまた首を傾げた。
「でも、どこかティーナに膝枕して貰える様な場所あるかな?」
螺旋階段の上で膝枕をするのは中々難しいだろう。
(落ち着くのよ)
ティーナはファーリスに自分の胸の高鳴りを悟られない様に、自分に言い聞かせた。
「私の部屋だったら大丈夫と思うわ」
「あれ? ティーナの部屋は前はダメって言ってなかった?」
そう言って、またファーリスは首を傾げる。
左右にひょこひょこ首を傾げるファーリスを可愛いと思いながら、今はそれどころで無いと気を取り直し、ティーナは決定的な言葉を放つべく勇気を搾り出した。
「私の部屋は昼間は侍女が居るからダメと思ったのよ。でも、よく考えたら夜には侍女も下がるし夜なら大丈夫と思うわ」
(言ってしまったわ)
そしてティーナの胸の鼓動はさらに早くなり、顔が見る見る赤くなるのが自覚できた。
この螺旋階段は、数箇所に窓がある程度で薄暗く、真っ赤になったティーナの顔色を隠しているのがせめてもの救いだ。
だがそんなティーナの決意に比べ、それがどの様な意味を持つか全然考えず、ファーリスは素直ににっこりと笑う。
「そうなんだ。じゃあ、2人きりになれるね」
「ええ。そうよ」
ティーナもファーリスの笑顔に、にっこりと笑って応えたが、自分の決意を全然理解していなさそうなファーリスにちょっとムカついた。
(ファーリスもちょっとくらいドキドキしてよね!)
だが、そのムカつきのやり場がないので、ファーリスに向かって「ん」と顔を突き出した。
だがファーリスはティーナの突然の行動に戸惑い「え?」と声を上げる。
「ん」と、さらにティーナが顔を突き出す。
ファーリスはやっとティーナの意図を察して、ティーナの頬を両手で包み込む様にしてキスをした。
だが、ティーナはまだ許さない。
「ん」とさらに顔を突き出す。
ファーリスは「いまキスしたよね?」と思い、また「え?」と声を上げた。
だがティーナは「ん!」と強く言う。
仕方がないので、ファーリスはまたティーナにキスをした。
そしてまた「ん」とティーナが顔を突き出す。
結局ティーナが「まあこれくらいで許してあげましょう」と気が済むまで、ファーリスはティーナに10回以上キスをする事になったのだった。
だが、この様にはたからみると、かなり痛々しい事になっている2人の甘い時間を邪魔する者が現れた。
「ファーリス殿ー!」
と呼ぶのは勿論ベムエルである。
「あ。僕行かないと」
ファーリスが慌てて立ち上がると、ティーナも内心の残念さを隠し「仕方がないわね」とファーリスを送り出した。
勿論、最後にもまた「ん」とティーナが顔を突き出したのは言うまでもない。
さっき10回以上キスされたが、これはまた別腹である。
そしてその夜。
ティーナは自分の部屋で落ち着きなく、ファーリスが来るのを待った。
ティーナは、ベッドで寝て待った方が良いのか、ベッドの縁に座って待っていた方が良いのかと、寝たり起きたりを忙しなく繰り返していた。
(でも、昼間のファーリスのあの様子じゃ、ファーリスはあんまり意識して居なさそう……)
そう思うと残念な気もするが、その反面ちょっとほっとした。
(今日は昼間言ってた様に、膝枕をしてあげるだけで終わるかも……でも、ファーリスだって男の子だし……でも、ヘタレだし……)
と心も体も落ち着きなく、ファーリスの来るのをまった。
そしてティーナがベッドの縁に座っていると、突然ファーリスが現れた。といっても、瞬間移動で来るのだから、突然現れるのは当然である。
「ごめん。ティーナ」
ファーリスは現れてるとすぐにそう謝罪した。
ティーナは「遅くなって」という意味で言っているのだろうと「そんなに、待ってないわよ」と、待ちに待っていた事を隠し、にっこりと微笑んだ。
だがファーリスは言葉を続ける。
「明日の朝早くから出陣なんだって。だから今日は早く寝ないと。膝枕はまた今度ね!」
ファーリスは遠足前日の幼稚園児の様にそう言うと、またすぐに消えてしまったのだ。
その後には呆然とするティーナが残され、しばらくそのまま固まって居たがその後、ベッドに仰向けにバタンと倒れこんだ。そして叫んだ。
「ファーリスの馬鹿!」
「あ。ごめん」
ティーナがその声に驚いて顔を上げると、果たしてファーリスがそこに立っていた。
どうして戻ってきたの? と驚いているティーナにファーリスが近づく。
そしてティーナの顔を両手で優しく包み込むと、ティーナにキスをした。
どうやらお休みのキスを忘れたと戻ってきたらしい。
ちなみにティーナの「馬鹿!」という発言は、おやすみのキスをしていかなかった事への不満とファーリスは受け止めたのだった。
そしてファーリスは顔を真っ赤にしながらも「おやすみ、ティーナ」と言ってまた姿を消した。
その場に残されたティーナは、しばらくすると「まあ、いいでしょう」と呟いた。
おやすみのキスをしに戻るなんて、ヘタレにしては上出来ではないか。
そしてニタニタと笑いながらベッドに潜り込み、そしてベッドに入ってからも頭から毛布を被り笑い続けたのだった。
翌朝、アルベルトの作戦が実行された。
ファーリスはアルベルトと共に主力部隊の先頭に立ち進撃する。
敵騎兵部隊がリリエル軍を引き付け様と現れたが、追いかけるとやはり逃げるので、その部隊を無視して第1陣、第2陣と次々と陣を落とし、さらにファーリスが一応と、僅かばかりに蓄えられた物資を燃やしていく。
ムダル本陣で、このリリエル軍進撃の報告を受けたザークは、顔に嘲笑を浮かべて呟いた。
「0点」