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ヘタレな勇者  作者: 六三
23/28

23:放火魔のヘタレ

 前回の戦いから数日後、アルベルトは改めて作戦を立てた。

 勿論その数日間は、ファーリスは以前と同じ様に村々を襲う敵軍を追い払っていた。

 やはりかなり効果は薄くなっていたが、やらないよりはマシである。


 そして今、その作戦を司令部にある執務室でファーリスに説明していた。


「惜しいですが、敵の食料を奪うという事は諦めました。ですが敵から食料を取り上げる事は止めません。敵の食料を燃やしてしまうのです」


「燃やす?」


「はい。敵の第1陣、2陣、3陣にはほとんど物資は蓄えられてはいませんでした。ですが、どこにも無い。などという事はありえません。おそらく敵は本陣に物資を集積させ、そこから前線の陣へとこまめに物資を輸送しているのだと思われます」


「そっかー」


「ファーリス殿には、ここにあるムダル本陣を攻めて頂きたいと思います。そして敵陣にあるすべての物を焼き尽くしてください」

 アルベルトはそう言いながら机に広げた地図の一点を指差した。


「すべてを?」


「はい。すべてをです」

 ファーリスは戦争に関しては素人である。なまじ倉庫らしき物とか食料らしき物と指定しても、敵も巧妙に偽装している可能性がある。

 ある物をすべて燃やして欲しいと頼むのが一番なのである。


「わかりました。いつやればよいの? 今から?」


「そうですね。早ければ早いほど良いので、ファーリス殿に特に問題が無ければ」


(この後ティーナと会う事になってるんだけど……)


 とはいえ、戦いは人命に関わる事だ。

 ムダル軍が撤退するのが早まれば早まるほど襲われる村民は少なくなる。女の子と会いたいから後にしてとは言えない。

 ファーリスは、ゆっくりと会えなくなったと伝えた時にティーナがどう思うかを不安になりながらも「大丈夫です」と頷いた。


「では、早速」


「あ、ちょっとだけ待って下さい!」


「それは勿論構いませんが、なにか用事でも?」


「えーと。あ、はい、ちょっと」

 と、ファーリスはずいぶん分かりやすい言葉の濁し方をしたが、アルベルトが許可してくれたので、足早に執務室を後にした。


「ティーナお嬢様か……」


 後に残されたアルベルトはそう言って椅子の背もたれに思い切り身を預けると、大きくため息を付いた。


 結局、ベムエルだけではなく、アルベルトにもバレバレだったのである。

 しかも今の様子だと、ティーナがファーリスを好きというより、2人はすでに付き合っていると思われた。


 アルベルトはもう一度ため息を付くと、椅子から起き上がり窓に近づき、窓から外を眺めた。

 その表情はどこか寂しげだった。


 ファーリスは執務室からでるとすぐ、瞬間移動である場所へと飛んだ。


 そこは城内にある高い塔の内部だった。

 ここが、ティーナと2人で一生懸命考えて見つけた2人だけで会える場所だったのだ。


 この塔を上る螺旋階段の途中に座り込むのである。残念ながら膝枕をするには不向きであるがそこは仕方があるまい。


 ここならばもし人が下から上ってきても足音ですぐに分かるし、もし人が来ればファーリスはすぐに瞬間移動で姿を消して、後はティーナが「ちょっと1人で塔の上から町を見たかったの」とでも言えば問題ない。


 そして塔の内部に姿を現したファーリスにすぐにティーナの声が飛んだ。

「ファーリス、ここよ!」


 ファーリスがその声のする方を見ると、ティーナはファーリスがいる位置より10段ほど階段を上ったところに、にこにこと笑いながら座っていた。


「ティーナ!」

 ファーリスもそう声を上げて階段を駆け上がり、ティーナの正面まで来たが、そこでファーリスの表情が曇った。


 折角2人っきりで会えたのに、すぐに行かなくては成らないと伝えないと行けないのだ。


 だがファーリスがどう伝え様かと言いよどんでいると、ティーナが先に口を開いた。


「出陣しないと行けないの?」


「……うん」


「しょうがないわよ。気にしないで」

 ティーナはそう言いながら小さくため息を付き、そして少し首を傾げてファーリスの顔を覗き込む。


 だがファーリスがティーナが怒っていない事に安心し、笑顔で「うん。ありがとう。じゃあ行ってくるね!」と言ってティーナから背を向け様としたが、ティーナは背を向け様とするファーリスの襟首を「まてぇい!」とでもいう様に、ガシッ!と掴んで引き止める。

挿絵(By みてみん)


