22:魔人ヘタレ
司令部の執務室でアルベルトはファーリスに自身ありげに作戦を説明を開始した。
「逃げる敵を追いかけるのは困難ですが、敵陣は逃げません。敵陣を攻撃するのです」
「敵陣を攻めても兵士達は逃げて行っちゃうんじゃないの?」
「はい。敵兵は逃げるでしょう。しかし陣は逃げません」
「陣?」
ファーリスは驚いた様に声を上げた。
「はい。狙いは敵陣です。敵は領民を城に追いやり食料を消費させて兵糧攻めにしようとしておりますが、逆に我々が敵陣を襲って敵の食料を奪ってしまうのです」
「そっかー。アルベルトさんすごいね!」
アルベルトは「いえいえ」と謙遜するが、やはり顔は笑っている。
そして翌日には、アルベルトの作戦が実行された。
しかも敵の先手を打つ為に、まだ夜も開けきらぬ時間からの出撃である。
日が昇り敵からの村々への攻撃が始まってしまっては、放置できなくなり後手後手に回ってしまう為だ。
そして明け方頃に、ファーリスとアルベルトの主力部隊、そしてベムエルが指揮する運搬部隊はリリエル軍が第1陣と呼んでいる敵陣にたどり着いた。
「ファーリス殿。先行して頂けませんか? 折角ですからこの軍勢で奇襲を。と言いたいところですが、万が一敵に備えがあって逆襲されては事です。今回の目的はあくまで敵陣を襲う事。無用な戦いをしてもしょうがありません」
「はい」
アルベルトの言葉にファーリスは素直にそう答えると、次の瞬間その姿は消えた。
そして敵陣のすぐ近くに現れたファーリスは、まず陣地を守る柵にファイヤーボールを乱れ撃ちにする。
するとファイヤーボールが着弾した轟音に陣内から声があがった。
「敵襲だー!」
「魔物が攻めてきたぞ!」
その敵兵達の叫び声に
(魔物っていう呼び方どうにかならないかな……)
とファーリスは、敵から見れば魔物としか思えない能力を発揮しながら、心の中で不満の声をあげたのだった。
そして逃げる敵兵を追い立てる様に、その背後の地面に向かってファイヤーボールを放ち続け、敵兵をすべて追い払うと、またアルベルトのところに戻った。
「敵兵はみな逃げましたよ」
そう報告するファーリスの言葉に、アルベルトは大きく頷き「ファーリス殿。ありがとう御座います」と感謝の言葉を述べる。
そして率いる軍勢へと振り返り、ベムエルが指揮する運搬部隊に敵物資の搬出を命じた。
「食料を中心に持てるだけ持ち去るんだ。持ちきれない物はすべて燃やしてしまえ!」
そして物資の搬出作業の終了を待っていたのだが、その作業は意外にもすぐに終了した。
そしてその報告に来たベムエルは
「思いの外敵陣に蓄えられている物資が少なく、せっかく牽いてきた荷駄は全然埋まりません」
と困惑の表情を浮かべる。
「物資が少ない? そんな事は無いと思うのだが……」
城攻めは長期間にわたるもの。それなのに物資が少ないなど通常は考えられないのだ。
「もしかしたら以前私が申し上げた様に、敵も食料が厳しいのでは?」
その言葉に、アルベルトは考え込む様に「うーん」と首を傾げる。
「その様な訳もない気がするが、実際物資が少ないというのか……」
と納得いかない様子だ。
「それっていけない事なの?」
「いえ。いけなくはありません。敵に物資の蓄えが少ないという事は、敵が戦えなくなるという事ですから。ですが、リリエル攻略の考えていたなら、その様な準備不足をするものなのかと」
「どうです? 運搬部隊にもまだまだ余裕がありますし、敵の第2陣にも攻撃を仕掛けてみては?」
「そうだな……やってみても損はないか」
こうして敵の第2陣も攻める事となり、そして第1陣と同じ様にファーリスが敵兵を追い散らし、その後にアルベルト達が突入した。
そして敵陣の物資の蓄積状況を確認したベムエルが報告に来た。
「ここも物資の蓄えがほとんどありません。やはり敵の物資は残り少ないのでは?」
広告するベムエルの声は明るかったが、報告されたアルベルトの表情は険しかった。
そしてしばらくの間、俯いて目を瞑り深く思案していたが、目を開け顔を上げるとおもむろに口を開いた。
「第3陣にも行きましょう……」
そして第3陣も攻略した彼らは、やはり敵陣には物資が少ないと知る事になったのである。
「やはり敵の食料はもう尽きているのではないでしょうか」
「いや、それはどう考えてもありえん……」
「じゃあ、物資が少ないのはどういう事なの?」
アルベルトは、うつむき歯を食いしばり何かに耐えている様に見えたが、言葉を搾り出す様に口を開いた。
「私の策は……敵に……見破られていた様です」
アルベルトの拳があまりに強く握られている為、小刻みに痙攣している。
「見破られて?」
「はい、そうです。やはりどう考えても敵の蓄えが少ないなどありえません。おそらく……敵は陣が攻撃される事があると見越して、必要以上の物資を蓄積していなかったのでしょう」
そしてアルベルトは言い終わると、強く唇を噛んだ。
「そんな……」
せっかく敵に打撃を与えられる作戦を考えたと思っていたらそれが見破られていたとは。
しかも「またもや」なのである。
彼らが意気消沈するのも無理は無い。
そこにベムエルが遠慮がちに口を開いた。
「どうしますか? 第4陣にも攻撃を仕掛けますか?」
「いや、第4陣もおそらくここと同じだろう。それに第4陣まで攻めるのは敵中に深く入りすぎる、いくらファーリス殿が居ても危険だ」
こうして彼らは、わずかばかりの物資を敵から奪っただけで、むなしく引き返して行ったのだった。
そして城に戻ってきたファーリスとその他達をティーナが出迎えた。
「どうだった? 見たところ今回は誰も怪我とかも無いみたいだけど」
ティーナはそう言って笑った。
味方に損害が出るとファーリスが悲しむと思って、味方に被害がなさそうなのを喜んでいるのだ。
「それが……敵陣は落としたんだけど、こちらが攻撃する事を敵が見破ってたみたいで……」
「え? そうなの? でもひどい攻撃を受けた様には見えないけど?」
ティーナは、攻撃が見破られていたというなら、伏兵にあうなりしたのかと思ったのだ。
そこへアルベルトが会話に割って入った。
「お嬢様、実は敵はこちらに陣を攻め落とされてもよい様にと、元々陣に物資を蓄えて居なかった様なのです」
そう報告するアルベルトの表情は暗かった。
「そうなの……」
アルベルトの言葉にティーナも釣られた様に暗くなった。
しかし、アルベルトはすぐに表情を改め、力強く口を開いた。
「ですが、何かまだ手は有るでしょう。改めて作戦を考えて見ます」
そのアルベルトの言葉に、ティーナも安心したのか表情が和らぐ。
そして「じゃあ、いきましょう」とファーリスに声をかけ、ファーリスと共にその場を後にしたのだった。
ベムエルはその2人の後ろ姿を見送り心配げな視線を投げかけた。
(密室で2人で抱き合っているところでも見つからなければ、ばれないとでも思っているのかな?)
そしてベムエルはやれやれとため息を付くと、執務室へと向かうアルベルトの後ろに続いたのだった。