「え? なに?」と驚いて振り向くファーリスに、ティーナは「ん」と顔を突き出した。


 そしてティーナの肩に手を置き、ファーリスはティーナにキスをしたのだった。


 ティーナは「いってらっしゃい」と手を振り、相変わらずキスするたびに真っ赤になるファーリスを送り出した。


 だがファーリスが瞬間移動で消えるとすぐに螺旋階段に、ティーナの「もーーー!」という叫び声が響いた。

 そして、階段に仰向けに寝転がる。


 ファーリスに負担をかけまいと、素直に諦めた様に装ったが、やっぱり残念で仕方がないティーナだったのである。



 そしてファーリスは、執務室に戻ってアルベルトに挨拶をすると、早速アルベルトが地図で指差した、ムダル軍本陣へと向かったのだった。


 ムダル本陣に着いたファーリスは片っ端から火を点けて回った。


 手から火の玉を出しすべてを焼き尽くすその姿はまさに魔物である。

 いくらファーリスが魔物とは呼ばれたくないと思っても、無理な相談というものだ。


 そしてムダル本陣にあるすべての物が焼き尽くされ、その煙は遥か遠くのリクルハルド城からも臨む事が出来た。


「ファーリス殿が上手くやった様ですね」

 執務室の窓から煙が上る方角を見ていたベムエルが、執務室に備えられた机の椅子に座るアルベルトへと向き直り笑みを浮かべた。


 しかしそのアルベルトは「うむ」と答えるだけで、あまり喜んでいる様には見えない。


「どうしたのです? 作戦は大成功と思われますが」


 アルベルトは机に膝を付き俯いて何かを考えている様だったが、重々しく口を開く。

「ファーリス殿にせっかくやっていただいた作戦ではあるが、おそらく無駄の様な気がしてな……」


「無駄!?」

 ベムエルはそう言って、目を見開いて驚き声を上げた。


「ああ、さすがにせっかくやって頂くファーリス殿の前では言えなかったがな。敵はこちらが陣に対して攻撃を仕掛ける事を予測していた。そして敵もファーリス殿が瞬間移動で前衛を無視して直接本陣を突ける事ぐらいは察していよう。ならば本陣にも物資は置いてはいまい」


 そして大きくため息を付いて背もたれにもたれ掛り、目を瞑った。


 ベムエルはアルベルトに気遣わしげな視線を送ると、また窓の外へと向き直り、立ち上る煙へと視線を移した。




 そしてその夜、ムダル本陣ではザークが自身の天幕で被害報告を受けていた。


「突如現れた魔物は、こちらが食料に見せかけているおが屑の入った袋などをすべて燃やし尽くした後、姿を消しました。おそらく城へと戻ったのだと思われます」


 実は、アルベルトをはじめとするリリエル軍が、本陣と思っている陣は、ムダル軍の本陣では無かったのである。


 その報告にザークは「わかった」と一言答えると、もう興味が無くなったかの様に手を振って報告者に退出する様に命じた。


 だがその者が天幕を出ようとすると背後からザークが今一度声をかけた。

「一応、もう一度同じ様に偽装した本陣を構築するように」


 そしてザークは、今度はもう本当に興味をなくし他の仕事へと励んだのだった。

 ちなみにその前に攻め落とされた3つの陣もすでに再構築は終了している。


 まず前衛にリリエル側が第1、2、3と呼ぶ3陣、そしてその後ろに第4陣、そして本陣、さらに本陣の背後を守るように第5陣。

 これがファーリスがリクルハルド城に着いた時の配置だった。


 それがファーリスに本陣を攻められた為、本陣を第5陣のさらに後ろに構築した。

 そして一度その新しい本陣へと全軍を集結。

 さらにそれから各陣を構築し直す時に、本陣を元の第5陣の位置まで進ませていたのである。

 なぜ、本陣を進ませたかと言えば、本陣が後方過ぎると指揮に支障があるからである。

 そして4陣の位置まで進ませなかったのは、さすがに前過ぎて危険だからである。

 では、本陣を元の本陣の位置にまで戻さなかったかと言えば、敵に本陣の位置を誤認させる為である。

 そして実際アルベルト達は、一番後ろにある陣をムダル本陣と誤認しているのだ。誤認させる理由は、さすがに何度も魔物に本陣を攻められると面倒だからだ。


 そして物資は、その各陣の大移動に紛れて山中に分散させて隠すように作業されたのである。

 各陣にはその画している場所から数日分ずつが夜陰にまぎれて運搬されている。


 ザークにしてみれば今回のリリエル軍の動きは、30点と言った所だ。

 第1、2、3陣を攻めて物資が少ないのを「敵はもう食料が少ないのだ」と喜んで守りを固め、こちらが退却するのを待ったりはせず、偽装のとはいえ本陣を攻めて来たのはまあ良い。

 しかし、それだけの話なのだ。結局その本陣は偽物であり、何の意味も無い。


 偽装本陣を構築しなおす兵士は大変かもしれないが、ザークには関係の無い話である。


 だが、もしザークが、アルベルトがムダル本陣を攻めても無駄だろうと分かっていて攻めていたと知れば、10点を加算して40点にしてくれたかも知れないが、それを知ったとしてもアルベルトにしてみれば大きなお世話だろう。


 そもそも始めに魔物に本陣を襲われた後、後退させた本陣に一旦全軍を集めた事の意味を少しでも考えれば、こちらの意図を察してもよさそうなものなのだ。


 もしザークが、アルベルト達が軍議の席で、ムダル軍が一旦全軍を集めた事を「敵の意図は計りかねますが」などと言っていたと知れば、普段の重厚さを捨て腹を抱えて地面を転げまわって大笑いしただろう。


 ザークの今一番頭を悩ませている問題はディエゴの事だった。


 ディエゴはムダル領主の息子だ。いずれ後をついでディエゴ自身がムダル領主になるだろう。

 しかし、自分とディエゴの関係は蜜月と言うには程遠い。

 ディエゴがムダル領を継ぐ前に、ディエゴを始末する必要があるだろう。

 だが、この戦いの最中はまずい。自分の責任が問われてしまう。ディエゴを始末するなら、その後が良いだろう。


 ザークは、もはやこの戦いの後の事を考えていたのだった。


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